↑Skeletal reconstruction of
large juvenile/small subadult Tyrannosaurus rex LACM 23845.
Scale bar is 1m.
いわゆるティラノサウルス―ナノティラヌス問題は依然として(割としょうもない次元の話に突入しつつ)紛糾しており、(大勢はナノティラヌスをジュニアシノニムとする方向に傾いているが)どちらに落ち着くにせよコンセンサスが得られるようになるにはまだしばらく時間がかかりそうである。一方で、こうしたランス期(=マーストリヒチアン末期;トリケラトプス・ホリドゥスの初産をもって開始されるという厄介な区分でもある)のティラノサウルス類の幼体のうち「博物館に収蔵されている標本としては」もっとも状態のよい“ジェーン”ことBMRP 2002.4.1のモノグラフは出版間近の状態であり(校正段階にあるようだ)、このあたりの問題が進展するかはともかくとしても、色々な期待がかかる。
そういうわけでランス期のティラノサウルス類の幼体の分類というのは現在進行形で揉めまくっているのだが、一方で(散々揉めた末に)コンセンサスが得られている標本というのもわずかに存在する。以前軽く紹介したりもしたのだが、今日ティラノサウルス・レックスの大型幼体ないし小型亜成体として知られているLACM 23845―――かつてディノティラヌス・メガグラキリスDinotyrannus megagracilisとして名を馳せた標本について色々と書きたい。
1967年から1969年にかけて、腕利き(ブラウンやスターンバーグ一家以来のレベル)の化石ハンターであるハーレイ・ガーバニの案内の元、ロサンゼルス郡立自然史博物館(LACMとして知られるが、一般向けにはNHMLAとしても知られる)はモンタナはガーフィールド郡に広がるヘル・クリーク層で調査を行った。この調査は非常に実り多いもので(LACMのヘル・クリーク層産化石のコレクションはMORやAMNHに匹敵し、大半がこの時採集されたものである)、そのハイライトがLACM 23844―――1966年にガーバニがエンダール農場で発見した巨大なティラノサウルス―――の発掘であった。
エンダールはブルドーザーで発掘に快く協力してくれた―――が、重機による化石発掘というのは極めてリスキーな行為でもある。ガーバニは廃土の山からもう1体の獣脚類―――LACM 23845が粉々になっているのを発見したのだった。
LACM 23845は頭骨の断片に加えて肩甲骨の一部や部分的な前肢、後肢の大部分が保存されており(元々はバラバラの標本番号を振られていたらしいのだが、最終的にLACM 23845にまとめられたようだ)、ひとまず(暫定的に)ティラノサウルス・レックスの幼体であるとされた。しかし、1970年からLACM 23844の研究に従事していたモルナー(分類群を選ばず割と器用にこなす)は、頭蓋天井や脛骨の形態に基づき、LACM 23845がティラノサウルスではないと考えた。
LACM 23845はサイズの割によく発達したNuchal crest(矢状陵の後ろから扇状に広がるアレ)をもっており、モルナーはこれを成体の特徴と考えた。また、頭蓋天井の縫合線はティラノサウルスとは別物であった(特に、左右の涙骨に挟まれる鼻骨の後端部分の幅がティラノサウルスと比べて広かった)。さらに、脛骨の形態もティラノサウルスとは大きく異なっているように見えた。
かくしてモルナーはLACM 23845がティラノサウルスの幼体である可能性を排除し、そこではたと悩んだ。1970年代当時(究極的には現在でも)知られていた上部マーストリヒチアンの北米産ティラノサウルス類といえばティラノサウルス・レックスにアルバートサウルス・ランセンシス(ラッセルによってゴルゴサウルス属がアルバートサウルス属に統合されていたのは言うまでもない)、そして東海岸の謎めいたドリプトサウルス・アクイルングイスだけであった。
LACM 23845は全体としてアルバートサウルス属に似ていたのだが、一方でアルバートサウルス・ランセンシス(の当時知られていた唯一の標本CMNH 7541)は頭蓋天井の縫合線がかなりしっかり結合しており(実際にはそんなこともなかったのだが)、単純かつゆるい結合であるらしいLACM 23845とは少々異なって見えた。LACM 23845の末節骨や距骨(1974年の時点で(ドリプトサウルスと合わせて)「アルバートサウルス類」として記載)、脛骨の近位部の形態はむしろドリプトサウルスと妙に似ているフシがあった(サイズも近かったし、ドリプトサウルスがララミディア側からも産出しているらしいという話も当時あった)が、一方でLACM 23845のほっそりとした脛骨はドリプトサウルスのがっしりしたそれとは異なっていた。
結局、悩んだ末にモルナーはLACM 23845をアルバートサウルス cf.ランセンシスとして1980年に記載した。A.ランセンシスのホロタイプとは縫合線のあたりがあまり似ていなかったのだが、一方で全体的な形態が似ていることからドリプトサウルスの可能性を排除し、(同時代、同地域にA.ランセンシスが生息していたことから)A.ランセンシスの成体である可能性を示唆したのである(一方で断定はしなかった)。
