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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

スピノサウルスの新復元

↑スピノサウルス・エジプティアクスSpinosaurus aegyptiacus 全長は15mほど。 赤色で示された部分が実際に発見されている部位である。scienceblogs.comより

 先日の記事で速報的に紹介していたのだが、ナショナルジオグラフィックによる特別展示に合わせて論文が出版された(この辺のタイミングは実にうまい)。公開されていた写真を見て、なぜか後肢が浮き上がっていることに気付いていたあなたはご明察。復元骨格は「泳いでいる」ポーズだったのである。
 
 結論から言えば、確かにこの復元骨格には新標本の要素が含まれていた。モロッコのケム・ケムKem Kem層(白亜紀後期、9700万年前)から発見された部分骨格(頭骨の一部といくつかの椎骨、そしてほぼ完全な腰帯と脚)である。この標本で初めてスピノサウルスの腰帯と脚のプロポーションが判明し、マジュンガサウルスと互角の短足っぷりであることが明らかとなったのである。既知の(科学的に知られた)スピノサウルスの全要素を組み合わせたデジタルモデル(上の図)が作成され、それを元に復元骨格が制作された。

 ご存知の方も多かろうが、スピノサウルスの復元骨格が制作されるのはこれが初めてではない。恐竜2009―砂漠の奇跡!!―にて展示された、全長17mの全身骨格“模型”(正直あまり出来は良くなかった)と全長7mの実物骨格(合成)である。
 これら2つの復元骨格の脚は比較的長かったが、これはバリオニクスやスコミムスを参照したためである(実物骨格の方は何しろ合成骨格であり、また亜成体だと考えられている。いずれにせよ、プロポーションは当てにできない)。実際のところは、形態はともかく相対的なスピノサウルスの後肢の長さは、バリオニクスやスコミムスと比べてはるかに短かったわけである。

↑ 上の図と同じデジタルモデルを標本ごとに色分けしたもの(緑色と水色の部分は未発見)。NATIONAL GEOGRAPHIC PHENOMENAより

 これだけ後肢が短いと色々な意味で2足歩行は厳しかろう。今回、頑丈な前肢を用いたナックルウォーキングが提唱されている。獣脚類では極めて珍しい4足歩行をしていたというわけである。(これを聞くとかつて提唱されていたバリオニクス4足歩行説を思い出すが、バリオニクスは明らかに2足歩行である。また、当時考えられていた4足歩行モデルでは爪を接地させて歩いていた)
 また、趾骨が扁平であったことから、後肢に水かきがあった可能性も指摘されている。水中ではよく発達した尾と後肢で推進力を得ていたのだろう。

 実のところ、スピノサウルス科で巨大な「帆」を発達させたのは今のところスピノサウルスだけである。これに関しても今回の論文でフォローされており、巨大な帆は水中にいながらでも水上に露出するためディスプレイで有用云々…とされている(この辺は論文がまだ読めていないのでまだアレである。はよ大学サイエンス入れろや!)。他のスピノサウルス科の恐竜ではスピノサウルスほど半水生への適応が進んでおらず、そこまで発達する余地もなかったということらしい。

 誤解のないよう付け加えておくと、たいがいの恐竜は(当然ながら)泳ぐことができる。いくつかの角竜や鎧竜ではすでに(コンセンサスを得られたとは言い難いが)半水生であった可能性が指摘されており、半水生のものがそう珍しかったわけでもないかもしれない。
 とはいえ、獣脚類で半水生だと(かなり自信をもって)言えるのはとりあえずスピノサウルスが初めてである。以前から歯化石の同位体分析で半水生であった可能性は指摘されていたが、今回の論文でそれが裏付けられた格好となる。また、4足歩行であるらしいことが明確に示されたのもこれが初めてである(実際バリオニクスの4足歩行復元はかなり無茶があった)。

 とかなんとか言いつつも、スピノサウルスの復元がこれで間違いないかと言われれば、実際まだわからないことも多い(今まで示された復元の中ではもっとも真に近いだろうが)。制作されたデジタルモデルはあくまでも合成したものであるし、そもそもの話を言うならば、スピノサウルスの模式産地はモロッコではなくエジプトであり、モロッコのケム・ケム層産の化石がS.エジプティアクスに属するかは疑問の余地もある。(ケム・ケム層産の頭骨にはスピノサウルス・マロッカヌスSpinosaurus maroccanus命名されたものが存在する。これの独自性は疑問の余地が大きいようだが、いずれにしてもエジプティアクスと断定するのはかなり勇気のいることである。■追記■とかなんとか書いていたが、今回記載されたケム・ケム産の標本FSAC-KK 11888をS.エジプティアクスのネオタイプ(新模式標本)に指定したようである。色々また揉めそうな気もするが……)
 今回示された新たな復元は(そしてすべての復元は)仮説でしかない。今後の発見と研究でそれらはまた移り変わっていくことだろう。

■追記■
こういう意見もある。実際のところ合成骨格にこういう話はつきものであるし(まして今回のケースでは「失われた標本」も用いられているわけである。もちろんそれはセレノらも承知の上であろう)、2次元的に骨格図を作成するとそれはそれで色々な問題にぶつかるものでもある。筆者の意見は、多分に下に書きこまれているアンドレア・カウと同じである。
 繰り返しになるが、あくまでも今回提示されたものは「仮説」でしかないし、それはこれからも同じである。いずれにしても、スピノサウルスの成体の骨格はごく断片的なのだ。