↑Skeletal reconstruction of Dryptosaurus aquilunguis holotype (ANSP 9995 and AMNH 2438) and Merchantville dryptosaurid ("holotype" YPM 21795 and "paratype" YPM 22416). Scale bar is 1m.
ドリプトサウルスの記事は本ブログなりなんなりで散々書いてきたわけだが、とはいえ日進月歩の古生物学である。マーシュがドリプトサウルス科を設立して130年あまりが過ぎ、一方で1990年代以降ドリプトサウルス科という用語が(何かしらのきちんとした分類学的な意味をもって)用いられることはなくなって久しかった――が、突如として復活させる意見が出現したのである。
これまでの系統解析ではドリプトサウルスはことごとく“ぼっち”――特にアパラチオサウルスと姉妹群になることもなく、アークトメタターサルを獲得した基盤的ティラノサウロイドからティラノサウルス科へと続く流れの中にぽつりと浮かんでいた。ドリプトサウルスが時代のわりに原始的なティラノサウルス類であることはほぼ間違いなかったのだが、他のティラノサウルス類との系統的なつながりははっきりせず、アパラチア産のティラノサウルス類の実態も不明瞭であった。
今回ブラウンスタイン(精力的かつ散発的にアパラチア産の恐竜化石について出版している)がドリプトサウルス科――ドリプトサウルスと姉妹群をなした――として記載した標本は、ほぼ完全な中足骨であるYPM 21795(および同一個体由来と思しき単離した尾椎YPM 22416)である。これは2017年(11月末)にブラウンスタイン本人によって記載されていた――が、同年(12月)にダールマンらによっても記載されていたという標本である。
これらの標本が産出したのは、デラウェア(とニュージャージーの州境近く)はチェサピーク・デラウェア運河の北岸に露出するマーチャントヴィルMerchantville層(論文の中ではざっくりサントニアン~カンパニアン前期と書かれていたりもするのだが、この産地周辺のアンモナイトの記録からすると、カンパニアン前期のスカファイテス・(S.)ヒッポクレピスⅢ Scaphites (S.) hippocrepis III帯、すなわち約8150万~8130万年前ごろと言ってよいだろう)である。マーチャントヴィル層も例によって古くから恐竜化石が知られているのだが、ことごとく部分的かつ保存状態もよくない有様であった。
YPM 21795にせよYPM 22416にせよ保存状態はよくないのだが、それでもYPM 21795の第Ⅳ中足骨は全体が残っており(遠位端が破片化してはいるが)、ドリプトサウルスやアパラチオサウルス等々、様々なティラノサウルス類とのきちんとした比較が可能であった。第Ⅱ中足骨も近位部はそっくり残っており、足の甲の概形を観察することができたのである。
ドリプトサウルスの第Ⅳ中足骨はかねてより妙な形態であることが指摘されていた――アークトメタターサル化しているのは確かだったが、他の進化型のティラノサウルス類と比べてやけにのっぺりしたつくりだったのである。YPM 21795の再検討により、ドリプトサウルスと共通する特徴――遠位部のくびれを欠いた、全体にのっぺりしたつくりが見出されたのだった。系統解析の結果、いわゆる中間型ティラノサウルス類が派手な多分岐をなす中にあって、本“種”はドリプトサウルスと姉妹群――ドリプトサウルス科をなしたのである。
(本論文の中で命名は行われていないのにもかかわらず、文中では思い切りホロタイプやパラタイプとの言及がある。論文の分岐図をよく見ると、「Merchantville Taxon」の下に「Cryptotyrannus」(イタリック体)が隠れており、どうも査読で怒られつつうっかり消し損ねたようだ。何ならSIにはモロに「Cryptotyrannus_orourkeorum」の文字が隠れている。)
「マーチャントヴィル層のドリプトサウルス類」は言うまでもなくきわめて断片的な標本に基づいており、系統関係の評価は究極的には本“種”やドリプトサウルスのもっとずっと完全な標本を待つことになるだろう。それでも、ドリプトサウルスと有意そうな類似が見出されたのは今回が初めての例であり、中足骨の特徴の再評価にはつながるだろう。
YPM 21795の第Ⅳ中足骨はドリプトサウルスのホロタイプのそれよりむしろ長いのだが、はるかに華奢であり(むしろドリプトサウルスがサイズのわりに妙にごつい点に注意すべきだろう;YPM 21795のきゃしゃさはむしろサイズ相応であり、同サイズのティラノサウルス科の大型幼体と似ている)、恐らくはドリプトサウルスのホロタイプよりも脚が長かったのだろう。あるいは「マーチャントヴィル層のドリプトサウルス類」の成体がドリプトサウルスのそれよりも大きかったというのはありそうな話でもある。
マーストリヒチアン終わり近くのアパラチアには、カンパニアン前期から続いた「アパラチア型」の末裔だったらしいドリプトサウルスがのさばっていたようだが、一方で急速にララミディアから恐竜が侵入しつつある時代でもあったはずである。ララミディアから侵入してきた大型の進化型ティラノサウルス類――たとえばティラノサウルス――との交流があったかどうかは藪(というかその辺の泥灰岩)の中にある現状だが、最終的に1匹残らずK/Pgの境界イベントで消え去ったのも確かである。