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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

十年目の合成骨格【ブログ開設10周年記念記事】

↑マイプの合成骨格図(上)と不定のメガラプトル類の合成骨格図(下)。

上は恐竜博2023用に制作したもの、下は2014年6月に制作したもの。基本的に同じ標本を組み合わせて描いており、実質的にプロポーションの違いがない点に注意。

 

 暇をもてあました末に、それなりの下心をもって本ブログを立ち上げて10年が過ぎた。暇だったのは最初の1年だけで(学部2年の後期から3年の前期という、必修科目も少なければ卒業研究もまともに始まっていない稀有な時期であった)、ここ数年は毎年新機動戦記ガンダムWもびっくりな急展開が続いているところである。10年ともなればさすがにあっという間に過ぎたというわけもなく、振り返ればそれなりに長く、ほとんど消えかかった獣道が藪の中に伸びている。

 さて、筆者が骨格図を制作する仕事を請け負うようになって7年ほどになるが、その中でしばしば描いてきたのが合成骨格図――同一種の複数標本はおろか、複数種の部分的な骨格さえ寄せ集めたコンポジットである。筆者が初めて本格的に描いたコンポジットの骨格図は2014年に描いたメガラプトル類のもので、以来同じテーマでたびたび個人的に描くことがあった。どっこい、ひょんなことから因縁の相手(筆者とて茨城うまれなので適当に因縁を付けがちである)――最大最新のメガラプトル類であるマイプの骨格図を描くという機会を得、ひとまず(この手の話は常に“ひとまず”止まりだ)の決着をつけるに至った格好である。10年目にして決着の機会を与えてくれたマイプについて、今さらながらここに書き記しておきたい。

 

 パタゴニアといえば恐竜化石の世界的な大産地としてよく知られている。広大なパタゴニアに大小さまざまな堆積盆が広がっている格好だが、白亜紀後期の獣脚類の良好な記録はもっぱら最北部のネウケンNeuquen堆積盆(ネウケン州とその周辺)とその南に位置するカナドン-アスファルトCañadón Asfalto堆積盆(チュブ州とリオ・ネグロ州)に限られてきた。パタゴニア南部――南米大陸の南端に広がるマガヤネスMagallanes/オーストラルAustral 堆積盆ではオルコラプトルOrkoraptorやアウストロケイルスAustrocheirusを除いて命名されたものはなく、オルコラプトルにせよアウストロケイルスにせよ分類さえおぼつかないほどに断片的な標本に基づいていたのである。

 

(オルコラプトル、アウストロケイルスとも原記載では「下部マーストリヒチアンのパリ・アイケPari Aike層」産とされている。このあたりの層序と年代論についてはつい最近まで著しい混乱があり、オルコラプトルについてはその後「セノマニアン~サントニアンのマタ・アマリヤMata Amarilla層」に、アウストロケイルスについては「上部チューロニアン~下部コニアシアンのパリ・アイケ層」に修正された。最終的にオルコラプトル、アウストロケイルスとも「中部カンパニアン~下部マーストリヒチアンのセロ・フォルタレザCerro Fortaleza層」産とされるようになり、今日に至っている。これはプエルタサウルスやドレッドノートゥス、タレンカウエンと同じ地層から産出したことを意味している。これらの恐竜の生息時代についてより踏み込んだことは言えないのが現状だが、ざっくりカンパニアン後期としておくのが妥当なところだろう。アウストロケイルスはケラトサウルス類とみて間違いないようで、わずかに残された化石を見るにエラフロサウルスやデルタドロメウスが連想される。)

 

 一連のセロ・フォルタレザ層産恐竜が発掘されたのは2000年代に入ってからだが、マガヤネス/アウストラル堆積盆で恐竜化石が発見されたのはそれが初めてのことではなかった。チョリーヨChorrillo層(上部カンパニアン~下部マーストリヒチアン)では1940年代までにはすでに恐竜の化石が発見されていたのである。1980年には竜脚類の部分骨格が発見され、駆け付けたボナパルテによって部分的な頸椎(だけ)が採集された。骨格の残りの部分はそのまま現地に残されたが、ボナパルテは同じ産地から獣脚類の尺骨や歯冠をも採集していた。

 竜脚類の頸椎はボナパルテによってcf. アンタークトサウルス sp.とされ、その後アエオロサウルス類とされたり不定のティタノサウルス類とされたりもしたが、依然として骨格の残りは現地に残されたままだった。この標本に再びスポットが当たったのは2019年の1月――ノヴァス率いる“ベルナルディーノ・リヴァダヴィア”アルゼンチン国立自然科学博物館のチームがこの地を訪れてからのことである。

