GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

逆襲のギガンティス

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↑Gigantic Tyrannosaurus and Triceratops specimens.

Top to bottom, cf. Tyrannosaurus rex (commercial specimen exhibited at Tokyo International Mineral Fair 2017; femoral length:1.36m); Tyrannosaurus rex "SUE" FMMH PR 2081; Triceratops prorsus MWC 7584 (formerly BYU 12183); "Ugrosaurus olsoni" UCMP 128561. Scale bar is 1m.

 

 あけましておめでとうございます。今年もGET AWAY TRIKE !をよろしくお願いします。う゛ぃじねすのご相談はあらゆる連絡手段にて。

 

 さて、2020年はといえば(先の記事では意図的に端折ったわけだが)化石の商業取引に関する話題が席巻した年でもあった(このところずっとそうだが)。オキュルデンタヴィスしかり、ウビラヤラしかり、スタンそしてモンタナ闘争化石しかりである。

 化石の商業取引の問題については様々な観点から議論がなされており(単純な問題ではないことは間違いのないことである)、「科学的価値」の高さは当然のごとく(しばしば「盛られて」)市場価格をつり上げる理由とされてきた。もちろん、有名どころはネーミングの高さだけで値段がつり上げられることも多く、そこに「科学的価値」が加わることでえげつない(そして制御不能なレベルの)価格となっていくこともままある。「ティラノサウルスの最大の大腿骨」も、かくして表舞台から姿を消したわけである。

 そんなわけで「最大論議」に取り上げられることの(ほぼ?)なかったこの標本であるが、一方でいくつかある「トリケラトプスの最大の頭骨」はいずれも博物館の所蔵品となっており、多少なりとも研究に用いられてきた。トリケラトプス・ホリドゥスとT.プロルススの双方で「最大の頭骨」が複数知られているが、いずれの場合も(推定で)長さ2.4mほどのサイズに収束しており、このあたりが事実上の最大サイズということなのかもしれない。

 この手の話は過去2回ほど(記念すべき本ブログ最初の記事もそれであった)取り上げていたりするのだが、改めて取り上げておきたい。いちおう丑年でもある。

 

MWC 7584(旧BYU 12183)

 BYUやMWCで長らくキャストが展示され、また日本でも茨城県自然博物館のキャストが地方巡業にちょくちょく出ていた(メガ恐竜展でも展示された)本標本は、古くから国内外問わず一定の知名度(何)があった。一方で詳しい研究は(今日でも)行われないままで、2014年になってようやくいくつかの計測値が報告されたにとどまっている。

 この標本は上眼窩角とフリルの大部分(特に頭頂骨)を風化浸食によって欠いており、また上下方向にやや圧縮を受けている(ついでに鼻角には、生前に先端をへし折ったのち、折れた破片がずれた状態で治癒した形跡がはっきり残っている)。かつて長さ2.7mとして喧伝された(日本ではどっかしらで何かの数字がまぎれこんだ結果2.9mとさえ紹介された;この数字をひねくり回した結果が「全長15m」のはずなのだが、出来合いの骨格図をつついて出てくる数字でもない)この標本だが、実際の頭骨長は2.5mがいいところのようだ。とはいえ、妥当な程度に正確な頭骨長を推定できる標本の中では本標本が最大であり、持ち主の全長は少なくとも8m程度にはなるようだ。

 

UCMP 128561

 何を思ったかウグロサウルス・オルソニのホロタイプとして記載された標本ではあるが、とりあえずなにかしらのトリケラトプスであることはほぼ間違いないだろう(前上顎骨の保存されているトロサウルスの標本はわずかだが、とりあえず本標本とはnarial strut-premaxillary flangeのつくりが異なるようにみえる)。T. ホリドゥスにしてはやたら鼻骨突起が太いのだが、その角度はT. ホリドゥスのそれである。これについては単に加齢で説明できそうでもある。鼻面の部分はSDSM 2760(本標本とはずいぶんサイズ差があるのだが)と同様に著しい粗面化をみせており、種小名にふさわしい外見となっていたのかもしれない。いかんせん断片的であるため(本標本のフリルの断片や椎体は吻とサイズが合わないようでもある)頭骨長ひいては体サイズの推定はむずかしいところだが、MWC 7584よりも大きいということはなさそうだ。本標本がT. ホリドゥスだとすれば、フリルはMWC 7584よりも長めに復元してよいかもしれない。

