GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

水が温む時

↑Skeletal reconstruction of Tyrannosaurus rex (top: largely based on USNM PAL 555000)

and Tyrannosaurus mcraeensis (bottom: holotype NMMNH P-3698). Scale bars are 1m.

 

 いい加減で3月である。年明け早々にでも書こうと思っていた記事は、あけおめメールの到来によってここまで後ろ倒しになった格好である。

 

 さて、かれこれ10年近く前にこんな記事を書いたりしていたわけだが、年明け早々に“エレファント・ビュートのティラノサウルス類”ことNMMNH P-3698(古い文献だとNMMNH P-1013-1となっている)がティラノサウルス属の新種として記載されたわけである。長らく「ニューメキシコティラノサウルス・レックス」として知られていた本標本は、紆余曲折の末にひとまずティラノサウルス・レックスとは別物と見なされるようになったのだ。

 

 ニューメキシコの上部白亜系といえば北西部はサン・フアン堆積盆のもの(フルーツランドFruitland層やその上位のカートランドKirtland層、オホ・アラモOjo Alamo層)が有名だが、中西部のマクレーMcRae層群(最近までマクレー層扱いだった)でも20世紀の初頭から恐竜化石が産出することが知られていた。1980年代に入ると調査が活発化したが、採集された化石は単離した要素ばかりで、おまけにひどく風化したものばかりであった。

 とはいえ、それなりに同定のできそうなものはないわけではなかった。トロサウルスかペンタケラトプスと思しき大型角竜(頭頂骨に窓を持つのは確かだった)に大型の竜脚類――この時代のアメリカ南西部の竜脚類といえばアラモサウルスを置いて他にはない――、それに鎧竜の皮骨のスパイクが採集されたが、大本命と言えるのがエレファント・ビュート貯水池の東岸――ホール・レイクHall Lake層(当時は部層扱いだった)で1983年に採集された巨大な獣脚類の歯骨だった。この歯骨NMMNH P-3698(この時点ではNMMNH P-1013-1のナンバリングだった)はほぼ完全かつ保存もなかなかのもので、しかも前関節骨や血道弓といった他の要素も一緒に採集されたのである。歯骨は紛れもないティラノサウルス科のそれで、しかももろもろの特徴は何よりもティラノサウルス・レックスとよく一致するものだった。かくして、ジレットらはこれを嬉々としてニューメキシコ初となるティラノサウルス・レックスとして記載したのである。

 

 1993年に同じホール・レイク層の下部でトロサウルスのかなり大きな部分骨格が採集されたこともあり、マクレー層群の恐竜相は典型的なアラモサウルス相――“ランス期”(≒マーストリヒチアン後期)のアメリカ南西部に存在した、アラモサウルスやトロサウルスティラノサウルスを特徴とした恐竜相であるとみなされるようになった。が、2017年になってホセ・クリークJose Creek層(マクレー層群の最下部層である)の上部やホール・レイク層の最下部付近の火山灰層からカンパニアン後期を示す絶対年代が報告されたことで話は妙な方向へと動き始めた。「掘り残し」を得てみれば、ホール・レイク層下部から産出した「トロサウルスの部分骨格」はトロサウルスなどではなかったのである。

 

 さて、当初ティラノサウルス・レックスとして記載されたNMMNH P-3698だったが、当時イケイケだったレーマンとカーペンターは1990年に「ニューメキシコ産アウブリソドンの部分骨格」(今日ビスタヒエヴェルソルとみられている)を記載した際にこれが新属新種にであることを(カーペンターの印刷中だった論文を引用する形で)示唆した(が、出版された論文ではテキサスはハヴェリナJavelina層産の上顎骨TMM 41436-1しか言及されていなかった;後述)。当然これといった理由は述べられていなかったわけで、カーとウィリアムソンは2000年のニューメキシコ産ティラノサウルス類のレビューでこれを一蹴したわけである。当時知られていた目ぼしいティラノサウルス・レックスの(大人サイズの)標本を精査したうえで、カーらは改めてNMMNH P-3698をティラノサウルス・レックスとみなしたのだった。

 この見方はその後も踏襲され、カーによる近年のティラノサウルス・レックスの成長過程に関する大著ではNMMNH P-3698はやや若い成体とみなされた。カーはNMMNH P-3698が(2000年とは比べ物にならないほど比較できる標本が増えた中にあって)ティラノサウルス・レックスであることを改めて示した格好でもあったのだが、一方でマクレー層群の最近の時代論については特に注意を払うことはなかったのである。

 

 1986年にNMMNH P-3698を記載するにあたり、ジレットらは「掘り残し」がまだ現地にあるらしいこと、エレファント・ビュート貯水池の水位が下がって再び現地を訪れられるようになるのは今後2年では厳しいだろうという見通しについても述べていた。果たして、「掘り残し」はまだあったのである。

 「トロサウルスの部分骨格」改めシエラケラトプスNMMNH P-76870の記載に勢いづき、追加要素も含めたNMMNH P-3698の再記載が進められた。マクレー層群の絶対年代を報告した論文中ではNMMNH P-76870にせよNMMNH P-3698にせよ(ホール・レイク層における)産出層準が不詳であることが述べられてはいたのだが、改めて行われた地質調査で両者の産出層準がホール・レイク層の最下部付近――7320万±70万年前(カンパニアン後期の後半)――からそれほど上位にあるわけでもないことが判明した。絶対年代による「挟み撃ち」はできなかったが、とはいえ推定される堆積速度からしてNMMNH P-76870にせよNMMNH P-3698にせよ、カンパニアン末からせいぜいマーストリヒチアン前期の前半のものとみてよさそうだったのである。

 

