GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

ゆりかごから墓場まで

イメージ 1
ティラノサウルスとタルボサウルスの成長過程。下から、
タルボサウルス・バタール MPC-D 107/7
“ラプトレックス・クリーグスタイニ” LH PV18
“スティギヴェナトル・モルナーリ” LACM 28471
“マレエヴォサウルス・ノヴォジロヴィ” PIN 552-2
タルボサウルス・バタール ZPAL MgD-I/3
“ディノティラヌス・メガグラキリス” LACM 23844
タルボサウルス・バタール ZPAL MgD-I/4
タルボサウルス・バタール PIN 551-1(ホロタイプ)
ティラノサウルス・レックス AMNH 5027
ティラノサウルス・レックス FMNH PR 2081(スー)

スケールは1m。
“ナノティラヌス”はおそらく“スティギヴェナトル”と“ディノティラヌス”の間に
位置付けられる。

 ティラノサウルス類の成長に関する話というのはまあだいたい人気のある話であって、形態変化やら羽毛の有無やら話題は尽きることがない。なかでもティラノサウルスとタルボサウルスは若年個体の分類学的な問題も(かつては)ついてまわったこともあり、何かと香ばしいネタも(現在進行形で)あったりするわけである。
 さて、ティラノサウルスとタルボサウルスは(「一般」に認知されているよりも)よく似ているわけで、当然両者の若年個体も(同じ成長段階であれば)よく似ていることが期待される。ティラノサウルスはもっぱら全長10m以上の大型個体に化石記録が集中しており、若年個体はせいぜい全長5~7mほどのものがいくらか知られる程度である。一方、タルボサウルスは全長10m超級の大型個体がほとんど知られていない一方、8~9m程度の亜成体はよく知られている。また、全長2mほどから6mほどの個体もよく知られており、つまりティラノサウルスとタルボサウルス(およびそれらとごく近縁らしいもの)は互いの各成長段階を補い合うような産状を示しているわけである(この際歯の本数の問題はおとなしくスルーしておく。結局のところこの問題にはあまり神経質になるべきではないのかもしれない)。
 要するに、ティラノサウルスの若年個体の姿を描き出すのにはタルボサウルスが(おそらく)非常に有用であるし、タルボサウルスでほとんど知られていない成長段階は、他方ティラノサウルスがよく代表する。そういうわけで前置きがやたら長くなったが、このあたりを(適当にサイズや形態で分けて)適当に書いていきたい。



イメージ 2
↑Skeletal reconstruction of juvenile tyrannosaurs. 
Top to bottom,
"Stygivenator molnari" LACM 28471,
"Raptorex kriegsteini" LH PV18,
Tarbosaurus bataar MPC-D 107/7.
Scale bar is 1m.

~全長3m(~大腿骨長35cm弱)
 このクラスは林原のタルボサウルス幼体(MPC-D 107/7)や“ラプトレックス”Supplementの図もよい参考になるだろう)、“シャンシャノサウルス”でほぼ全身の骨格の様子が知られている。非常に華奢な体格であり(首や胴がかなり長く見える)、前肢はごく貧弱である。
 頭骨は大腿骨よりも短く、上から見ると薄い三角形をしている。この時点では立体視に関する特殊化はみられず、涙骨の「角」はよく発達している。

~全長4m?
 このクラスの化石記録は乏しく、タルボサウルスでさえ(表向き)ほとんど知られていないようである。いわゆる“スティギヴェナトル”(復元頭骨が茨城県自然博物館に常設展示されている)はこのサイズに相当するようであるが、“ラプトレックス”などと比べて極端に吻が長くなっているらしい。歯もやたら大きくなっており、それなりのサイズの獲物を襲うようになっていたのかもしれない。

