GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

「恐竜博2023」レポ

 いい加減で春であり、筆者の花粉症のピークは先々週くらいだったらしい。そんなわけで春の特別展はすでに始まっており、今度こそは(2019は招待されつつ当時の本職の都合で行けなかったので)内覧会に顔を出しつつ初日にもう一度観に行けた筆者である。そういうわけで、この半年ちょっとの間筆者を苦しめていた恐竜博2023についてつらつらと紹介していきたい。

 のっけから事前情報の一切なかったスクテロサウルスである。最近の再記載やらを踏まえたマウント(昨年のツーソンショーでお披露目されたばかり)で、出来もなかなかといったところ。

 

 吻やら肘から先がアーティファクトだったりはするのだが、それをさておいてため息の出る産状である。開催のわりあいに直前になって情報が解禁されたスケリドサウルスだが、これ目当てに2200円をつぎこめるだけの代物である。

 

 しばらく前からいろいろと描き溜めていた超大型ティタノサウルス類を結集して描いたものである。実物の6割弱のサイズであることは見ての通りである。

 

 しれっと置かれているが、胴椎(というか神経弓)は特に既知の恐竜の中では最も左右幅があり(アルゼンチノサウルスやパタゴティタンは物の数ではない)、アクリル板越しに置かれるでもなく観察ができる。この手の巨大な骨化石のキャストとしては非常に抜きがよく、原記載の写真が悲惨だったこともあって大変にありがたいところ。

 

 先日報告されたピナコサウルスの咽頭骨(の3Dプリント)やFPDMのデンヴァーサウルスやらオヴィラプトル類の胚のキャスト(どうもそのうち実物に展示更新されそうな気配がある)やらサイカニアのホロタイプの頭骨キャストやらいぶし銀の標本(とピンチヒッターのFPDM出張装盾類セット)が続くが、そこを抜ければもうズールのお出ましである。

 頭骨を全周囲から観察できる粋なレイアウトであり、この空間だけ照明が暗いのだが、とはいえありがちな点光源照明下とは比べ物にならないほど見やすい。見せ所をよくわかっている展示のありがたみを痛感させてくれる。

 

 腹側はもうこれ以上クリーニングができない(というよりジャケットをもう外せない)ため、ズールの胴体ブロックの腹側はこのキャストである意味見納めである。意外なほど関節がゆるんでおり、背側の産状とあわせて興味深い。壁に垂直に貼り付けてあるので、人波が小さくなった隙を突くことで自在に写真が撮れるという思いやりにあふれている。

 

 ズールの胴体ブロックはどう展示してくるかと思いきや、床置きなのはわかるとして尾のブロックとそれから頭部、首(頸椎と第1ハーフリングは実物)を並べた、全身骨格と言える状態でのレイアウトで度肝を抜かれた筆者である。第3頸椎や第2ハーフリング(あまりにも保存が悪かったためかキャストである)は未記載であり、胴体ブロックに至っては直近の研究で図示された状態からさらにクリーニングが進んだ(というかこれで打ち止めだろう)最終形態といえるものである。写真やイラストで示される情報量とは比べ物になるわけがなく、なんなら1回や2回行ったごときでは一瞬で脳がオーバーフローを起こすことうけあいである。ズールのホロタイプとはさりげなく付き合いの長い本ブログであり、このあたり謎の感慨も(勝手に)ある。

 

 恐ろしいことにズールの「全身骨格」は通路の上からも(ガラス越しではあるが)観察可能なレイアウトで、ひたすらにズールをしゃぶりつくさせようという展示設計者の慈悲がうかがえる。全体的に明るくかつ点光源が悪さをしない照明、ゆとりのある(=人波が引くのを待てる)空間、標本の見せたいポイントと見たいポイントをきっちり押さえたレイアウトと、恐竜博2023の展示設計は神がかり的な噛み合いのよさを見せており、筆者の記憶にある限りでは数ある恐竜絡みの展示の中でも断トツで優勝である。

 

  キービジュアルになってはいるのだが、展示品のそうそうたる並びからすると箸休めといったところである。とはいえゴルゴサウルスROM 1247(のキャスト)もズール(用の改造パーツを組み込まれたエウオプロケファルス・トゥトゥスないしスコロサウルス・スロヌスのホロタイプROM 1930のキャスト)のマウントもキャストの精度は良好で、特に後者は色々と観察のし甲斐がある。

 