 かくしてティラノサウルス属の新種――ティラノサウルスマクレーエンシスのホロタイプとなったNMMNH P-3698だが、とはいえティラノサウルス・レックスとの形態的差異として挙げられている特徴のほとんどはかなり微妙であり、歯骨の特徴(腹側縁が角骨との関節部に至るまで背側にカーブする)を除けば成長過程や個体変異、化石の破損・変形によるものとも言えてしまうようなものばかりである(このあたり筆頭著者の悪名高さについてはいちいち書かない;カーが同サイズ個体についても成長段階による差異らしきものを拾い出していることはよく顧みるべきである)。とはいえ歯骨の特徴はティラノサウルス科全体を見渡しても他に見られないものであり、であればひとまず別種と見ておいた方がよいのだろう。

↑北米産のティラノサウルス族の頭骨。上段と下段でそれぞれ、左から右へ向かって成長段階が進んでいく。カーによってTMM 41436-1は亜成体、それ以外は成体とされている。“スタン”とUMNH VP 11000では眼窩周辺の皮骨を透過して描いており、それ以外の標本では省略している点に注意。スケールバーは50cm。

 

 さて、筆頭著者のダールマンといえば“アラモティラヌス”で悪名高いわけである。かつて本ブログでも取り上げた通り、どうもオホ・アラモ層(これまでの時代論は決定打に欠けるが、恐竜化石の産出するナアショイビトNaashoibito部層はおそらくC31rすなわちマーストリヒチアン前期~後期初頭(ざっと7140万~6930万年前)に収まるようだ)産のティラノサウルス類――ほとんどが単離した首から後ろの骨格であり、部分骨格に至ってはカーらのレビューで触れられこそすれど図示されない程度の代物だった――を“Alamotyrannus brinkmani”として記載するつもりだったようなのだが、「印刷中」(一般論として査読が終わっていることを意味する)として引用された論文はとうとう出版されず、今日ではアメリカ南西部のティラノサウルス族の俗称のようなものとして用いられる始末となっている。

 

(ダールマンが“アラモティラヌス”として触れた唯一の標本がACM 7975である。これは保存のぱっとしない部分的な右歯骨であるようだが、今日まで特に記載されておらず、その実態は定かではない。ダールマンがこれをホロタイプにしようとしていたのかも謎である。)

 

 NMMNH P-3698と並んでアメリカ南西部のティラノサウルス・レックスとしてよく知られていたのがテキサスはハヴェリナ層最上部(ケツァルコアトルス・ノースロッピのホロタイプの産出層準と実質的に同じである;もろもろを勘案するとマーストリヒチアン後期の中ごろのようだ)から産出した部分的な上顎骨TMM 41436-1である。これはローソンの修士論文の中で“ティラノサウルス・ヴァヌスTyrannosaurus vanus”として記載されたが、その後1976年に改めてティラノサウルス・レックスとして記載されたものであった。カーペンターは先述の論文の中でこの標本が他の(ティラノサウルス・レックスとされている)上顎骨に見られる個体変異から外れていることを指摘し、未知の属であることを示唆した(が、追加標本の産出を待つと記したのみそれ以上は特に何もしなかった)。実のところこの上顎骨はティラノサウルス・レックスの成体と比べるとかなり小さく、もっぱらティラノサウルス・レックスの亜成体である(≒なにかしらの別種ないし別属にできるような根拠が特にない)とみなされている。

 もうひとつ、ユタ州はノース・ホーンNorth Horn層(マーストリヒチアン後期からダニアンにかかっているが、恐竜化石が産出する層準はマーストリヒチアン後期初頭あたりに相当するようだ)ではティラノサウルス・レックスとされる部分骨格UMNH 11000が産出している。これはかなり風化の進んだ骨格だが、後眼窩骨(およびそこに付着する皮骨)と鱗状骨が関節して保存されており、アメリカ南西部産のものとしては非常に貴重である。

 オホ・アラモ層産の標本はさておくとしても、ハヴェリナ層やノース・ホーン層産の標本の分類についてはどういうわけかティラノサウルスマクレーエンシスの記載論文中では触れられておらず、UMNH 11000がティラノサウルス・レックスの一例として比較用に(SIの中で)図示されている程度である。一方で、実のところUMNH 11000とNMMNH P-3698は後眼窩骨の特徴を共有しており(UMNH 11000の後眼窩骨は皮骨の付着した状態で図示されているが、皮骨を外した状態だとNMMNH P-3698と同様の形態を示す)、もしこの特徴が本当に(筆者は先述の通り歯骨以外の独自性については懐疑的であるが)ティラノサウルスマクレーエンシス特有のものであるならば、UMNH 11000もティラノサウルスマクレーエンシスと言えそうである。TMM 41436-1の正体は判然としない(なにしろ同様の形態の上顎骨が他に知られていない)が、あるいはこれもティラノサウルス・レックスというよりはティラノサウルスマクレーエンシスの亜成体なのかもしれない。

 

 NMMNH P-3698がカンパニアン末~マーストリヒチアン前期の前半のものであることはほぼ確実であり、一方で「トリケラトプス相」――コロラド以北から産出したティラノサウルス・レックス(と断言できるもの)で最古のものはMOR 1125や“スー”といったヘル・クリーク層の最下部付近から産出したもの――どうやってもマーストリヒチアン後期の前半には遡らない――である。両者の間には少なくとも380万年に渡るギャップが存在する格好だが、先述の通りUMNH 11000やTMM 41436-1はマーストリヒチアン後期の前半のものであるらしく、であればこのギャップを埋める存在ということになる。マーストリヒチアン前期から後期の前半にかけてのアメリカ西部の恐竜相はカナダと比べても謎だらけだが、鍵はとうに手の中にある。