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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

幻のユインシャノサウルス

T.フォードによる“ユインシャノサウルス・ジクアネンシス” "Yingshanosaurus jichuanensis"の骨格図 全長は不明だが、おそらく5m前後と思われる

 少し昔の本(90年代~00年代初頭の本)をひも解くと、まれに「ユインシャノサウルス」(あるいはインシャノサウルスという表記もあるかもしれない)という剣竜にぶつかる。
 中国(それ以上の情報は不詳―――ジュラ紀後期の地層から産出したのは確実らしい。jichuanって中国のどこなのさ…)で発見された本種は1984年にZhouによって非公式に命名され、その後オルシェフスキーとフォードによって簡単に紹介された(恐竜学最前線④参照)。
 恐ろしいことに、この恐竜の学名が最初に用いられたのは、腰帯の図のキャプションだったりする。その後、1992年になってワタナベ(と言われてピンと来る方がいないのだが)による論文(論文というか、恐竜展のパンフレットである可能性が大)中に"Yunshanosaurus jichuanensis"(属名の綴りをミスった模様)の復元骨格の写真が載せられていたという。(上の図は、その写真を元にフォードが描いたものである)

 腰帯の形態を元に、オルシェフスキーは本種を剣竜の中でもダケントルルスDacentrurusに近縁であるとした。が、中国産のトゥオジャンゴサウルスTuojiangosaurusの腰帯ともよく似ており、系統に関しては全くと言っていいほど謎である(念のため言っておくが、本種がまともに記載されたことはただの一度もないはずである)。
 
 さて、骨格図を見れば明らかだが、本種の肩の上には極めて大きな皮骨のスパイク(という言い方が妥当かはアレだが)が存在する。この肩棘は剣竜では割と見られる特徴であり、トゥオジャンゴサウルスやアフリカ産のケントロサウルスKentrosaurusのものが有名であろう。

(ただし、いわゆる「肩に棘が関節した状態で見つかったトゥオジャンゴサウルス」は、後になってギガントスピノサウルスGigantospinosaurusの模式標本になっていたりする。実のところ、トゥオジャンゴサウルスに肩棘が存在したかどうか疑問の余地もあるようだ。この辺、ガルトンの論文とかで引用される骨格図S.ハートマンによる骨格図を比較されたい。蛇足だが、G.ポールによる新しいトゥオジャンゴサウルスの骨格図(例の洋書に掲載されているもの)は、チュンキンゴサウルスの一種Chungkingosaurus sp.の尾をくっつけてあるようだ。この辺の混乱っぷりはとても筆者には把握できない)

 本種の肩棘は極めて巨大かつ斜め後方にカーブしている。この特徴は、四川産のギガントスピノサウルスに近い。また、背中に並ぶ皮骨板の形態も、そこはかとなくギガントスピノサウルスに似ているようにも見える。あまりにも情報が断片的で、確実なことは何も言えないが、“ユインシャノサウルス”とギガントスピノサウルスの間に何か関連があるような気はする。

 まともな研究がなされないうちにとうとう30年が経ったのだが、その間に“ユインシャノサウルス”の標本はなぜか失われていた(具体的に何があったのかはよくわからない)。
 博物館に所蔵されている標本が(理由はどうあれ)行方不明になるのは稀によくあるブロント語)が、こうして“ユインシャノサウルス”は公式な記載がなされないまま幻となったのであった。