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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

逆説の狼煙をあげろ

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↑Skeletal reconstruction of Fukuivenator paradoxus holotype FPDM-V-8461.
Scale bar is 1m.

 

 フクイラプトルの陰に隠れがちだったとはいえ、フクイヴェナトル――当初「北谷層産ドロマエオサウルス類」として報道発表されたそれ(かれこれ10年以上前の話である)は、例外的なほど(関節がばらけた状態で発見されることがもっぱらだった福井の恐竜化石としてはなおのこと)に骨格が揃っており、2010年(やはり10年以上前の話である)には復元骨格が――あからさまにシノルニトサウルスを参考とした頭骨を載せたそれがお目見えしたのである。

 発見からクリーニング、復元骨格の制作・展示までは表向き(クリーニングで地獄を見たであろうことは想像に難くないし、結局のところ人力でクリーニングしきれるものではなかったわけである)スムーズだったわけだが、そこから記載に至るまではかなりの時間を要することとなった。北谷層のドロマエオサウルス類といえば“キタダニリュウ”――「大型のドロマエオサウルス類」たる骨格の要素はフクイラプトルのホロタイプとなった一方で、ドロマエオサウルス類と思しき小さな歯は依然として残されていた――が、この「ドロマエオサウルス類の全身骨格」の歯にはセレーションがまったく見られず、明らかに(遺された)“キタダニリュウ”とは別物であることだけは確かであった。

 かくして2016年にようやく命名されたフクイヴェナトルであったが、下馬評とは異なり、系統不明のマニラプトル類とされたわけである。系統解析の結果がかなりカオスなことになっていたのはさておき、確かに非ドロマエオサウルス類的な特徴(肩帯や大腿骨は一見してわかる)が相当数確認された。一方で、頭骨には依然としてドロマエオサウルス類のみと共通する特徴もかなりみられたのである(このあたりのなんともいえない空気についてはかつて書いたとおりである)。

 

(原記載の中でフクイヴェナトルの“シックルクロー”の存在について触れられる一方、妙にごつい第I趾はテリジノサウルス類的であるとも述べられている。もっとも、この時点でこの程度の類似について気に留められることはなかった。結局、このあたりの要素の同定も再記載で改められている。)

 

 そんなこんなでフクイヴェナトルはほぼ完全な骨格が発見されているにもかかわらず/であるからこそ実態のよくわからない恐竜になった(このあたりはカムイサウルスと対照的である)が、ここ数年再検討がひっそりと進められていたわけである。すべての要素をCTスキャンに(必要に応じてμCTに)かけてみれば、頭骨の要素のクリーニングがかなり不完全だったことが明らかになった。顕微鏡下でさえどうしようもないレベルで骨片が癒着していたりしたケースがかなりあったのである。

 頭骨要素に誤同定が含まれているという話は実のところ当初からささやかれもしていたわけだが、蓋を開けてみればそれどころの騒ぎではなくなっていた。原記載では未確認だったパーツが(頭骨だけに限らないが)相当数追加されるとともに、あからさまにドロマエオサウルス類風だった頭骨の要素――“鱗状骨”が胴椎の神経弓の断片であったことが判明するなどしたのである。フクイヴェナトルをドロマエオサウルス類めいた復元たらしめていた要素はもはやどこにもなく(“シックルクロー”にしても、単に第II趾の末節骨が大きいという以上のものではなかった;オルニトレステスなど、しばしばみられる特徴ではあった)、2020年の夏にお披露目された新たな復元骨格は頭骨と足が差し替えられた、ver. 1.5とでもいうべき代物であった。

 

 復元骨格のリニューアルは頭骨の差し替えと足のポーズ替えには留まらなかった。再検討の成果を踏まえて昨年(2021年)の今時分にはver. 2.0となる復元骨格が常設展示に据えられ、また筆者がちょこちょこなんかやっていたわけである(腰帯のアーティファクトがあからさまにファルカリウスなわけで、この時点でヒントが出ていたのだと先日やっと合点が行った筆者)。日本古生物学会での発表を経て、満を持して出版されたモノグラフにてフクイヴェナトルはテリジノサウルス類の最基盤に置かれたのであった。

 

 かくして基盤的なテリジノサウルス類とされたフクイヴェナトルであるが、見てくれにテリジノサウルス類らしさは特にない(当初アーティファクトを単に付けていないだけかのように思われた尾のぶつ切り部分が尾端骨だったりもしたのだが)。フクイヴェナトルの骨格に「ほどけた」中足骨くらいしか一見してテリジノサウルス類らしさが見られないことは、いかにフクイヴェナトルが(テリジノサウルス類として)原始的であるか、いかにテリジノサウルス類の初期進化が壮絶であったかの裏返しである。

 尾の短いオルニトレステスめいた見てくれとなったフクイヴェナトルだが、オルニトレステスを基盤的なオヴィラプトロサウルス類とする最近の意見と妙に整合的なようにも思われる。テリジノサウルス類とオヴィラプトロサウルス類が姉妹群とされていた時代はとっくに過去のものとなったが、マニラプトル類――アルヴァレズサウルス類、テリジノサウルス類、オヴィラプトロサウルス類(とスカンソリオプテリクス類)、デイノニコサウルス類そしてアヴィアラエの「原型」が、こうしたぬるっとした見てくれ――やや小さめの頭部と長めの首を持った、強肉食性というわけではなさそうな恐竜であったということなのだろう。

 

(フクイヴェナトルのプロポーション――特に仙前椎の割り当てに関しては、復元骨格が最初にお披露目された時点でその奇妙さが明らかであった。短足のドロマエオサウルス類は珍しくもなかった(例えばヴェロキラプトルもだいぶ短い部類である)が、復元骨格の頸椎はドロマエオサウルス類(というか獣脚類の標準)から1個多かったのである。歯の特徴とあわせて何かしら特殊化したもののようには見えた一方、「ほどけた」中足骨は変形によるもののように思われた。)

 

 壮絶な再記載(小型獣脚類でこれほど詳細な骨学的記載のなされたものは他にない)の果てにもっともらしそうなポジションに収まったフクイヴェナトルであるが、これはつまり、これほど完全かつ保存のよい骨格が発見され、かつ強力なCTスキャンが通用する相手だったからこその話でもある。オルニトレステスの系統関係に関する意見は相当な紆余曲折を経てきた(上述の話はもっともらしく聞こえるが、とはいえまだ学会どまりである)ことは言うまでもないし、系統不明の小型獣脚類――部分的な骨格が精々である――は世界中でいくらでも見つかっているのだ。

 フクイヴェナトルの再記載で、マニラプトラ――鳥類をはじめ、それまでの獣脚類の枠を完全に吹き飛ばしたグループの初期進化の一端が明らかとなった。とはいえ、テリジノサウルス類の初期進化――体型すらおぼつかないファルカリウスや、すらりとしているとはいえまごうことなきテリジノサウルス類の見てくれになっているジアンチャンゴサウルスとフクイヴェナトルとのギャップは派手である(エシャノサウルスも怪しく蠢いている)――はまだまだ不明瞭である。マニラプトラの他のグループにおける初期進化が深い闇の中にあることは今さら書くまでもない。

 テリジノサウルス類の狼煙をあげたフクイヴェナトルだが、取り巻きたち――鳥類を含む――の前途はあまりにも多難である。そして置き去りにされた“キタダニリュウ”は、恐竜王国の影に深く身を沈めている。