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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

閃光

↑Skeletal reconstruction of Furcatoceratops elucidans holotype NSM PV 24660

  ("AVA", formerly RMDRC 12-020) and some other closely related specimens.

 

 恐竜博2023にてお披露目された国立科学博物館所蔵の「ケラトプス科の未記載種」はナストケラトプス族の新属新種であることが仄めかされており、そもそも本ブログの古参読者のみなさまにとってはずいぶん昔からおなじみの顔でもあった。“AVA”の愛称を与えられたそれはかつて「アヴァケラトプスの新標本」として喧伝されたものだったが、発見から11年を経てついにフルカトケラトプス・エルキダンスFurcatoceratops elucidansのホロタイプとして記載されたのである。

 

 本ブログでも散々取り上げてきたジュディス・リバーJudith River層はアメリカ・モンタナ州の北西部に露出しており、デイノドン、トラコドン、トロオドン、パラエオスキンクスと、北米で初めて記載された恐竜たちが産出したことで知られている。ミズーリ川の支流であるジュディス川にちなんで命名されたその地層は19世紀後半から精力的に化石採集が行われてきたが、比較的最近になるまで恐竜のまとまった骨格は知られていなかった。1888年にハッチャーが「最初の角竜」たる“ケラトプス”を発見した(もっと言えば、1876年にコープのチームがモノクロニウスを発見してもいた)地層であるにもかかわらず、1981年に“アヴァケラトプス”のホロタイプANSP 15800が個人コレクターによって発見されるまで、「まとも」な角竜の化石が発見されることはなかったのである。

 なにしろ国境を挟んですぐのカナダ側にはダイナソー・パークDinosaur Park層が露出しており、どう考えてもそちらを探したほうが採れ高がよかった。モンタナ州のカンパニアンを見渡しても、西部に露出するトゥー・メディスンTwo Medicine層では1970年代以降マイアサウラをはじめとする恐竜化石の産出が知られるようになり、研究者の目はそちらに向きがちであった。

 

 ケアレス・クリーク・クオリー(様々な動物の入り混じった大規模なボーンベッドであり、近年でもハドロサウルス類の記載がなされるなどしている)における“アヴァケラトプス”(もっぱら疑問名として扱われている)の発見とそれに続く記載は、ジュディス・リバー層を巡る停滞した状況に風穴を開けたようだった。1990年代に入るとモンタナ州のあちこちで民間の発掘業者が活発に活動するようになり、ジュディス・リバー層はマクレラン・フェリーMcClelland Ferry部層の下部で大規模な角竜のボーンベッド(マンスフィールドのボーンベッド)が発見されたのである。

 1999年に“アヴァケラトプス”の再記載が出版されたが、このときUSNM 2415USNM 4802――ハッチャーによる1888年夏の調査の際、“ケラトプス”のホロタイプUSNM 2411に続いて採集された鱗状骨も“アヴァケラトプス”と同定された。どちらの標本もかつてハッチャーによって採集され、“ケラトプス”名義で図示されたこともある(マーシュはこれを“ケラトプス”の背中に並べようとしていた。“ケラトプス”が剣竜類とされていた時代の話である)、歴史的な標本である。

 USNM 2415とUSNM 4802、そして“アヴァケラトプス”のホロタイプを結び付けていたのは、鱗状骨の外側面に走る、顕著な隆起群の存在であった。これほど顕著な構造はケラトプス科を見渡しても“アヴァケラトプス”にしか見られない特徴のように思われたのである。

 

(暫定的に“アヴァケラトプス”の成体とされた標本MOR 692の鱗状骨にも、同様の顕著な隆起が確認された。今日、こうした構造はナストケラトプス族全般やその他の基盤的なセントロサウルス類でよく発達することが知られている。セントロサウルスのようなより派生的なセントロサウルス類やカスモサウルス類でも同様の構造がみられるが、骨格上ではそれほどはっきりしたものではない。こうした隆起は大きな飾り鱗の起点となっていたとみられており、骨格上で見るよりはるかに目立つ構造をなしていたと思われる。)

 

 その後もジュディス・リバー層における角竜化石の発見は続き、2010年代に入るとメデューサケラトプス(マンスフィールドのボーンベッド産の標本に基づく)、ジュディケラトプス、メルクリケラトプスとジュディス・リバー層産角竜の命名が相次いだ。もっとも、メデューサケラトプスは実態のはっきりしないボーンベッドの産であり(最終的にボーンベッドに含まれている角竜化石は事実上すべてメデューサケラトプスのものらしいことが判明し、頭骨全体を復元可能な状況へと変化した)、ジュディケラトプスはひどく部分的な頭骨の寄せ集め(セントロサウルス類が参照標本の中に紛れ込んでいたことが後に判明した)、メルクリケラトプスは部分的な鱗状骨2点のみと、興味深いながらも扱いに困る代物だらけだったのである。”JUDITH”の愛称で呼ばれていた頭骨の大部分を含む部分骨格はジュディス・リバー層産の角竜としては“アヴァケラトプス”のホロタイプ以来となるまとまった1個体分の骨格であったのだが、商業標本であったことが祟ってかなかなか研究が進まず、ROMによって購入されてからようやくスピクリペウスとして命名される始末だった