 

 全長でみればどうやってもトリケラトプスは9m止まりのようではあるが、とはいえそのサイズ感はすさまじいはずである(体重も最大のティラノサウルスを上回るだろう)。この手のサイズの部分骨格はYPM 1828が知られている(はず)が、YPM 1828は未記載なのはおろかジャケット(の少なくとも一部)さえ130年ほどの間未開封のままなのであった。

 

(YPMは絶賛リニューアル工事中であるが、とりあえずトリケラトプスのバックヤード組が展示に追加されるということはなさそうだ。T. ホリドゥスのホロタイプは(保存は素晴らしいのだが)とても展示に回せるような代物ではなく(わりとバックヤードの手入れしやすい場所にはあるようなのだが)、YPM 1828の現状もなんとなく想像がつくものである。)

 

 

 

 

 

2020年を振り返って

 年の瀬もいい加減押し迫ってきたところである。あまりにも色々なことのあった2020年であり、毎年恒例ともいえた各種イベントはもろに影響を食らったのは今さら書くこともないだろう。夏の大規模展はお流れとなり、中規模展も規模の大幅縮小でどうにか開催にこぎつけるのがやっとといった状況であった。

 執筆以外の研究活動がまともにできない状況ではあった今年ではあるが、それでもというか、だからこそというか、相変わらず研究の出版は盛んであった。どちらかといえば新分類群の記載よりも既存のものの再記載が目立ったような気もする1年で、スピノサウルスの“ネオタイプ”の追加要素は実に鮮やかであったし、エッグ・マウンテンで発見されたフィリコミス「一家」の化石は(以前から予想されていたようなものではあるが)大変見事であった。ディロフォサウルスやデイノスクスそしてスクテロサウルスの詳細な再記載や、そういえばアロサウルス・ジムマドセニの正式出版も今年のことである。

 

 筆者はといえば割と色々おひろめの予定があったのだが、当然というべきか、ことごとく後ろ倒しになった(だけで済めばよいのだが)。ギャラだけもらって表に出ないのも寂しい話だが、とりあえずは楽しみに待っていてほしいとしか書きようのない昨今である。ノータッチだった本を献本でいただける身分になったといえばそうでもあり、思わぬところから悪の誘いがかかってきたりもした昨今でもある。イベントにおよばれはしても話す機会は今までなかったわけで、VR恐竜シンポジウムは非常に楽しい経験であった(最後の方で筆者がマッドサンダーの話しかしてなかったりもするのだが;古参の読者であれば割と予想のついた展開のはずである)。

 

 こんなご時世なので来年の見通しは全く立たない――わけでもないようだ。ちらほらと来年の話が聞こえてきたりもするのだが、鬼が笑い死ぬレベルで予断を許さない状況ではある(東方の鬼は華扇推しの俗物)。もっとも、先が見えないのはいつもと同じでもあろう。

 

もうひとつのカムイ

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↑Skeletal reconstruction of Kamuysaurus japonicus holotype HMG-1219 and TMP 1989.092.0001 (selected elements).

Scale bars are 1m for entire skeletons and 50cm for skulls.

