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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

奇跡の海

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Skeletal reconstruction of Kamuysaurus japonicus holotype HMG-1219. Scale bar is 1m.

 

 言うまでもなく全てはひとつのイベントに収束したわけである。果てしなく続くかに見えた(そして筆者もその片棒のすみっこをなでくりまわした)メディア戦略の末、むかわ竜はカムイサウルス・ジャポニクスとして記載されるに至った。発見の経緯は様々な場所で散々語られている通りであり、というわけで本ブログではそのあたりは省きつつ(白々しく)カムイサウルスのもろもろについて書き散らかしておきたい。先に断っておけば、記載論文の内容は基本的に6月に学会・報道発表されたものと同様である。

 

Zoobankに登録されているとはいえ、論文中でリンクの漏れがあったため、11月20日まで“Kamuysaurus japnocus”はnomen nudum――裸名(学名としての条件を満たしていない)の状態にあった。近年の電子媒体のみによる新種の記載・命名に伴うもろもろのICZNの規約改訂は周知が明らかに追いついておらず(今回のケースに関していえば、このあたりの不備を指摘すべき査読者・編集もそのあたりが抜けていた格好である)、実のところこうしたケースは珍しくないようだ。ホロタイプの指定やら産地情報の抜けやらといった倫理的な要素をはらみかねない問題ではなく、単なる手続き上のうっかりミスといえばそれまでの話で、従って11月20日付の「リンク漏れ訂正」の出版 をもって“Kamuysaurus japnocus”はそのまま有効名にスライドした。カムイサウルスの独自性やホモニムすなわち異物同名――かぶっちゃった結婚が疑われていたという話ではない。)

 

 カムイサウルスの時代は発見当初から、「7000万年前」(GTS 2004準拠)、あるいは「7200万年前」(GTS 2012準拠)と言われていたが、これはつまり察しのいい(というか日本の上部白亜系の生層序をかじったことのある)人なら一発でピンときた通り、カムイサウルスが蝦夷層群函淵層のIVbユニットから産出したことを意味していたわけである。IVbユニットからは様々なアンモナイトやイノセラムスの他、“モササウルス”・ホベツエンシスやフォスフォロサウルス・ポンペテレガンス、メソダーモケリスといった脊椎動物化石が知られていた一方で、恐竜の化石は(函淵層全体を見渡しても)初めての産出だったわけである。函淵層のIVbユニットはノストセラス・ヘトナイエンゼ帯――北西太平洋地域の上部白亜系の生層序区分のうち、最下部マーストリヒチアンに相当するもの――にあたり、従ってカムイサウルスの時代はマーストリヒチアンの初頭、すなわち(ざっと)7200万年前と言うことができる。カムイサウルスの産出層準の直下および直上からはパキディスカス・(ネオデスモセラス)・ジャポニカム――ノストセラス・ヘトナイエンゼ帯を代表する通常巻アンモナイトも産出しており、カムイサウルスの時代論についてはかなりの自信をもって言い切ることができるといえよう。

 

(よく言われることではあるが、海生無脊椎動物の生層序で時代を論じられるのは、海成層から産出した強みではある。カムイサウルスと姉妹群になったケルベロサウルス-ライヤンゴサウルスについては、ここまではっきりした時代を絞り込むのは現状難しい。)

 

 これまた発掘当初より言われていた話ではあったが、カムイサウルスは関節がつながった状態で保存されていた――が、蓋を開けてみれば、思いのほか関節が外れかかっていた(=海底でかなり腐乱していた)ようである。骨格は部分的にしかノジュール化しておらず(なにしろ全長8mの中大型恐竜である)、ノジュール化していなかった部分では凍み上がりやらなんやらで保存状態はかなり悪い。そもそも化石化の初期段階で生物侵食を受けているようであり、骨の表面にはさまざまな「虫食い」がはっきり確認できる。骨格は小断層でぶった切られていたのだが、なぜか左の大腿骨が(左の脛を本来の位置に置き去りにしたまま)ばらけた頭骨の付近に移動しており、ひょっとすると何かしらの大型スカベンジャーの仕業なのかもしれない。腰の保存はかなり悪く(腰帯の要素は揃っていたものの仙椎がなぜかそっくりなくなっている)、このあたりも初生的な生物侵食と後生的な侵食の相乗効果によるのだろう。

