↑Skeletal reconstruction of Daspletosaurus specimens.
Top to bottom,
Daspletosaurus horneri MOR 590 (holotype),
D. horneri MOR 1130 (paratype; vertebrae excluded),
D. torosus CMN 8506 (holotype).
Scale bar is 1m.
先日ダスプレトサウルスの新種が記載されたわけで、それなりに話題になった(たぶん)ことは記憶に新しい。どちらかといえば頭部の軟組織の復元に関する話題で盛り上がったような気がするのだが、実のところこの新種―――ダスプレトサウルス・ホーナーリDaspletosaurus horneriは長年記載を待ち望まれていたものであった。
模式種D.トロススといい、どうもダスプレトサウルスは(新種であるらしいことが明白になってから)記載まで妙に時間を食うというジンクスに侵されているようなのだが、そういうわけで(以前ざっくり取り上げたりもしているのだが)ダスプレトサウルスについて色々と書いておきたい。
ダスプレトサウルス属の模式種であるダスプレトサウルス・トロススがラッセルによって命名されたのは1970年のことである。ラッセルはこの論文の中でD.トロススを新属新種として記載するだけでなく、当時知られていた北米産のティラノサウルス類の分類の見直しを行っており(この時ゴルゴサウルス属はアルバートサウルス属に吸収された)、「ゴジラ立ちでない」骨格図の掲載と相まって、その後の研究に様々な影響を与えることになった。
もっとも、D.トロススの標本はこれと言って新発見というわけでもなく、ホロタイプであるCMN 8506(70年当時はNMC 8506)はC.M.スターンバーグによって1921年にアルバータのオールドマンOldman層で採集されたものだった。デスポーズ(後肢と尾の後半部はばらけて消失していたのだが)で埋まっていたその骨格は全体としてよく保存されており、スターンバーグはゴルゴサウルスの新種かあるいは新属であると考えていた―――のだが、どういうわけかその後半世紀近くに渡ってほったらかされることになったのである。
かくしてラッセルは1970年に頭骨やら体部やらのもろもろの特徴(わかりやすいのは涙骨の突起の形態やティラノサウルス科としてはしっかりした前肢あたりだろうか)に基づきCMN 8506を新属新種としたのだが、この時AMNH 5438といったいくつかの部分骨格もD.トロススとみなしてリストに上げている(ついでにCMN 8506の「穴埋め」にも用いた)。CMN 8506のキャストはAMNH 5438ほかを参考にしたアーティファクトを加えられたうえ、カナダ国立博物館(NMC;現カナダ自然博物館CMN)の目玉展示として組み上げられた(その後リニューアルに合わせて組み直された)。
原記載の中で、ラッセルはすらりとした体格のアルバートサウルス(・リブラトゥスすなわちゴルゴサウルス)と比較的がっしりした体格のダスプレトサウルスが同じ「オールドマン層」から産出していること、前者が後者よりもたくさん産出していることに注目した。そして、アルバートサウルス(・リブラトゥス)が数の多いハドロサウルス類を狙い、ダスプレトサウルスはより数が少ない一方で強力な角竜を狙っていた可能性をも指摘したのだった。
(1970年当時、ダイナソー・パークDinosaur Park層はオールドマン層の一部として扱われていた。また、ホースシュー・キャニオンHorseshoe Canyon層とスコラードScollard層はエドモントン層として扱われており、古い文献にあたる際にはこのあたりに留意しておく必要がある。)
その後アルバータの州立恐竜公園(地層としてはオールドマン層上部やダイナソー・パーク層、ベアポウBearpaw層を含んでいる)、で(再び)活発な発掘が行われるようになり、アルバートサウルスやゴルゴサウルス、ダスプレトサウルスの骨格が続々と発見されるようになった。さらに、モンタナのトゥー・メディスンTwo medicine層上部でも状態のよいティラノサウルス類が発見されるようになった。そして、標本の数が増えてくるにしたがって、これらの分類を見直す必要が生じてきたのである。
トゥー・メディスン層といえば20世紀の前半にはさほど特筆すべき化石は知られていなかった(“ブラキケラトプス”や“スティラコサウルス”・オヴァトゥス、エドモントニア、“ディオプロサウルスの頭骨”が産出していた程度である)のだが、ホーナーらによってエッグ・マウンテンとエッグ・アイランドが発見されたことによって事情が大きく変わった。オールドマン層やダイナソー・パーク層(カンパニアン中期~後期初頭)と、ホースシュー・キャニオン層(カンパニアン後期後半~マーストリヒチアン前期)やヘル・クリーク層(マーストリヒチアン後期)のちょうど「中間」の時代の地層から、多数の恐竜化石が発見されるようになったのである。