 

 国産恐竜といえば、「ご当地性」と密接に結びついている以上、マウントの量産はされても県境をまたいで常設展示されることはなかった(ニッポノサウルスが例外だが、まあそういう側面もある)。観光資源化されている以上(むしろ端から観光資源とすべく)、現地に足を運んでもらわなければならないというのは至極当然の発想であった。

 このあたりの思惑はさておき、カムイサウルスのマウントの量産(と言っても2体だけのようだが;生物浸食のせいで見るからに抜きにくそうな形状ではある)と販売が決まったわけである。導入する展示施設があるのか/そもそも買い手は付くのかという話は置いておくとして、見学できる施設が増えるのであれば素直にうれしいところだろう。

 

 さて、カムイサウルスの記載によって東アジアの謎めいたエドモントサウルス類――ケルベロサウルスとライヤンゴサウルスの系統的位置付けが明確になったわけだが、実のところこうした恐竜がいたのは東アジアだけではない。遥かベーリング海峡の向こう、カナダはアルバータ州からも、カムイサウルスに酷似した恐竜が知られているのである。

 それ――TMP 1989.092.0001(お察しの通り1989年の採集である)が発見されたのは、アルバータ州の西のはずれ、ワピチWapiti層のユニットIV最上部のレッドウィロー石炭帯(マーストリヒチアン前期:7090万年前ごろ)であった。ワピチ層といえばパキリノサウルス・ラクスタイPachyrhinosaurus lakustaiがよく知られているが、これはユニットIVの基底部(カンパニアン後期:7380万年前ごろ)からの産出である。

 ワピチ層の露出域は森に覆われている地域が少なくなく、そうしたところでは川沿いの露頭をあたるほかない。アルバータ州南部に目を向ければバッドランドのそこら中に恐竜が転がっているわけで、ワピチ層の化石の研究が長らくぱっとしない状況にあったのは無理もない話であった。ブラウンやラッセル(デイルの方)によるちょっとした探索はどちらもハズレに終わり、1975年のパイプストーンクリークのボーンベッドの発見(ロイヤルティレルが掘る気になったのは80年代になってからだったのだが)まで、ワピチ層が脚光を浴びることはなかったのである。

 それゆえ、TMP 1989.092.0001は下半身だけの部分骨格(尾の一部と腰帯、後肢、部位不明の皮膚痕)ではあったが、十分に貴重な標本であるといえた。ロイヤルティレルの調査隊が2003年になってわざわざ再発掘を試みたほどだったのである。再発掘は大当たりで、前肢の大半や手足の要素、肋骨そしてばらけた部分頭骨が姿を現したのだった。

 

 再発掘によって全身の要素がまんべんなく揃ったTMP 1989.092.0001は、とりあえずcf.グリポサウルスsp.とされた――が、どちらかといえばエドモントサウルスの亜成体によく似ていた(グリポサウルスと共通する特徴もままあったが)。一方で、吻は妙に短かった。本標本が亜成体であることを差し引いても(亜成体同士で比較しても)、明らかにエドモントサウルスより吻が短かったのである。

 系統解析の結果は何というか、なんとなく想像もつくだろうが、エドモントサウルス族を粉砕する始末となった。ブラキロフォサウルス族とサウロロフス族がそっくり残った一方(クリトサウルス族は北米系と南米系で分かれてしまった)、エドモントサウルス族はサウロロフス亜科の基底で見事な多分岐と化したのである。とはいえ、TMP 1989.092.0001がエドモントサウルスにわりあい近縁な(新属)新種であるらしいことは明らかになったのだった。

 

 このあたりの話はカムイサウルスの記載で一言も触れられることはなかったのだが、とりあえずTMP 1989.092.0001の頬骨はカムイサウルスのそれと酷似している(エドモントサウルスのそれとも依然として似ているわけだが)。吻が(エドモントサウルスの類縁にしては)短いらしい点も似ているが、これについてはTMP 1989.092.0001の方が輪をかけて短いのも確かである。

 カムイサウルスの記載された今日、再検討のチャンスが巡ってきているのは東アジアの得体のしれないハドロサウルス類だけではない。ひょっとすると、北アメリカの北部でもカムイサウルスの眷属がのさばっていた可能性があるのだ。