 発掘隊はボナパルテが頸椎を採集した産地を再特定し、首尾よく骨格の残りを採集した。この骨格(ボナパルテが採集した頸椎MACN-PV 18644および掘り残しMPM 21542)は新属新種の大型ティタノサウルス類(おそらくコロッソサウルス類)ヌロティタン・グラキアリスNullotitan glaciarisのホロタイプとなったが、発掘隊はヌロティタンの追加標本に加え、他にも新属新種のエラスマリア類イサシクルソル・サンタクルセンシスIsasicursor santacrucensisといった様々な恐竜化石を採集していった。その中にはチョリーヨ層中部の下部から産出したMPM 21545――ひどく断片的だが単一個体に由来すると思しき大型獣脚類の骨格があったが、これはメガラプトル類、それもアエロステオンと同等のサイズのものだったのである。

 実のところ、チョリーヨ層からメガラプトル類の化石が発見されたのはこれが最初ではなかった。1981年にボナパルテが採集していた獣脚類の歯MACN-PV 19066(ヌロティタンのホロタイプと同じ産地で発見されたが、厳密に共産したかについては記録がない。チョリーヨ層下部の産出であることは確かである)もメガラプトル類のもので間違いないことが判明したのである。さらに推定全長2mほどの個体の胴椎(MPM 21546;MPM 21545より10mほど下の層準からの産出)まで発見され、どうもチョリーヨ層の主だった大型獣脚類がメガラプトル類らしいことが明らかになった。まごうことなきマーストリヒチアンのメガラプトル類が、パタゴニアの南部に存在したのだ。2019年のうちにチョリーヨ層産の化石はまとめて記載され、マガヤネス/アウストラル堆積盆――南極そしてオーストラリアへと続くパタゴニア南部のマーストリヒチアンの生物相の一端が初めて示されたのであった。

 

(上述したオルコラプトルはさておくとして、チョリーヨ層産のもののほかにマーストリヒチアンの可能性があるメガラプトル類が記載されていないわけでもない。マガヤネス/アウストラル堆積盆の北東に位置するゴルフォ・サン・ホルヘGolfo San Jorge堆積盆のラゴ・コルウエ・ウアピLago Colhué Huapí層(セケルノサウルスの産出が知られる)ではほぼ完全なメガラプトル類の“シックル・クロー”や中足骨が産出しているのだ。ラゴ・コルウエ・ウアピ層はカンパニアンからマーストリヒチアンにまたがっており、セケルノサウルスの産出層準はマーストリヒチアンに相当するとされている。メガラプトル類の化石はいずれもセケルノサウルスのホロタイプよりも下の層準から産出しているが、これがカンパニアンなのかマーストリヒチアンなのかははっきりしていないようである。いずれにせよカンパニアン以降と非常に新しい時代のものであることは確実で、にもかかわらず“シックル・クロー”の形態はメガラプトルのそれと酷似している。)

 

 2020年の3月になり、“ベルナルディーノ・リヴァダヴィア”の発掘隊がチョリーヨ層の一連の産地を抱えたラ・アニタ・ファームへ帰ってきた。今度は国立科学博物館も加えた国際チームである。チームはチョリーヨ層からさらなる化石を採集したが、その中には前年に掘り残していたMPM 21545の続きも含まれていた。

 母岩は硬く、車で直接乗り入れることのできない現場ということもあった発掘は難航したが、それでも2020年の発掘で採集されたMPM 21545のパーツの量は前年をはるかに上回った。

 

↑マイプ・マクロトラックスMaip macrothoraxのホロタイプMPM 21545の骨格図。

恐竜博2023用に描き起こした(2022年8月)もの(上)と原記載の出版直後(2022年4月)に描いたもの(下)。

腰帯の相対的な位置関係の違いに注意。下のものの腹肋骨はごく模式的に描いている。

 

 マーストリヒチアンのメガラプトル類のまとまった骨格に現場は色めき立ったが、コロナ禍という情勢の急転を受け、ラ・アニタ・ファームでの調査は中断される格好となってしまった。アルゼンチン軍のヘリによるジャケットの搬出予定はなくなり、現地に置き去りにせざるを得なくなった標本さえあったのである。MPM 21545にしても、(関節が完全にばらけた状態であったにもかかわらず)5m×3mほどの範囲を掘ったところで発掘は打ち止めとせざるを得なくなった。標本の行く先であった“ベルナルディーノ・リヴァダヴィア”も閉鎖される中で、MPM 21545はプレパレーターの自宅にてクリーニングが進められることになったのだった。

 不幸中の幸いというべきかMPM 21545の保存状態は非常によく、断片的な骨格とはいえ仙前椎の要所や相当数の腹肋骨、そしてほぼ完全な烏口骨が採集されていた。重複する椎骨はアエロステオンのホロタイプMCNA-PV-3137よりも一回り大きな動物のものであり、そして烏口骨は(椎骨がMCNA-PV-3137のそれよりも大きいことを差し引いても)妙に巨大でがっしりしたつくりであった。依然として断片的ではあるが、それでも最新かつ最大級のメガラプトル類の確かな骨格がそこにあったのである。