 

 こうした中でトリーボールド社によってジュディス・リバー層はコール・リッジCoal Ridge部層の上部で2012年に発見された標本RMDRC 12-020は、“アヴァケラトプス”と同様、鱗状骨にわりあい目立つ隆起群が走っていた。また、手の「ひづめ状」の末節骨の中に顕著に小さいもの(リンク先では第IVとされているが、言うまでもなく第IIIである)が存在する点も“アヴァケラトプス”のホロタイプと似ているように思われた。かくしてこの標本は“アヴァケラトプス”の新標本として諸手を挙げて歓迎され、“AVA”(そのまんますぎるネーミングである)の愛称で呼ばれることになったのだった。

 “AVA”の発掘は翌年のシーズンまで続き、頭骨の相当な部分を含んだ骨格が姿を現した。骨格は完全にばらけていたものの、頭骨の要素は比較的まとまった状態であり、首から後ろについてもほぼ完全な前後肢と肩帯、腰帯、相当数の肋骨が含まれていた。2005年に発見された”JUDITH”をはるかにしのぐ、ジュディス・リバー層の研究が始まって以来となる完全度の角竜の骨格がそこにあったのである。化石化の過程で潰れている骨も少なくなかった一方で、概して骨の表面のテクスチャーはよく保存されており、総じてダイナソー・パーク層でもめったに見つからないような代物であった。

 発掘が進むにつれて“AVA”にはMOR 692と同様の長い上眼窩角が確認され、MOR 692が“アヴァケラトプス”の眷属であることにも疑いの余地がなくなった。しかも"AVA"の鼻骨には鼻角が存在せず(ちょっとした隆起があるのみである)、ナストケラトプスのそれとよく似た代物であった。ナストケラトプスは“アヴァケラトプス”とごく近縁である可能性が指摘されていたが、"AVA"はそれを補強するものだったのである。"AVA"の椎骨はまるっきり癒合が進んでおらず、見るからに未成熟個体ではあったが、とはいえ分類上重要な特徴はすでに立ち現れているようでもあった。

 

 “AVA”の復元頭骨は2014年のツーソンショーでお披露目され、復元骨格についても2015年の秋にSVPにあわせて公開された(ついでにハートマンの手による骨格図も発表され、なぜか本ブログの画像がネットの海を漂った末に転載された)。この頃になると“AVA”はもはや“アヴァケラトプス”とは別物とみられるようになっており、トリーボールド社の販売サイトには「ジュディス期の角竜の新種」の文字が躍るようになった。一方で、“AVA”のオリジナルに関する情報はそれきり途絶えてしまった。“アヴァケラトプス”あるいは「ジュディス・リバー層産の新種」として“AVA”の復元頭骨に基づいた生体復元が競うように描かれる一方で、オリジナルの行く末は判然としなかったのである。

 

(“AVA”の復元頭骨をきちんと見てやればわかることだが、額の部分は左右から圧縮されたような状態でマウントされており、結果的に左右の上眼窩角が正中面でくっつかんばかりとなっている。左右でくっつかんばかりの上眼窩角はしばしば(いまだに)“AVA”の重要な特徴として描かれがちであるが、つまるところこれは化石の保存状態による問題(をマウントの際に矯正しきれなかっただけ)である。後眼窩骨を見れば、“AVA”の上眼窩角は左右ともやや内側(そして腹側)へ向かってカーブしつつ、正中線と平行に伸びていることがわかる。フルカトケラトプスすなわち「フォーク状の角の顔」は、こうした「二又のフォーク状」あるいは音叉状、さすまた状をなしている上眼窩角にちなんだものである。

 

 さて、2017年になると“AVA”を取り巻く状況に転機が訪れた。国境を挟んですぐのカナダ・アルバータ州はオールドマンOldman層の最上部近くで発見された角竜の断片的な頭骨CMN 8804が属種不定のナストケラトプス族(この時初めて設立された)として記載されたのである。この標本は1937年にチャールズ・モートラム・スターンバーグによって採集されて以来、フィールドでざっくり“ブラキケラトプス”として同定されたきり収蔵庫で眠りについていたものであった。