全長5m~7m(大腿骨長60~75cm程度)
 厄介なクラスである。いわゆる“ナノティラヌス”はこの段階に相当するが、既知の全長6m程度のタルボサウルスの頭骨(例えばZPAL MgD-I/3)は“ナノティラヌス”と比べて短いようにみえる。一方で、PIN 552-2の頭骨については上の図よりもずっと長く、ナノティラヌス様に復元する意見もある。
 ZPAL MgD-I/3の頭骨のアーティファクトのうち「継ぎ足し部分」は一目瞭然なのだが、それ以外にも少なからず手が入っているフシもある(発掘中の有名な写真もヒントになるかもしれない)。このあたりはきちんとした記載が必要だろう。このあたり、既知の標本ではサイズと成長段階がすんなり一致するわけでもないということもあり得るだろう。
 最近モンゴルへ返還された盗掘品の中にはタルボサウルスの若年個体と思しき吻の長い頭骨(アレクトロサウルスにしては鼻骨の粗面が発達しすぎているように思える)が含まれている。この頭骨のサイズは写真からではわからないが、もしかするとタルボサウルスの“ナノティラヌス段階”を代表する頭骨なのかもしれない。
 このクラスのタルボサウルスの標本の前肢は成体と比べれば相対的に長いとはいえ、特別変わったつくりではないらしい。一方で、“ナノティラヌス”のうち全長6m強の個体(例えばモンタナ闘争化石の片割れ)では手がやたら大きく末節骨も大きな、「ドリプトサウルス的」な前肢をもっていることが知られている。タルボサウルスはティラノサウルスよりも退化的な前肢をもつことが知られている(ティラノサウルスでは生涯分離したままの第Ⅲ中手骨が、タルボサウルスでは少なくとも亜成体の時点で第Ⅱ中手骨と癒合する)が、あるいはこのあたりと関係するのかもしれない。
 このクラスの時点ではタルボサウルスも“ナノティラヌス”と同様涙骨の角を残している。当然立体視向きの特殊化はまだ進んでいない。

全長8m(大腿骨長90cm程度)
 ここまで来ると頭骨の長さは1mほどになり、ずいぶん大型獣脚類らしい見てくれになる。このクラスの個体はティラノサウルスでは“ディノティラヌス”が知られているくらいだが、タルボサウルスでは“ゴルゴサウルス・ランキナトル”のホロタイプ(PIN 553-1)や、上野のモンゴル展でも来日していたMPC-D 100/59など、全体の割合よく残った頭骨(や骨格)が知られている。前肢はティラノサウルス、タルボサウルス共にだいぶ貧弱となり、後肢の相対的な長さ・プロポーションもも(依然としてかなり腰高ではあるが)だいぶ成体に近づいている。
 涙骨の「角」はこの段階でようやく消失するが、涙骨による鼻骨の「挟み込み」はまだ進んでおらず、従って頭骨を上から見た時の様子はゴルゴサウルスなどと変わらない。このクラスの標本がゴルゴサウルスやアルバートサウルスと比較されたのも頷ける話ではある。

~全長10m(~大腿骨長1.1m程度)
 一般に「タルボサウルスのおとな」として紹介されるマウントはいずれもこのクラスである。カリーによってタルボサウルスの頭骨の再記載に使われたZPAL MgD-I/4(ティラノサウルスの成体と比べて涙骨による鼻骨の「挟み込み」が弱く、また涙骨-鼻骨-上顎骨関節が単純である)もこのクラスの個体であり、このあたりの「ティラノサウルスとの違い」は少なからず成長段階に依存する特徴である。つまるところこのサイズの個体でさえ、立体視の可能な特殊化はあまり進んでいない。プロポーションはほぼ成体と変わりないが、全体としてまだ華奢である(要するに、一般に「タルボサウルスの特徴」として語られるものの多くは成長段階に依存するものの可能性が高い)。

全長11~13m(大腿骨長1.2~1.3m程度)
 このクラスのタルボサウルスは“ティラノサウルス”・バタールのホロタイプPIN 551-1くらいしか知られていない。PIN 551-1(福井県博所蔵のキャストがしばしば巡回展でみられる)の涙骨による鼻骨の「挟み込み」はティラノサウルスの成体にみられるそれと同様であり、ここに至ってタルボサウルスの頭骨は極めて「ティラノサウルス的」になる。PIN 551-1の復元には、その辺のティラノサウルスの成体が役に立つだろう。PIN 551-1も特別老齢個体らしい雰囲気はなく、結局のところタルボサウルスとティラノサウルスに特別なサイズ差はなさそうでもある。



 まとまりを投げ捨てた記事ではあるが、要するにティラノサウルスとタルボサウルスの標本を慎重に用いることで、お互いの化石記録の欠如をかなり補うことができる「はず」である。幸いなことに日本国内では様々なティラノサウルスやタルボサウルスの標本を観察することができるが、このあたりを何かしらに活かすのであれば、使いどころが肝心であろう。