さて、カンパニアン中期~後期といえばアメリカ西部内陸海路(WIS)が大きく海進していた時期であり、ララミディアの面積はだいぶ縮小していた。ホーナーらはこれ(とトゥー・メディスン層上部の時代)に着目し、WISの海進によるストレスがララミディアにおける恐竜の進化・多様化を促進させたこと、トゥー・メディスン層上部から産出する恐竜のいくつかが、それ以前(オールドマン層やダイナソー・パーク層)とそれ以後(ホースシュー・キャニオン層やセント・メアリー・リバーSt. Mary River層、ヘルクリークHell Creek層など)の恐竜の「中間」にあたる可能性を指摘したのである。
この時ホーナーらが「中間」としてあげた恐竜はいずれも当時未記載であり、頭骨の思わせぶりなシルエットだけが図示されていた。その中に、「ダスプレトサウルスとティラノサウルスの中間型」としてトゥー・メディスン層産のティラノサウルスがあったのである。
ホーナーらがこの時図示した恐竜たちはその後(すったもんだあったりもしたのだが)命名され、「スティラコサウルスとパキリノサウルスの中間型3種」はそれぞれルベオサウルスとエイニオサウルス、アケロウサウルスに、「ランベオサウルスとヒパクロサウルス(・アルティスピヌス)の中間型」はヒパクロサウルス・ステビンゲリとして記載・命名された(「ステゴケラスとパキケファロサウルスの中間型」は記載こそされたが命名には至っていない)。「ティラノサウルスの直接の祖先」としてホーナーらが取り上げたこともあって「トゥー・メディスンのティラノサウルス類(以下TMFの種)」には注目が集まったのだが、その一方で正式な記載は待てど暮らせどなされる気配がなかった。系統解析にはちょくちょく顔を出していたのにもかかわらず、である。
そうこうしているうちにトゥー・メディスン層で新たにティラノサウルス類のボーンベッド(少なくとも3体(成体と亜成体、幼体)からなる)が発見され、(先述のTMFの種との関係について突っ込んだ議論はなされていないのだが)ダスプレトサウルス属の新種とみなされるようになった。
TMFの種の分類が停滞する一方で、カナダ産のティラノサウルス類の分類はややこしいことになっていた。1999年にカーは「ラッセルの1970年の論文の中でゴルゴサウルス・リブラトゥスの代表として取り上げられていた標本(FMNH PR 308;ダイナソー・パーク層産)」がダスプレトサウルス・トロススであることを指摘したのである(頭骨はいかにもゴルゴサウルスのようなのだが、実は吻部の大半はアーティファクトであった(鼻骨の左側はある程度保存されてはいるが)。フィールド博物館に売却される以前の1923年にAMNH 5434として図示されているのだが、実は標本番号がAMNH 5336と入れ替わっているらしい)。つまるところ、カーのこの意見ではD.トロススのレンジは現オールドマン層上部に留まらず、ダイナソー・パーク層(旧オールドマン層の一部)にまで達する(=ゴルゴサウルス・リブラトゥスと明らかに共存している)ということになる。
これに対し、カリーらはこの「ダイナソー・パーク層産ダスプレトサウルス(以下DPPの種)」がD.トロススではなく、ダスプレトサウルス属の新種(先述のTMFの種とは別物)である可能性を指摘した。カリーらの意見に従えば、ラッセルがダスプレトサウルスの原記載でD.トロススとみなした標本の大半(AMNH 5438を含む)は、時代からしてこのDPPの種に属することになる。
リスロナクスとテラトフォネウスの新標本の記載にあたってローウェンらが行った系統解析で側系統になったりもしたのだが、ひとまずここ数年、TMFの種はダスプレトサウルス属の新種として考えられるようになった(一方で、DPPの種をD.トロススとするか新種とするかは未だにだいぶ揉めている)。そんな中で、満を持してカーらによってTMFの種がダスプレトサウルス・ホーナリとして記載されたのである。
ホーナーらが1992年に指摘した通り、D.ホーナーリの頭骨は一見してティラノサウルス的である―――のだが、詳細な系統解析の結果、結局のところティラノサウルスとは別系統のものらしいことが明らかになった。一方で、系統解析の結果や時代、地域からして(ホーナーらが指摘した通り)D.ホーナーリがD.トロススの直接の子孫であり、「向上進化(誤解を招きそうな字面ではある)」の産物であるらしいことが明らかになったのである。
長年(振り返ってみれば20年以上前の話である)の課題であったTMFの種に関しての問題はかくして(とりあえず)解決されたわけだが、DPPの種や、最近発見された「ジュディス・リバー層産のダスプレトサウルス類」に関する問題は山積みである。WISが退きティラノサウルスが現れるまでの数百万年間の間に、ララミディアで様々なティラノサウルス類の興亡があったことだけは確かだろう。