 

(CMN 8804に限らず、「オールドマン層上部」産の標本の時代論については少し注意しておく必要がある。オールドマン層とその上のダイナソー・パーク層の境界は南へ行くほど若くなっており、国境付近でみられるオールドマン層の上部は、州立恐竜公園におけるダイナソー・パーク層の下部と同時代ということになる。CMN 8804はつまるところ、州立恐竜公園でいうところのダイナソー・パーク層下部と同じ時代のものである。ちょうどセントロサウルス・アペルトゥスのレンジに重なるようだ。ジュディス・リバー層とベリー・リバーBelly River層群(オールドマン層+ダイナソー・パーク層)の対比については長年議論があったが、最近になって詳細な絶対年代データに基づく見直しが図られており、フォアモストForemost層とオールドマン層の境界がマクレラン・フェリー部層の最下部に、州立恐竜公園におけるオールドマン層-ダイナソー・パーク層の境界がマクレラン・フェリー部層とコール・リッジ部層の境界に対比されている。また、コール・リッジ部層は州立恐竜公園におけるダイナソー・パーク層の下半全体に対比される。もろもろを勘案すると、CMN 8804はMOR 692とおおよそ同時代のものであり、"AVA"よりもやや古いくらいのものであるようだ。)

 

 CMN 8804も未成熟個体ではあり("AVA"よりもやや小さな頭骨であるようだ)、なにしろ断片的ということで命名は差し控えられたが、既知のナストケラトプス族のいずれとも異なる分類群のようでもあった。断片からして上眼窩角はナストケラトプスほど長くはなく、それでいてMOR 692(こちらは相当に成熟したものであるらしい;"AVA"より一回りは大きい)とは異なり、やや内側に向かってカーブしたものであるように思われたのである。

 そして、MOR 692を“アヴァケラトプス”とする積極的な根拠がもはやどこにもないことも明白となった。ナストケラトプス族であるということ以上に両者を結び付けるような特徴は見当たらなかったうえ、両者の産出層準は派手に離れていたのである。オールドマン層やダイナソー・パーク層では、ケラトプス科角竜の種がせいぜい数十万年で入れ替わっていくことが知られている。“アヴァケラトプス”が例外的に長命な分類群であった可能性はもちろんあるが、そう考えるべき積極的な理由もまったくない。かくして“アヴァケラトプス”はホロタイプANSP 15800に限定され、MOR 692はANSP 15800とは別物として扱われるようになった。

 

(このとき“アヴァケラトプス”が疑問名送りを宣言されることは(どういうわけか)なかったが、幼体であるうえに頭蓋天井をごっそり欠いたANSP 15800から独自性らしいものを見出せないという話は繰り返し述べられている。かくして、フルカトケラトプスの記載では“アヴァケラトプス”は容赦なく疑問名として扱われている。)

 

 こうした背景にあって、未成熟個体であるとはいえ頭骨の相当な部分が良好な状態で保存されている"AVA"――頭頂骨をまるっきり欠いているとはいえ、見るからにナストケラトプス族だった――は、このあたりの問題になにがしかのヒントを与えてくれる存在でもありそうだった。なにしろ、ジュディス・リバー層やベリー・リバー層群では文句なしに最良のナストケラトプス族の標本なのである。“AVA”の記載が待ち望まれたが、音沙汰はこの7年間途絶えていた。

 とはいえ、こうした状況は(表向きには)急転直下で動くものである。恐竜博2023の展示の概要が明らかになったのは開幕までひと月となった時だったが、そこには紛れもない"AVA"の写真があった。会場には”AVA”――NSM PV 24660が(置けるだけ)並べられており、傍らにはかはくのスペシャル仕様(産出部位とアーティファクトを塗り分けてある)で仕上げられたマウントが佇んでいる。図録にはクローズアップの写真がいくらでも載っており、「ケラトプス科の未記載種」名義の展示だったとはいえ、記載論文の出版が近いらしいことがうかがえた。

 

(実のところ記載論文は2023年の2月上旬には投稿済みであり、7月20日付で校正前の受理原稿が(印刷中という扱いで)公表された。8月11日付で受理原稿は正式に出版され、晴れて命名と相成った(日本語のプレスリリースが公開されたのは盆明けであった)のである。だいぶ以前から“AVA”の骨格図を制作する機会にあずかっていた筆者だったりもするのだが、最初に描いたものはとうとう一度も表に出ることがなかった。このあたりの話は、そのうちどこかで書くこともあるだろう。)

 

