GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

モンタナ・デュエリング・ダイナソーズ:中編

(しれっと前回の続きなので気 に す る な !)

 ナノティラヌスと言えば、現在に至るまで「ティラノサウルスのジュニアシノニムとすべきか否か」で盛んに議論が行われているのは、恐らくご存じのとおりである(ついでに言うと筆者は別種論者であるというか日本で同種論者ってあんまり聞かない気が)。
 だんだん議論が煮詰まってきている状態であり、ナノティラヌス(に分類できそうな骨格)の発見は、研究の進展にどうしても必要であった。

 「Montana Dueling Dinosaurs」のクリーニングの進行にともない、ナノティラヌスと大型角竜がその一端を現し始めた。両者ともに極めて重要な標本であることは一目瞭然であり、詳細な研究の必要が指摘された。
 ナノティラヌスの方は、この種では初となる(そしてティラノサウルス科でも稀な)全身の骨格が残されていた。驚くべきことに関節はほぼそのままつながっており、特に腹骨~胸郭は極めて保存状態が良かった。
 さて、「ナノティラヌスの全身骨格」といえば、「Jane」ことBMRP 2002.4.1が有名である。この標本も素晴らしい保存状態(しかも部分的に関節していた)ではあったのだが、胴椎の多くや遠位尾椎、そして肘から先がそっくり失われていた。
 「Montana Dueling Dinosaurs」(いちいち打つのが面倒なので以下MDDで統一)のナノティラヌスでは、当然のことながらこれらの部位も保存されていた。そして、比較的早くクリーニングの終わった前肢にはとんでもない特徴があった。

イメージ 2

↑ナノティラヌス(MDD標本)、ティラノサウルス(主に“スー”に基づく)、タルボサウルス幼体(林原標本)の前肢の比較 上腕骨の長さを揃えてある。ナノティラヌスの上腕骨および第Ⅰ指の第1指骨が(生前に)骨折している点、および第Ⅲ指の末節骨(?)が外れて描かれている点に注意。ナノティラヌスの手骨格は若干パースがついているが、長さそのものはほぼ正確である。

 Janeで発見されなかった肘から先の部分については、これまで無難な長さで復元されてきた。しかし、MDD標本には、ひょろ長い下腕と、やたら長い手があったのである。
 タルボサウルスの幼体とティラノサウルスの成体であまり腕部のプロポーションの差がない(ただし、タルボサウルスの成体ではティラノと比べて下腕と手が短くなるので注意)のだが、一応、ナノティラヌスとティラノサウルスの前肢のプロポーションの差については「成長段階による差」と考えられなくもない。
 Janeは未成熟個体とされているし、Janeよりやや小さい(Janeの大腿骨が79㎝なのに対し、MDDでは68㎝ほど)MDD標本も、恐らくは未成熟個体である。全長7mから13m弱へと成長していく過程で、下腕の相対的な長さが変化する可能性は大いにありうる。

 が、そうは問屋が卸さないらしい。

イメージ 1
ティラノサウルスBHI 6230(現在はヒューストン自然科学博物館所蔵につき、別の標本番号が与えられている)「WYREX」と、ナノティラヌスMDD標本の前肢の比較 WYREXで未発見の部位に関しては灰色で示した(資料不足で描ききれなかったが、もう少しWYREXの前肢は華奢でいいかもしれない)。

 話変わって、近年発見された状態の良いティラノサウルスの化石に、「WYREX」という標本がある。頭骨があまり見つかっていなかったりするのだが、骨そのものの保存状態は素晴らしく、尾部の皮膚痕が残っていたりもする。また、第3中手骨が保存されていたりと、なかなかの標本である。
 WYREXは亜成体らしく、ティラノサウルスにしてはあまり大きくない。そして―――偶然にも、ナノティラヌスMDD標本と尺骨の長さがほぼ同じだったのである。

 比較した様子は上の図の通りである。上腕骨はWYREXの方が長いが、中手骨、そして(予想される)指骨はナノティラヌスの方がずっと長い。
 尺骨の長さがほぼ同じであることから、ティラノサウルスとナノティラヌスの前肢のプロポーションの差を「成長段階による差」で片づけることは難しいと思われる。明らかにナノティラヌスMDD標本はWYREXと比べて小さな生き物なのだ。

 従来、ティラノサウルスとナノティラヌスのシノニム論争では、もっぱら頭骨に着目して議論が行われていた。比較できる標本が少なかったので仕方のないことなのだが、これからは体骨格に着目した研究が進むだろう。



3部構成のつもりが納まらなさそうなんだぜ…とりあえず次回へ続く