さて、1988年になってこれに異議を唱えた(モルナーの迷いを断ち切ったというべきか)のがポールであった。肉食恐竜事典の中でポールはLACM 23845が実際には未成熟個体であることを指摘しつつ、(モルナー同様)ティラノサウルスの幼体ではないとみなした。そしてナノティラヌス・ランセンシスCMNH 7541(肉食恐竜事典が執筆された時点ではギリギリ正式命名されていなかった;ポールはアルバートサウルス属のナノティラヌス亜属とした)が成体であることから、LACM 23845をアルバートサウルス属の新種アルバートサウルス・メガグラキリスAlbertosaurus megagracilis(種小名はそのまま「巨大で華奢」の意)の模式標本としたのだった。
が、ポールによるこの命名は、実のところいわゆる裸名nomen nudum(命名に必要な条件を満たしていない)であった。これを知ってか知らずか、オルシェフスキーは1995年にアルバートサウルス・“メガグラキリス”を新属(厳密にいえば新属新種)ディノティラヌス・メガグラキリスDinotyrannus megagracilisと命名したのである。
(ディノティラヌス属の命名者についてはしばしばOlshevsky, Ford and Yamamoto, 1995と表記されるが、これはつまり恐竜学最前線⑨⑩のイラスト担当者を共著者としてカウントしてしまった結果である。実のところ本来の記載論文は別にあり(オルシェフスキーも自らのリストの中ではDinotyrannus Olshevsky vide Olshevsky, Ford and Yamamoto, 1995と表記している)、(少なくとも最近まで)ネット上で見ることができた。本来の記載論文がどれであれ、いわゆる査読付きの論文ではないことに注意されたい)
オルシェフスキーはディノティラヌス属を設立するにあたって、涙骨の「角」に着目した。実のところモルナーが指摘していた通り、LACM 23845は涙骨の「角」―――アルバートサウルスやほかのティラノサウルス類によくみられる―――を欠いていたのである。オルシェフスキーはディノティラヌスの頭骨の復元図(フォードの手によるのは言うまでもない)を初めて示し、これまで(前前頭骨と前頭骨を除き)文字情報でのみ示されていたLACM 23845の頭骨の形態を明らかにした。
オルシェフスキーはこの時、モルナーの挙げた特徴に加え、さらにいくつかの独自性らしいものをディノティラヌスに見出した―――のだが、受けはあまりよくなかった。1999年にナノティラヌスがティラノサウルスのジュニアシノニムであると(詳細な比較を伴う研究としては初めて)カーによって明確に指摘されたのを皮切りに、2000年代になるとディノティラヌスは(当初考えられていたように)ティラノサウルスの幼体に過ぎないと考えられるようになった。
とどめになったのはカーとウィリアムソンによる研究で、ディノティラヌスの「独自性」は基本的に全て成長過程による変化と個体変異、そして保存状態の悪さで説明がつくことが判明した。LACM 23845の頭骨の細部には(他のティラノサウルス類ではなく)ティラノサウルスの成体と一致する特徴がいくつも認められ、従ってディノティラヌス・メガグラキリスはティラノサウルス・レックスのシノニムになった。これに関しては特に(今日に至るまで)異論は出ず、LACM 23845はティラノサウルスの大型幼体(あるいは小型亜成体)ということでコンセンサス(当のポールやオルシェフスキー、フォードもこれを認めた)が得られたのだった。
40年弱かけて当初の同定に帰ってきたLACM 23845は、結果的に「ティラノサウルスの幼体」としてコンセンサスの得られている標本としては唯一詳しく記載されたものとなっている。明らかにブルドーザーに粉砕された頭骨(上顎骨や歯骨は一般に保存されやすいものである)は恐ろしく断片的ではあるが、それでも頭蓋天井の要素はほぼすべてそろっており、下顎は(破片を根性でつなぎ合わせた結果、唇側面の要素に関しては)ほぼ完全である。また四肢の要素もそれなりに揃っており、ある程度プロポーションを推定することが可能である。
LACM 23845は依然として軽快な体形ではあるのだが、頭骨の側面形はすでにかなり「ティラノサウルス型」になっているようだ。また、全体的に体サイズのわりに長いとはいえ、後肢のプロポーションは(いわゆる)ナノティラヌスほど極端なものではなく、ゴルゴサウルス的というか、もう少しティラノサウルス寄りになっている(成体と異なり第Ⅲ中足骨は相対的にあまり長くないのだが、この特徴は”マレエヴォサウルス”にもみられる)。一方で、依然として頭骨背側の概形はかなり「アルバートサウルス型」であり、成体と幼体の特徴がかなり入り混じっているといえるだろう。
あまりにも断片的ではあるのだが、LACM 23845はティラノサウルスの大型幼体/亜成体として非常に大きな意味をもっている。いわゆるナノティラヌスとの形態的なギャップは(LACM 23845の残された部位を見る限りでは)かなり大きいのだが、果たしてこれが成長過程でどのように変化するのか、あるいはやはり別の分類群なのだろうか。LACM 23845は答えを知っていたのかもしれないが、呪いを解くにはまだ標本が足りない。