モンタナ・デュエリング・ダイナソーズ;帰還

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 Montana dueling dinosaurs――モンタナ闘争化石の名で知られるそれが日本で話題になりだしたのはいつのころだっただろう。本ブログが今は亡きYahoo!ブログ(実際問題編集ははてなブログよりはるかにやりやすかったのだ)で生まれて日の浅いころに集中的に取り上げた話題でもあったが、オークションが不発に終わって以降、目立った(それも希望の持てる――真っ当な研究機関に入るという――)情報はないまま月日ばかりが経っていったわけである。

 化石業者によって「ナノティラヌスと新種の角竜の闘争化石」として喧伝されたそれは、“ナノティラヌス段階”としては最も状態のよい(ジェーンでほとんど知られていなかった首と完全な前肢を保存していた)骨格と、ヘル・クリーク産のケラトプス科角竜化石としては有数の保存状態(完全な尾とフリルの皮膚痕を保存していた)の骨格から構成される。どちらか単体でも極めて貴重な――昨今の事情から言えば大それた値段のつきそうな――化石であったのだが、両者は近接した状態で化石化していたのである。そして角竜の背中には“ナノティラヌス”の歯が埋まっていた。さらにどういうわけか“ナノティラヌス”の(顎に植わっていた)歯はかなりの数がへし折れた状態であり、かくして化石業者――アケロラプトルの模式標本群となる標本を市場へ流した業者――は、ブラックヒルズにクリーニングを委託しつつ、これらの標本を”Montana Dueling Dinosaurs”として喧伝したのであった。

 

 販売は(例によって土地の権利関係やらも絡み)当初の思惑通りにはうまくいかず、“ナノティラヌス”の頭骨と前肢のキャストが市場へと流れるに留まった(日本でも頭骨が少なくとも1セット販売されている)。ドリプトサウルスめいた奇怪な“ナノティラヌス”の前肢は“ナノティラヌス”の独自性の根拠の最後の砦とすらなっているのだが、気が付けば発見から14年の間、(まっとうな)学術的に言えば手つかずの標本だったのである。

 スタンの原標本が驚天動地の値段で個人コレクターの手に渡った一件もあり、もはやモンタナ闘争化石について絶望的なムードさえ漂っていた昨今ではあったが、どういうわけかノースカロライナ自然科学博物館が本標本を取得することとなった。

 

(かくしてモンタナ闘争化石の研究の道がようやく開かれたが、手放しで喜んでいい話のはずがないのは言うまでもない。具体的な購入ルートやらなんやらが非公表なのはある種当然のことでもあるが、相当な金額が動いたのは違いないことで、「重要な」標本の取引価格の高騰に歯止めがかからなくなっているのはスタンの一件で明らかである。)

 

 ノースカロライナ自然科学博物館といえば、アクロカントサウルスの“フラン”の購入と記載を巡ってブラックヒルズやSVPとは因縁浅からぬ仲でもある。とはいえ、今後の研究についてさほど心配はいらないだろう。(販売のために)すでに部分的なクリーニングのなされたモンタナ闘争化石は2022年に展示としてお披露目され、そこから5年計画でクリーニングが進められるという。気の長い話だが、モンタナ闘争化石はいつもそこにある。

【告知】第5回VR恐竜シンポジウム「恐竜骨格の復元」にゲストで登壇します

 というわけで(いつも通り前略)、9/27(日)の19時から恐竜技術研究ラボの第5回VR恐竜シンポジウムにゲストとしてお招きいただくことになりました。「恐竜骨格の復元」ということで、いつもの骨格図がらみの話等々について、司会の芝原暁彦さん、今井拓哉さんと一緒にお話ししていく予定です。ぜひご参加・ご観覧ください。

 シンポジウムの詳細は下記リンクから。

 

日時:9月27日(日)19~21時(18:50より開場)

会場(cluster)

cluster.mu

配信(youtube

https://www.youtube.com/watch?v=AHcdrxM01U8&feature=youtu.be

 

