GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

私雨、その後に

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↑Skeletal reconstruction of Triceratops horridus "LANE" HMNS VP1506.

 Scale bar is about 1m.

 

 古くから知られている恐竜の場合、古くから知られていること――現代的な記載に基づく分類群でないことそのものが厄介な問題を引き起こすことは本ブログで散々ネタにしてきた。再記載の中で本来(意図せずして)意図していた分類群とは別物らしいものが乗っ取ってしまうケース(たとえばイグアノドンやコエロフィシス;カルカロドントサウルスも恐らくはそうであろう)もしばしばであり、歴史的な分類群の再記載は誰しも望んでいる一方、目を通す時は身構えがちにもなる。

 トリケラトプスもぼつぼつまとまった再記載が必要になっている頃合だが、その中心になるべきであろう標本はいくつか(いくつか、である)存在する。その中でも特に中心的な役割を果たすであろう標本がHMNS VP1506――“レインLANE”の名でしばらく前から知られていた、ほぼ完全な骨格――広範囲の皮膚痕付き――である。

 

 BHI(GR)――ブラックヒルズ地質学研究所(れっきとした営利企業である)の縄張りといえばヘル・クリークHell Creek層、特にお膝元であるサウスダコタ州の印象が強いが、アメリカ中西部で化石を掘らせてくれる私有地があれば黙っている業者ではない。同時異相であるランスLance層の広がるワイオミング州でも盛んに発掘を行っており、トリケラトプスの「ふるさと」であるナイオブララ郡で1998年に掘り当てたのが見事なトリケラトプスの部分骨格――“ケルシーKELSEY”であった。

 “ケルシー”は当時“レイモンドRAYMOND”――その数年前にウォーフィールド・フォッシル・クオリー社から委託を受けて発掘のちクリーニング、キャストの制作までをこなしていた――に次ぐ完全度のトリケラトプスであった。頭骨は(ひどく潰れてはいたものの)右半分が完全に残っており、肩帯ごと前肢がすっぽ抜けて失われていた(例によって尾もなかった;全体として変形がひどい)ほかはほぼ完全に保存されていたのである。

 BHIは“ケルシー”を産した牧場の主であるザーブスト家と良好な関係を築き、その後もザーブストの牧場で化石の発掘を続けた。やがて現れたのが“レイン”――骨格の大半を包んでいたコンクリーションに皮膚痕が保存されているのが現地で確認された――だった。

 

(ザーブストの牧場ではこのほかにも様々な化石を産出しており、例えば恐竜科学博にて展示されていたランス層産の足跡ブロックもここの産である。)

 

 “レイン”の発掘は2002年の夏から始まり、コンクリーションはなるべく現地で手を付けることなく採集された。果たしてラーソンの読みは当たり、ほぼ完全な――まんべんなく全身が揃った骨格と、数m2におよぶ皮膚痕が確認されたのである。骨格だけでなく、皮膚痕も(頭と尾を除く)全身を代表するものであった。

 最終的に“レイン”はヒューストン自然科学博物館(HMNS)が皮膚痕もろとも購入することとなり、実物化石のマウントが皮膚痕ともどもリニューアル後の目玉として展示されることとなった。どういうわけか来日している話はさておき、以来“レイン”はそこにある。

 

(“レイン”にはBHI-6220の「社内ナンバー」が与えられていたが、HMNSへの売却にともなって新たな標本番号が与えられることとなった。HMNS 2006.1743.00のナンバーはしばしば見かけたものであるが、HMNSの標本番号は部門別の通し番号方式であり、これは恐らく標本受け入れ時の仮番号と思われる。文化庁向けの申請書類にはHMNS VP1506の記載があり、これが正規ナンバーということだろう。遅くとも2007年にはHMNSへの売却が決定していたのも間違いない。)

 

 “レイモンド”は科博、“ケルシー”はインディアナポリス子供博物館(TCMI)、そして“レイン”はHMNSと、BHIが手塩にかけて送り出した3匹のトリケラトプスはそれぞれ終の棲家――公立博物館へ移って久しい。一方で、なにがしかの研究の主要材料として出版されたのは“レイモンド”に留まっている状況でもある。

 “ケルシー”の骨格に関する簡単な報告は2004年に、“レイン”の皮膚痕に関する報告は2007年にSVPでなされたが、その後続報はない。「モンタナ闘争化石」の片割れを合わせれば、トリケラトプスの骨学的情報の事実上すべて、そして外皮のかなりの情報が明らかになる状況ではあるのだが、「モンタナ闘争化石」の行先が決まった以上の動きのないまま今日に至っている。

 “レイン”はBHIによって3Dスキャンが行われており、研究にはうってつけの状況が整っているはずである。待ちわびたトリケラトプスの詳細な骨学的記載は遠いが、それでも彼らはそこにある。