ハツェグ盆地、すなわちルーマニアの上部白亜系(とりあえずマーストリヒチアンの前期、7000万年前ごろ)と言えば、ユニークな恐竜相で有名である。わりあいに古くから発掘の進められた地域でもあり、例えばテルマトサウルスTelmatosaurusなどはマイナー恐竜の中では有名どころ(そこそこの確率で小学生向けの図鑑に名前が載る)であろう。
そんなハツェグの恐竜の中でも、今回は地味ながら(?)かなりのキワモノを紹介したい。ドロマエオサウルス科のバラウル・ボンドクBalaur bondocである。
バラウルは別段大きなドロマエオサウルス類というわけではない。全長は2m前後と推定され、ドロマエオサウルス類の中では「標準的」なサイズと言えよう。問題はその前後肢である。
バラウルの模式標本は、頭部と尾を欠く部分的な骨格である(参照)。パッと見でわかる(肉付けしても明らかな)特徴として、退縮した第Ⅲ指と第Ⅲ中手骨があげられる。生前はほぼ間違いなく肉の中に埋まっており、外見上は2本指に見えたはずである。3本の中手骨が癒合しているのもポイントである(肉付けしてしまえば見えないが)。
また、本種の中足骨はかなり短い。ドロマエオサウルス類自体、かなりの種類が実は短足なわけだが、それにしても本種の中足骨は短い。おまけに、第Ⅱ~第Ⅴ中足骨が癒合しているという有様である。
極めつけが第Ⅰ趾である。上の写真(wikipediaより)を見れば明らか(産状のままである)だが、“double sickle claw”になっているのだ。
ご存じの通りドロマエオサウルス類とトロオドン類(そして始祖鳥も?)の“sickle claw”は第Ⅱ趾の末節骨のことを指している。第Ⅱ趾が反り返るのがポイントなわけである。対してバラウルでは、第Ⅱ趾に加えて第Ⅰ趾までもが上方に反り返っているのである。
現状、バラウルの系統的な位置づけについてははっきりしていない。ヨーロッパからは他にもいくつかドロマエオサウルス類が知られているのだが、それらとの関係はよく分かっていないのが残念ではある(なにしろ他のヨーロッパ産ドロマエオサウルス類はかなり断片的なのだ)。
というわけで、今のところバラウルが「ヨーロッパ仕様」の代表的な例なのか、単に(ひとりだけ)ものすごく特殊化したドロマエオサウルス類であるのかは分からない。いずれにしても、他の一般的なドロマエオサウルス類とかなり違った生態であったことは想像に難くない。