過ぎ去りし時の終わりに;「グレゴリーポール 恐竜事典」レビュー

 例によってネットと書店実店舗とで発売のタイミングが微妙にずれていると見せかけて別にそんなことはなかったようだ。例によって(そうでもない)首尾よくポールの骨格図本――「グレゴリー・ポール恐竜事典」を手に入れた筆者である。今までさんざん(特に原著に関しては)ここで書いてきたことではあるのだが、(書評と呼べる代物が少なくとも素の状態の筆者に書けるかという話は置いといて)本書について改めて書き散らかしておきたい。

 

 先の記事でも書いたことではあるのだが、グレゴリー・ポールの本をまともに――つまり単なる画集/資料集以上のものとして読んだことのある人はどれほど(この狭い業界の中で)いるだろうか。本ブログの読者の年齢構成のようなものは寡聞にして知らないが、90年代に現役の恐竜おたくだった読者であれば、たぶん飽きるほど触れた経験はあるだろう。原著――The Princeton Field Guide to Dinosaursであれば、筆者くらいの世代でもリアルタイムで新刊に触れたことがあるだろうが、そうは言っても洋書である。超新星とさえ言えたポールの骨格図とともに長いキャリアを過ごしてきた世代に代わり、スタンダード、あるいは学研の図鑑に小さく載った骨格図しか知らない世代が台頭してくるのは詮ない話でもある。筆者とて、ポールの骨格図がでかでかと載った本とリアルタイムで出会ったわけではない。

 本書――「グレゴリー・ポール 恐竜事典」は、ほぼ20年(単行本としてカウントするのであればそれ以上)ぶりの、日本語で読めるポールの本である。ちょっと勇気のいる値段ではあるが、それでも買っておくべき――原著を持っているならなおのこと――本である。まして生のポールを知らなかった若者(という自覚のある人)は。

 

 原著はある種ポールの同人誌(それも総集編)といった雰囲気さえあり、良くも悪くもポール節全開(専門書というよりは一般書と言ったほうがよい代物でもある)で、かつ書籍としての完成度はかなり微妙な代物であった。原著の印刷の質はわりと悲惨であり(ついでに筆者の初版UK版は謎の落丁――ヘレラサウルス周辺がもう1セット綴じてある――で楽しい)、肝心の骨格図も本文レイヤーとの順序を間違えたのか、ちょこちょこ端が切れているものがある始末であった。

 翻って日本語版の翻訳は、恐ろしいことに福井県立恐竜博物館の研究者による分担制である。やんちゃで知られた(それでいて定評のある)在野の研究家の本を、バリバリの研究者たちが寄ってたかって翻訳した本なのである。かくして要所要所に脚注(という名の原著への容赦ない突っ込み)が加えられ、非常に頼もしいところである。資料としてこれ以上ないとはいえ、色々な意味で上級者以外に勧められなかった(上級者であれば勝手に買っていたか、そもそも必要のない本かもしれなかった)原著だが、日本語版はある意味原著に対して訳者と一緒に立ち向かうといったふうでもあるのだ。ついでに印刷の質も劇的によくなっており、書籍としての完成度は飛躍的に向上しているといっていい。

 とか何とか言いつつも、本書はやはりポールの本である。脚注は脚注に留まっており(容赦のない脚注ではあるが)、本文に真っ向勝負を挑むのはそう簡単ではないかもしれない。訳者らが相当苦しんだらしいことは前書きや脚注の端々からうかがえ(このあたり、ディクソンの本は実際読みやすかったのだ)、楽しくも苦しい旅になるであろうことは目に見えている。このあたりの感覚は、第二次恐竜ブーム――今は遠くなった90年代に、多くの読者が感じたそれ――滔々と語るポールに必死でついていく訳者とただただ圧倒される読者――と同じだろうか?恐らくそうではない。