 内覧会でご一緒した相場大祐博士(ポケモン化石博物館の前に異常巻きアンモナイトやさん同士なんかしら引き合うものがあるらしい)にROM 1247のマウントの頭骨の写真の撮り方を披露してドヤっていた筆者だったのだが、しれっとROM 1247の頭骨の実物が来ていたというオチである。(話には多少聞いてはいたが)おどろくほど保存がよく、キャスト用の型を制作した後で徹底的な再クリーニングが行われたことがうかがえる。恐ろしいことに図録にはバラした各要素がでかでかと(頭骨のマウントには組み込まれていない角骨・上角骨も含めて)図示がある。

 

  しばらく前にトリーボールド社が掘っていた標本("Bert"という愛称も付いている)なのだが、かはくが(恐竜博2019の時のイクチオルニスや、次に紹介する”AVA”と同様に)購入していたわけである。依然としてテスケロサウルスの保存のよい頭骨は珍しく、(すでに歯のマイクロウェアに関する研究には供されているとのことだが)いじりがいのある標本だろう。

 

 どこかで見たことがあると思っていた古参読者の方は大正解、本ブログでずいぶん昔にネタにしていた“AVA”はいつの間にかかはくに購入されていたのである。なんならすでに記載論文は投稿済みという話であり、何もかもうまくいけば年内には学名が付くようだ。

 

 ジュディス・リバー層がどうのこうのは置いといて保存は非常によい。下顎のデンタルバッテリーなどはちょっと異様なほどである。

  例のごとく(おかげさまで例のごとく、になりつつあるようだ)筆者が骨格図を描いていたりするのだが、(単にレイアウト上の問題で)図録に載っているのはバストアップだけである。なんなら同人誌に載せた頭骨図はダミーの古い図だった(し、その時点での最新バージョンだった図は結局没にした)という話は秘密である。

 

 大人の事情の薫り高い展示であり、正直なところ他に書くことは特にない。“スコッティ”(なりなんなり、素性のはっきりしたマウント)が隣にいて初めて成立する展示でもある。

 

 カルノタウルスのマウントはいつもの茨城県博の遠征要員(初来日した時のマウントであり、どうしていいのかわからなかった手も含めて元祖ボナパルテ復元を今に伝えている)なのだが、足元にはフルクリーニングされた右前肢のキャスト(本展にあわせてフルクリーニングしたとのことで、いずれは論文のネタになることだろう)が置かれている。つまるところカルノタウルスの手は完全な状態であったらしく、今後の波乱を予感させる。

 

 福井からのピンチヒッターであるフクイラプトルとメガラプトルを従えつつ、どうにかして来日したマイプのホロタイプの実物(と胸郭の複製)が展示されている。このご時世もあってプレパレーターが在宅でクリーニングしたという代物らしいのだが、保存状態は非常によく、クリーニングも大変丁寧である。そこかしこの破断面からハニカム状の含気構造が顔を覗かせている。

 

 マイプの第6胴椎(胴体の左右幅が最も広くなる位置である)まわりはだいぶ断片的なのだが、とはいえアーティファクトの出来は(あらゆる意味で)非常にしっかりしており、マイプの種小名の意味、ひいてはメガラプトル科の胸郭のなんたるかを物語っている。マイプのホロタイプはメガラプトルのマウントのベースになっている標本よりも(全長で)35%大きい(筆者調べ)ので、そのサイズは頭上のメガラプトルのマウント(前方胴椎が一つ多かったり、尻尾がだいぶごつかったりはするのだが)から推して知るべしである。

 

 

 

 さんざん書いたのだが、これでも展示の紹介はずいぶんかいつまんでいる。海外からの標本を用意しにくい(コロナ禍ということもあるし、少し前の円相場は相当悪さをしたようだ)という中にあって来日した標本はズールを筆頭に凄まじいものばかりで、ズールに関して言えばおそらくもう二度と来日することはないだろう。そうした標本の合間を国内の博物館からの出張組がうまくつないでおり、かはくの特別展会場の規模からしてみればボリューム不足ということは全くない。

 上にも書いたことであるが、標本の点数と空間のバランスというところも含め、照明や展示レイアウト等々、展示設計としても本展は出色のものであった。一昨年の恐竜科学博もそうだったわけだが、(昨今の情勢による怪我の功名的な側面も多分にありそうだが)標本一つ一つをしっかりと見せる/見られる特別展示が確立されてきたということでもあるのだろう。

 そんなこんなで筆者の骨格図(を原図としたもの)がそびえたっていたり、ほかにもマイプや“AVA”のフル骨格図を描くなりなんなり(マイプについては3Dペーパーパズルのたたき台にもなっている)、筆者なりに今まで勝手に因縁をつけてきた相手とひとまずの決着をつけるいいおしごとをこの半年間いただいていた格好でもある。これだけの特別展の賑やかしになれば、この手のおしごととしては何よりなのだ。