GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

"Cleveland Tyrannosaur"

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↑“ナノティラヌス・ランセンシスNanotyrannus lancensis”の骨格図
BMR P2002. 4. 1およびMontana Dueling Dinosaursの写真に基づく)と
模式標本CMNH 7541(復元された部位を灰色で示す)
例によってあまり信憑性はない(恐らく首はもっと長い)。スケールは1m

 以前ナノティラヌスについて簡単に書いたのであるが、せっかく骨格図も描いた(特にきっかけはない。筆者はいつでも気まぐれである)ことである。ナノティラヌス、あるいは「クリーヴランドティラノサウルス類」について適当に書き散らかしたい。

 さて、事の発端は1942年にさかのぼる。アメリカはモンタナ州の「ランスLance層(お察しの通り、現在ではヘル・クリークHell creek層と呼ばれている)」で、クリ―ヴランド自然史博物館(CMNH)の調査隊が小さなティラノサウルス科の頭骨を採集した。この標本(CMNH 7541)は成体のものと思しく、これを研究することとなったギルモアはゴルゴサウルス属(当時はまだG. スターンバーギsternbergiが有効だった)の新種と考えた。―――ゴルゴサウルス・ランセンシスの誕生である。
 論文を書きあげてそう間をおかずにギルモアは死去し(論文の発表は彼の死後、1946年になった)、それ以降CMNH 7541はCMNHの収蔵庫でひっそりと眠り続けることとなった。

 1960年代に入り、CMNH 7541はティラノサウルスの幼体である可能性が指摘されるようになった。一方ラッセルはギルモアの見解を支持し、CMNH 7541をアルバートサウルス・ランセンシスとした。(ラッセルはゴルゴサウルス属をまとめてアルバートサウルス属に組み込んだのであった。これが最近まで尾を引くことになる)

 ところで、1960年代におなじみハーレイ・ガーバニ率いるロサンゼルス郡立自然史博物館(LACM)の調査隊はモンタナ州で3体のティラノサウルス類を発掘していた。巨大なティラノサウルスであるLACM 23844(過去記事参照)と、その隣に転がっていたLACM 23845、そして「ジョーダンの獣脚類」ことLACM 28471である。
 ひとまずモルナーによってLACM 28471は「大きなドロマエオサウルス類っぽい」とされた。LACM 23845はティラノサウルスの亜成体ではないように見え、悩んだ末にモルナーは「暫定的に」LACM 23845をアルバートサウルス・cf. ランセンシスとしたのであった。

 80年代の後半になり、絶好調のバッカーがCMNHを訪れた。ウィリアムズ(CMNHのキュレーター)はCMNH 7541が「ゴルゴサウルスっぽく」復元されていることをバッカーに説明し、そしてバッカーはCMNH 7541が新属であることを確信した。研究メンバーにカリーを加えたバッカーとウィリアムズは“クレヴェラノティラヌスClevelanotyrannus”という属名にするつもりだったのだが、直前で思いとどまり、ここにナノティラヌスNanotyrannus命名されたのである。1988年のことであった。
(この直前、G・ポールはLACM 23845をアルバートサウルスの新種―――A. メガグラキリスmegagracilisに、そして「ジョーダンの獣脚類」ことLACM 28471をアウブリソドンAublysodon属の新種(A. モルナーリmolnari)とした。これが後々響いてくる)

 さて、1990年以降二度に渡ってCTスキャンも行われた(90年の調査で鼻甲介の存在が指摘されたものの、96年に同じデータを用いて否定された。最近になってやはり存在した可能性が指摘されている。結局のところ、あまり保存状態がよくないのである)。二度目のCTスキャンはかなり(当時としては)詳細なものだったが、これといって分類などに有効そうな特徴は発見できなかった。
 そうこうしているうちにナノティラヌスがティラノサウルスの幼体である可能性が(具体的な形で)指摘された。ナノティラヌスの学名の有効性に黄色信号が灯ったのである。

 結局のところ、ナノティラヌスの模式標本CMNH 7541は成体のものではなかった。そして、2001年になって発見された「Jane」ことBMR P2002. 4. 1も事態をさらに混乱させた。骨格の大部分が発見され「ナノティラヌスの成体」であるとも考えられたJaneであったが、どうやらこれも成長しきっていないらしいのだ。

 Janeの体骨格にはいくつかティラノサウルス(の成体)とは異なる点が発見された。また、頭骨にはCMNH 7541とJaneに共通し、かつティラノサウルス(の成体)にはみられない特徴も複数見出された。が、結局のところそれらの形質は成長にともなって変化する可能性も否定はできなかったのである。

 比較的最近になって三度目のCTスキャンが実施され、CMNH 7541の脳函などについて詳細な研究がおこなわれた。ティラノサウルスと共通する特徴や、より基盤的な特徴がモザイク的にみられ、控えめに「これらの特徴が成長段階によって変化したとはとは考えにくい」とされた。

 そしてMontana Dueling Dinosaursの発見とオークションである(過去記事参照)。MDD標本の研究は極めて重要となるであろう。また、最近になって複数のナノティラヌスの標本が新たに(非公式に)報告されており、それらの研究も重要な意味をもつことになると思われる。そしてご存じ林原の調査隊が発見したタルボサウルスの幼体MPC-D 107/7も、ナノティラヌスの独自性を研究する上で非常に大きな意味をもっている。

 そんなわけで筆者は別属論者である。実際のところ恐竜の成長過程に関する云々は難しい話であり、結局は新たな化石の発見を待つしかないことも往々にしてある。もっとも、古生物学というのは大体そんなもんでもあるのだが。