 ポールが業界を席巻した時代からすでに20年以上が過ぎている。訳者は相変わらず必死だが、読者はただ情報の奔流に飲み込まれるだけではなくなったはずだ。電子の海に漕ぎ出すのはたやすく、大学の書庫を巡って論文をひたすらコピーし続ける取材の時代は終わったのである。しかし、それでもなお、本書は――ポールのこの20年の集大成(それがまた歯がゆいところでもあるのだが)は、圧倒的な物量でそびえたっている。

 本書に一度目を通してそれっきり、という読者はたぶんいないだろう。何度も何度もページをめくり返す羽目になるはずだ。それを繰り返すうち、きっと本書だけでは満足できなくなるだろう。本書の先に待ち受けているのは一次文献――原著論文である。

 別に本書の存在について難しく考えることはない。一時代を築いた(そして後世のスタンダードを切り開いた)在野の研究家の集大成たる一冊であり、それゆえの問題を抱えつつも、訳者の尽力でそのあたりをカバーした比類なき大著である。それだけで7500円をつぎ込むには十分だろう。物量重視の図鑑はしばしばビジュアル面がおざなりになるものだが、第一に本書はポールの本であり、(時期による出来の差は割と激しいのだが)ポール式骨格図がそこかしこにあふれている。復元や分類の「あいまいさ」を含め(これらはむしろ明確に示されるべきものである)、これほど網羅的な図鑑は他にないのだ。

 

 筆者の絵描きとしてのキャリアの始まりがポールの後追いであることは誰の目にも明らかであるし、今さらここに書くことでもない。ロックンロールの死は見届けたつもりだったのだが、それでも20年ぶりにグレゴリー・ポールの本が日本語で読めるということは、めったにない経験だろう。常に手の届くところに置いておくべき一冊である。

 

そして伝説へ…

 真夏もいいとこである。筆者のマシンは例によってMW5(そろそろ中心領域周回も飽きてきたので追加のダウンロードコンテンツはよ)を回すと熱停止寸前までヒートシンクフリーザーとか二重ではない)のファンが咆哮するわけだが、幸い冷房を付けていればなんとかといった具合である。(チャンピオンとマローダーⅡが気になるお年頃の筆者である。ナイトスターが扱いやすすぎてそうそう手放せそうにないところではあるのだが。)

 

 さて、前記事でも触れたとおりこのご時世で恐竜関係のイベントは壊滅状態(ちょこちょこやっていたりはするのでよく計画されたし)なわけだが、出版業界に目をやるといろいろ賑やかである。うっすら謎の自伝(自伝とは限らないが)ブームが到来しているのはさておき、よりにもよってグレゴリー・ポールの洋書――The Princeton Field Guide to Dinosaurs (2nd Ed.)の邦訳が出版されるのである。

 言うまでもなく筆者の本棚(と段ボール箱)には原著の初版と第2版(なんなら初版のUK版もある)が入っており、かつて本ブログでも色々と書いたおぼえがある。なんだかんだでポール大好きマンとしては謎の感慨深い気にもなるのだが、そうはいってもポールの本である。

 ポールの和書にリアルタイムで触れた経験があるのは、せいぜいが筆者の世代(90年代前半生まれ)までであろう。これは単に、ポールの「新作」やエッセイの載った和書が最後に出たのが2000年代初頭だった(はず)ということである。とはいえ筆者は恐竜博2002の物販で平積みされたディノプレス(最新号=最終号だった)をパラ見したのちタミヤトリケラトプス情景セットを買ってもらったタイプの人類だったわけで、ポールとの最初の出会いは学研の図鑑だったはずである。なんにせよ、筆者はポールが業界にお目見えした時(80年代中ごろ)の衝撃とは無縁であり、一種のスタンダードとなってから出会った格好となる。