 かくして新属新種として世に送り出されたフルカトケラトプス・エルキダンスのホロタイプNSM PV 24660は(かねてからの指摘通り)未成熟もいいところであった。椎骨の癒合はさっぱり進んでおらず、頭骨も縁後頭骨はおろかほとんどの部分で癒合がみられなかったのである。長骨の薄片に成長停止線はたった2本しか観察されず、(ナストケラトプス族としてはそれなりの体格であるにもかかわらず)生後ものの数年で死んだことは確かなようだ。

 未成熟個体ということで分類に細心の注意が必要であることは今さら書くまでもないが、NSM PV 24660では鼻骨と前上顎骨の(腹側の)関節面をはじめ、成長過程で変化しないとみて間違いない独自性がいくつも見いだされた。NSM PV 24660の産出層準はMOR 692と比較的近いとみられているが、両者は明らかな別物であることが確認されたのである。やはり産出層準の近いCMN 8804の上眼窩角は(MOR 692とは異なり)NSM PV 24660と似ているようだったが、あまりにも断片的であるためにそれ以上の比較は困難であった。

 

(“アヴァケラトプス”ANSP 15800はそっくり鼻骨を欠いており、フルカトケラトプス(上述の通り、鼻骨と前上顎骨の関節が特殊化している)との比較がまともに行えない。とはいえANSP 15800の前上顎骨は(鼻骨との関節面は途中で欠損しているものの)いたって普通のつくりであるらしく、であればフルカトケラトプス的な鼻骨の持ち主ということもなさそうだ。ANSP 15800(カンパニアン中期の中ごろ;ざっと7800万年前ごろ)とNSM PV 24660(カンパニアン後期の前半;7560万年前ごろか)の産出層準のギャップはANSP 15800とMOR 692のそれより大きく、カンパニアンにおけるケラトプス科角竜の生存期間が概して数十万年程度ということからしても、同じ種とは考えにくい。)

 

 NSM PV 24660の頭骨は半ばバラバラになっていた一方で、相当な数の縁後頭骨(頭頂骨の正中線上にあるもの(P0)を除き、事実上すべて発見された計算になる)が採集された。うち、縁鱗状骨(esq)と縁頭頂鱗状骨(eps)については自信をもって元の位置に関節させることのできるものだったが、かくして復元されたフルカトケラトプスの鱗状骨とホーンレットはUSNM 2415や4802――“アヴァケラトプス”が疑問名となって宙に浮いていたオールドコレクションとよく似たものであった。どちらの標本も今となっては産地・産出層準ともはっきりしないものであり、結局のところ“アヴァケラトプス”に属する可能性は十分あるが、ひょっとするとフルカトケラトプスは最初期に発見された角竜のひとつだったということさえあり得るのである。

 

(MOR 692の鱗状骨は不完全だが、老齢個体であるらしいとはいえ保存されているホーンレットはごく低く、USNM 2415や4802にみられるよく癒合し、かつ突出したものとはだいぶ趣が異なる。USNM 2415とUSNM 4802にはepsの関節面と思しきものがみられ、この点もNSM PV 24660とよく似ている。ANSP 15800はサイズからして相当な若年個体であると思われ、このあたりについては何とも言えないところである。)

 

 フルカトケラトプスの原記載論文は頭骨の記載に重きを置いており(下顎についてはあらゆるケラトプス科角竜の中で最高と言える標本である)、首から後ろの要素についてはわりあい簡潔な記載に留められている。とはいえ端々で詳細な再記載――将来的なモノグラフの出版を匂わせており、今後の研究に非常に期待が持てるところである。なにしろフルカトケラトプスのホロタイプはジュディス・リバー層産の角竜としては空前の保存状態・完全度を誇るものであり、これまで発見されたナストケラトプス族としても最も完全な骨格であり、そしてなにより公的な研究機関――博物館の所蔵する標本なのである。

 フルカトケラトプスのホロタイプの産地はちょっとしたボーンベッドとなっており、ハドロサウルス類の四肢骨をはじめとする共産化石もまとめて国立科学博物館の標本となるようだ。コール・リッジ部層の上部――州立恐竜公園におけるダイナソー・パーク層下部と対比される層準――にぽっかりと開いた窓から差し込む光もまた、我々の手の中にある。

 

 角竜の研究の始まった場所、ジュディス・リバー層における悪夢のような状況を打破しうるものとして当初より期待が寄せられていた“AVA”は、かくしてフルカトケラトプス・エルキダンスのホロタイプNSM PV 24660として国立科学博物館に安住の地を得た。「解き明かす」という意味の種小名を背負ったNSM PV 24660は、相当部分を非常によく保存した数少ないケラトプス科角竜として、ジュディス・リバー層産の角竜としてはもっとも完全な骨格として、そして謎の多いナストケラトプス族の中でも最良の標本として、これからも歩みを止めることはない。