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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

もうひとつのカムイ

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↑Skeletal reconstruction of Kamuysaurus japonicus holotype HMG-1219 and TMP 1989.092.0001 (selected elements).

Scale bars are 1m for entire skeletons and 50cm for skulls.

 

 国産恐竜といえば、「ご当地性」と密接に結びついている以上、マウントの量産はされても県境をまたいで常設展示されることはなかった(ニッポノサウルスが例外だが、まあそういう側面もある)。観光資源化されている以上(むしろ端から観光資源とすべく)、現地に足を運んでもらわなければならないというのは至極当然の発想であった。

 このあたりの思惑はさておき、カムイサウルスのマウントの量産(と言っても2体だけのようだが;生物浸食のせいで見るからに抜きにくそうな形状ではある)と販売が決まったわけである。導入する展示施設があるのか/そもそも買い手は付くのかという話は置いておくとして、見学できる施設が増えるのであれば素直にうれしいところだろう。

 

 さて、カムイサウルスの記載によって東アジアの謎めいたエドモントサウルス類――ケルベロサウルスとライヤンゴサウルスの系統的位置付けが明確になったわけだが、実のところこうした恐竜がいたのは東アジアだけではない。遥かベーリング海峡の向こう、カナダはアルバータ州からも、カムイサウルスに酷似した恐竜が知られているのである。

 それ――TMP 1989.092.0001(お察しの通り1989年の採集である)が発見されたのは、アルバータ州の西のはずれ、ワピチWapiti層のユニットIV最上部のレッドウィロー石炭帯(マーストリヒチアン前期:7090万年前ごろ)であった。ワピチ層といえばパキリノサウルス・ラクスタイPachyrhinosaurus lakustaiがよく知られているが、これはユニットIVの基底部(カンパニアン後期:7380万年前ごろ)からの産出である。

 ワピチ層の露出域は森に覆われている地域が少なくなく、そうしたところでは川沿いの露頭をあたるほかない。アルバータ州南部に目を向ければバッドランドのそこら中に恐竜が転がっているわけで、ワピチ層の化石の研究が長らくぱっとしない状況にあったのは無理もない話であった。ブラウンやラッセル(デイルの方)によるちょっとした探索はどちらもハズレに終わり、1975年のパイプストーンクリークのボーンベッドの発見(ロイヤルティレルが掘る気になったのは80年代になってからだったのだが)まで、ワピチ層が脚光を浴びることはなかったのである。

 それゆえ、TMP 1989.092.0001は下半身だけの部分骨格(尾の一部と腰帯、後肢、部位不明の皮膚痕)ではあったが、十分に貴重な標本であるといえた。ロイヤルティレルの調査隊が2003年になってわざわざ再発掘を試みたほどだったのである。再発掘は大当たりで、前肢の大半や手足の要素、肋骨そしてばらけた部分頭骨が姿を現したのだった。

 

 再発掘によって全身の要素がまんべんなく揃ったTMP 1989.092.0001は、とりあえずcf.グリポサウルスsp.とされた――が、どちらかといえばエドモントサウルスの亜成体によく似ていた(グリポサウルスと共通する特徴もままあったが)。一方で、吻は妙に短かった。本標本が亜成体であることを差し引いても(亜成体同士で比較しても)、明らかにエドモントサウルスより吻が短かったのである。

 系統解析の結果は何というか、なんとなく想像もつくだろうが、エドモントサウルス族を粉砕する始末となった。ブラキロフォサウルス族とサウロロフス族がそっくり残った一方(クリトサウルス族は北米系と南米系で分かれてしまった)、エドモントサウルス族はサウロロフス亜科の基底で見事な多分岐と化したのである。とはいえ、TMP 1989.092.0001がエドモントサウルスにわりあい近縁な(新属)新種であるらしいことは明らかになったのだった。

 

 このあたりの話はカムイサウルスの記載で一言も触れられることはなかったのだが、とりあえずTMP 1989.092.0001の頬骨はカムイサウルスのそれと酷似している(エドモントサウルスのそれとも依然として似ているわけだが)。吻が(エドモントサウルスの類縁にしては)短いらしい点も似ているが、これについてはTMP 1989.092.0001の方が輪をかけて短いのも確かである。

 カムイサウルスの記載された今日、再検討のチャンスが巡ってきているのは東アジアの得体のしれないハドロサウルス類だけではない。ひょっとすると、北アメリカの北部でもカムイサウルスの眷属がのさばっていた可能性があるのだ。