 カムイサウルスの“ホロタイプ”(厳密さを期すならば、上述の通り、カムイサウルスが有効名にスライドして初めてホロタイプとなる)HMG-1219が産出した函淵層IVbユニットは下部砂質シルト岩層とも呼ばれ、その名の通り主に砂質シルトや砂質泥岩からなっている。穂別周辺の函淵層は現状(出版されている限りでは)あまり詳しい堆積学的研究が行われているというわけではないのだが、とはいえ古くから今日までずっとIVbユニットは外側陸棚――大陸棚の縁辺部(ざっと水深80~100数十m程度)の堆積物として扱われている。この細粒の堆積物とは明らかに異質な直径3cmほどの円礫が2つと直径1cmの亜角礫がカムイサウルスと共産しており、これらは胃石なのかもしれない。

 

 系統解析の結果、(6月の発表ですでに明らかにされていたことだが)カムイサウルスはケルベロサウルス-ライヤンゴサウルスクレードと姉妹群となり、エドモントサウルス族に含まれることとなった。もっとも、小顔かつスレンダーなカムイサウルスは、大きな頭をもちどっしりしたエドモントサウルスやシャントゥンゴサウルスとはだいぶ毛色が異なり、どちらかといえばブラキロフォサウルス族やクリトサウルス族的な見てくれである。カムイサウルスはブラキロフォサウルス族やクリトサウルス族、サウロロフス族の細かな特徴もモザイク的に保持しており、(時代はむしろシャントゥンゴサウルスやライヤンゴサウルスより新しいようなのだが)エドモントサウルス族のあけぼのの姿を残しているのかもしれない。

 恐竜博2019のパンフレットには最初から露骨な記述があり、そもそも筆者は昨年秋の時点で目の当たりにしていたことでもあるのだが、カムイサウルスの頭蓋天井――前頭骨(生物侵食のせいで保存はいまいちなのだが)には、長く伸びた鼻骨の「乗り上げ面」が存在する。この面(縁がやや盛り上がっている)に鼻骨が乗り上げるように関節するわけなのだが、この関節面の作りはエドモントサウルスではなく(亜成体の)ブラキロフォサウルス――鼻骨からなる板状のクレストが頭蓋天井を半ば覆う――と酷似している。この特徴はすなわち、カムイサウルスがブラキロフォサウルスの亜成体様のクレストをもっていたことを示唆している。だとすればハドロサウルス亜科(筆者はむしろサウロロフス亜科を使うタイプの人類である)の4大グループは、全てなにかしらの鼻骨クレストをもっていた格好になる。カムイサウルスのクレストは、ひょっとするとサウロロフス族とエドモントサウルス族の共通祖先から引き継いだものなのかもしれない。

 

 ケルベロサウルスにせよ(もっぱらケルベロサウルスのシノニムとして扱われるクンドゥロサウルスにせよ)ライヤンゴサウルスにせよ、ボーンベッドからの産出ということもあって、その実態は不明瞭であった。アジアの真正ハドロサウルス科は依然として実態のはっきりしないものが少なくなく、また時代論がおぼつかないものも多い。その中にあって、カムイサウルスは生息時代もその姿もかなりはっきりと示すことができる、唯一とさえ言えるものである。

 カンパニアン-マーストリヒチアン境界前後の日本列島がユーラシア大陸の縁辺部だったことは今さら書くまでもないことである。当時の大陸縁辺部の陸上生態系の情報は日本中の化石をかき集めてもおぼろげなものではあるが(かき集めるのがそもそも妥当かという問題もある)、それでも和泉層群や那珂湊層群からは、アズダルコ類やニクトサウルス類といった翼竜、甲長80cm超のスッポン類、全長10mほどのランベオサウルス類といった化石が知られている。

 

 カムイサウルスのホロタイプはほぼ完全な骨格ではあったが、とはいえ骨学的情報のすべてが明らかになったわけではない。結局のところ、“パーフェクト”などあり得ないのである。

 カムイサウルスの第2標本は将来的に産出するだろうか?カムイサウルスを取り巻く生態系は明らかになるだろうか?アジア沿岸部のマーストリヒチアン初頭の地層は、穂別地域の函淵層に限らない。カムイサウルスのホロタイプはまさしく奇跡の化石――函淵層のIVbユニットから恐竜の全身骨格が産出するとは誰も思わなかった――だが、実のところ海成層から恐竜が――特にハドロサウルス類が産出する例は思いのほか少なくないものである。辛抱強く探せばそのうち出てくることもあるだろうし、おそらくその前に大量のアンモナイトと海生爬虫類の化石が積み上がることになるだろう。

 カムイサウルスの発見と記載は、恐竜研究の枠を超えて、ある種日本の上部白亜系の研究の集大成とさえ言ってよいかもしれない。明治からのもろもろの積み重ねが、カムイサウルスの研究を今後も後押ししていくのである。