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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

中央アジア幼体奇譚

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↑“ラプトレックスRaptorex”、タルボサウルス幼体MPC-D 107/7、
“シャンシャノサウルスShanshanosaurus”の骨格図。
MPC-D 107/7は写真を元に描き起こしており、プロポーションや寸法は微妙なところ
Raptorex, modified from Paul(2010). Tarbosaurus, based on photo. 
Shanshanosaurus, based on Currie and Dong(2001).

 “ラプトレックス”が颯爽と命名されたのは2009年と、もう5年も前の話である。かなりのセンセーションを巻き起こし(日本でもずいぶん話題にされた覚えがある)、非常に出来のいい復元骨格や復元模型が日本でも展示された。―――のだが、読者の方の多くはご存じであろう。現在、“ラプトレックス”のステータスは非常に怪しい。

 “ラプトレックス”は元々「中国からの盗掘品」として、化石コレクターであるクリーグスタインからセレノに預けられたものである。中国に返還することを条件として研究がおこなわれた結果、遼寧省内蒙古自治区の境界付近、義県Yixian層(バレミアン~アプチアン、おおざっぱに1億2500万年前ごろ)の産出であるとされた。それほど古い種であるにもかかわらず(何しろディロングDilongとほぼ同年代である)、多数の非常に派生的な特徴―――たっぷり4000万年後に現れるティラノサウルス科と共通する―――を備えていたのである。それゆえラプトレックスは、ティラノサウルス上科の進化に置いて、非常に重要な意味をもっていた。はずだった。

 すったもんだの末(書き出すとやたら長くなるし、実のところとある日本語のサイトに非常に詳細な解説が出ているので、筆者ごときが書くことは何もない)、ラプトレックスはもっぱら疑問名とされるようになった(筆者もこれに賛成である)。

 同様の経緯(でもないが)を辿ったものに、“シャンシャノサウルス”がある。中国の新疆ウイグル族自治区の蘇巴什Subashi層(カンパニアン?~マーストリヒチアン)から発見された部分的な骨格(これの保存状態がひどいんだまた)に基づいて1977年に命名された恐竜である。
 保存状態の悪さに加え、ティラノサウルス類(というより、恐竜全般の)の成長にともなう形態変化などがほとんどわかっていない時代だったこともあり、「ティラノサウルス科に比較的近縁な」小型獣脚類として記載された。その後、80年代の終わりになり、G.ポールによってティラノサウルス科に属する可能性が指摘され、さらに踏み込んでアウブリソドンAublysodonとごく近縁である可能性も指摘され、この説は広く支持されるようになった。
 
 が、その後のクリーニングで、シャンシャノサウルスが幼体であったことが明確になった。形態も、例えばゴルゴサウルスなどの幼体と酷似していることが判明したのである。アウブリソドンに近縁と判断されたのは、上顎骨が当初は前上顎骨+上顎骨だと思われていた(絶妙なところに亀裂が入っているのである)ことも手伝って前上顎骨歯が保存されていると誤認したのが原因らしい。
(そもそも、“前上顎骨”の下端は上角骨に隠れている状態(のまま分離はされていないはず)であり、“前上顎骨歯”は遊離していないと観察できなさそうだが、実際のところ“前上顎骨歯”は遊離していたわけではなさそうである(未確認)。遊離歯は1本採集されているのだが、これは上顎骨歯であるらしく、しかも“アウブリソドン型”ではなかった。この辺は謎だが、とにかく保存状態の悪い標本なので色々と誤認したようではある。アウブリソドンとの関係うんぬんは、再記載ではなぜか言及されていない。)

 “ラプトレックス”も“シャンシャノサウルス”もタルボサウルスの幼体である可能性が指摘されてはいるが、実のところ断定は難しい(と筆者は思っている)。“ラプトレックス”の場合、白亜紀前期ではなく後期(の後半)の大型ティラノサウルス類の幼体であることは明らかだが、結局きちんとした産地は分かっておらず、そういう意味ではタルボサウルスとの比較は難しい。タルボサウルスの幼体MPC-D 107/7とは頭骨などにわずかな差がみられるが、これが分類上有意な差なのかは判断しようがないのが現状である。
 “シャンシャノサウルス”についても、蘇巴什層からはタルボサウルスと断定できる化石は知られていない。蘇巴什層からは大型のティラノサウルス類“ティラノサウルス・トゥルパネンシスTyrannosaurus turpanensis”が知られており、これと同じ種に属するのはほぼ間違いないとしても、これがさらにタルボサウルスと同じかと言われれば、これまた判断のしようがないところである。(筆者としては別でいい気がする。だからといってシャンシャノサウルスが有効な属だとは思わないが…)

 全くもってまとまっていない話でアレであるが、とりあえず、ラプトレックスやシャンシャノサウルスのステータスは現状こんな感じである。タルボサウルス(バタール)と異なる属ないし種である可能性は依然として残っているが、だからといってそれぞれ有効な属かというと厳しいところである(こういう時に便利なのが“疑問名”だろう)。いずれにしても、これらの骨格はMPC-D 107/7と合わせて非常に重要である。特にラプトレックスとMPC-D 107/7の保存状態は非常に優れており、今後も色々な事実を明らかにしてくれることだろう。