 

 MPM 21545の椎骨の細部には既知のメガラプトル類には見られない特徴がいくつか確認され、固有の形質らしいものもいくらか見出された。烏口骨の形態はメガラプトル類にしてもかなり独特で、MPM 21545が未記載種に属していることは明らかだった。

 かくしてMPM 21545をホロタイプとして2022年に正式に記載された(論文の草稿は2021年の年末には公開されていた)マイプだが、「掘り残し」がいまだラ・アニタ・ファームの片隅に埋もれているとみられている。これまでに採集された部位のほとんどは椎骨や肋骨といった体軸骨格や、それに隣接する肩帯や腰帯に限られており、しかもばらけているとはいえそれなりに狭い範囲にまとまって産出した。とはいえ中足骨の破片らしきものも採集されており、であれば四肢の要素も周辺に散乱しているかもしれない。メガラプトル類の標本としては珍しく第2頸椎も産出しており、なにがしかの頭骨要素が残されている可能性もある。

 

↑マイプの合成骨格図とその参照元。歯骨と上腕骨、大腿骨はアウストラロヴェナトルのホロタイプも参照している。趾骨はバホ・バレアル層産のメガラプトル類に基づく。また、前上顎骨-上顎骨-鼻骨はメガラプトルの幼体MUCPv 595を大まかに参照している。

 

 マイプのホロタイプから既知のメガラプトル類とは異なる様々な特徴が見出されたことは先述した通りだが、とはいえこれまでに採集されたMPM 21545の概形は他のメガラプトル類とよく似ている。従って、既知のメガラプトル類の標本を注意深く組み合わせることで、マイプの骨格をそれらしく復元することができるはずである。メガラプトル類のトレードマークである前肢は今のところマイプではひとかけらも知られていないが、そこへつながる烏口骨はメガラプトル類としては極めつけにごつく、相対的なサイズもアエロステオンやメガラプトルと比べて大きい。マイプと最も近い時代のメガラプトル類であるラゴ・コルウエ・ウアピ層のものが(相対的なサイズは不明だが)メガラプトルと酷似した“シックル・クロー”を保持していたことも考えれば、前肢についてもメガラプトルと同等以上に発達していたとみるべきだろう。

 恐竜博2023でマイプの復元骨格が展示されることはなかった(計画されなかったわけではないものの、いかんせん現状では産出部位も少なく、制作したところでほとんどメガラプトルの拡大バージョンになってしまうだろうということもあって見送られたようである)が、かくして筆者はマイプの合成骨格図を仕事として描く機会を得た。南米産の派生的なメガラプトル類の標本を結集してなお足りない部位も少なくないが、とはいえマイプの骨格は上の図からかけ離れたものでもないはずだ。

 

 白亜紀末のゴンドワナ――南半球の陸上生物相のうち、多少なりとも実態が知られているのはパタゴニア北部やインド、マダガスカルに限られており、陸成層の残るパタゴニア南部も先述の通り近年ようやくスポットライトが当たった格好である。南極やオーストラリアではこの時代の陸成層が知られておらず、特に後者の陸上生物相はまったくの謎に包まれている。とはいえ南極やオーストラリアはパタゴニア南部と古地理上密接なつながりがあり、そうした意味でもチョリーヨ層や隣接する(側方変化とも言える)チリのドロテアDrotea層(ステゴウロスやゴンコケンの記載でにわかに知名度を得た)の研究は非常に大きな意味を持っている。

 

 かくしてゴンドワナにおける最後の頂点捕食者として鮮烈なデビューを果たしたマイプだが、ここまで散々書いた通り骨格はごく断片的にしか知られていない。チョリーヨ層では先述の通り2タイプのメガラプトル類の歯化石が知られているが、これらとマイプの関係さえ現状では定かではないのである。それでも、マイプのホロタイプはこの時代のパタゴニア南部(や南極、オーストラリア)の大型獣脚類としては最良の標本である。おそらく存在する「掘り残し」やチョリーヨ層やドロテア層のポテンシャルからすれば、こうした問題はいずれ解決されるものとみてよいだろう。2023年の2月にはラ・アニタ・ファームでの発掘が再開され、次なる成果に期待が高まっている。

 この10年でメガラプトル類に関する知見は大きく広がったが、それでもなお残された謎は多い。次の10年でマイプは、メガラプトル類の骨格復元はどれほどの修正を要することになるだろうか。今日のものは10年後に「妥当な程度に正確」だったと評せるものになっているだろうか。先のことなどわからないが、筆者は気の向くままに描き続けるだけである。