 裏を返せば、それ以降の世代はリアルタイムでポールの和書に触れることがなかった計算になる。筆者はといえば中学校の図書室の隅っこで恐竜骨格図集を発掘し、肉食恐竜事典を今さら買ってみたりとろくでもない行為に手を染めていたが、そうあることでもないだろう。そういうわけで生じた(日本における)ポールの空白期間の間に、スコット・ハートマンをはじめとするポール式(ハートマンのそれはもはやポール式からはもはやかけ離れているように見えるのだが)の追随者、あるいはむしろ古典的なスタイルの骨格図が幅を利かすようになって現在まで至っている。もっとも、90年代に席巻した「骨格図文化」は2000年代初頭で――ポール式骨格図の網羅的な本が出版されなくなった時点で絶えてしまったとさえ言ってしまっていいかもしれない。 

 肝心のポールの本と言えば、2010年に大著――The Princeton Field Guide to Dinosaurs(初版)が出版され、往年のポールと劣化したポールのごった煮(アクも取らずに丸1日火にかけていたような代物)が読者に提供されたわけである。往年のポールは往年の作に過ぎず、一方で劣化ポールには往年の見る影もなかったのは書くまでもない(そもそもポールの単著なのでポールにしか書けない文章の連発でもある)が、なにしろそのボリュームはすさまじかった。「フィールドガイド」という体裁ゆえの問題もいくらでもあったが、結果的にポールによるポール式骨格図の集大成には違いなく、各分類群についてこれほど網羅的な一般書も他にほとんど存在しなかったのである。

 

 2016年になって出版された第2版も同じことで、ひたすらに初版の拡大版であった。ただでさえ大きかったボリュームはさらに膨らみ(ポール節に磨きがかかったかと言えばそんなことはなく、とりあえず増量されただけであった)、80年代から慣れ親しんでいた骨格図のいくつかは別標本ベースの骨格図に差し替えられた(筆者が何を言いたいかはまあわかってもらえるだろう)。それから4年が過ぎようとする現在にあって、第2版は依然として同じ地位――「図付きで恐竜の種類がいちばん多く載っている本」に君臨している。

 ここまでが前置きである。色々なところで散々書いてきた話だが、ポールの本は非常にアクの強い本であり、端的に言って読みこなすのは難しい。筆者とてThe Princeton Field Guide to Dinosaursの前半部分はいまだかつてパラ見以上のことはしていなかったりする。そんな本の訳を引き受けたのはよりにもよって福井県立恐竜博物館であり、従って「グレゴリー・ポール恐竜事典」は「在野の研究家」の単著(監修もないポール成分100%の原著である)を日本でも有数の(それも若手中心の)古生物学者がよってたかって翻訳した格好になる。しかもそれがほぼ20年ぶりのポールの本(単行本で数えれば、恐竜骨格図集以来24年ぶりとなる)となれば、もはや文字情報だけでおなかいっぱいである。今こそ(ポール式)「骨格図文化」再興の時である。

 語句索引まで追加された結果壮絶なボリュームになったことは間違いない本書であるが、100%純粋ポールに訳者らは相当苦しんだことと思われる。ポール本の訳者に本職の研究者があたることは、たぶん今後ないだろう。そういう意味でも(ある種プロレスめいた面白さというべきか)本書はめったにない本である。

嘆くべきは本書の抱えるもろもろの問題点ではなく、アメリカでは本書がたった35ドルで売られていることであり、もはや邦訳がビジネスとして成立しなくなった日本の恐竜「市場」である。最後にもう一度だけ書くと、本書は「買い」である。

 かつて第2版が出版された際に筆者はこんなことを書いたわけだが、4年も経てば邦訳が出てしまうものである。なんだかんだ言っても原著は恐竜の形態・復元について統一されたフォーマット――ポール式骨格図でもっとも広く俯瞰できる本である(そして「復元の危うさ」についてもっとも広く俯瞰できる本でもある。このあたりも4年前に書いた内容まんまである)。ましてそれが日本語(のきちんとした訳)で読めるようになったわけである。使いこなせればこれ以上ない本であり、本書を使いこなせるようになる頃には一皮も二皮もむけているはずである。備えよう。