GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

ラストエンデミズム【ブログ開設5周年記念記事】

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↑Skeletal reconstruction of Dryptosaurus aquilunguis,
the best-known late Maastrichtian dinosaur in "old" Appalachia,
based on holotype
and Triceratops horridus, typical chasmosaurine
in mid-late Maastrichtian "old" Laramidia, based on SDSM 2760.
Scale bar is 1m.

 5周年である。我ながら5年もよくやったと思うところでもあるのだが、言うまでもなく取り上げていないネタは数知れず、そういうわけで当分飽きは来そうもない。

 さて、アパラチア(そしてそれと対をなすララミディア)といえば本ブログではこれまで散々取り上げてきたわけだが、ここに書くまでもなく恐竜相(というか陸上生物相全般)の理解はあまり進んでいない(ララミー変動による育ち盛りのロッキー山脈を後背地に抱えたララミディアと比較するのが間違いといえばそうでもあろうが)。ここ数年ブラウンスタインによって(いささか小出しにしすぎているきらいがあるのだが)獣脚類の再評価が進められているのだが、アパラチオサウルスのホロタイプ以降、部分骨格が見つかる気配は一向にないのが現状である。断片に基づくトピックはいくらかあったが、正直なところ何とも言えない話止まりではある。
 一方鳥盤類に目を向ければ、久方ぶりの(そしてアパラチアでは空前(目下)絶後の)まともな新発見――エオトラコドンの記載は記憶に新しい。アパラチア産の頭骨付きハドロサウルス類といえば実質的にそれまでロフォロトンのホロタイプ1例しか知られていなかったわけだが、エオトラコドンのホロタイプはララミディア産の最良クラスに匹敵するほぼ完全な頭骨を残していたのである。
 そしてもうひとつ、標本はわずか1本の歯に過ぎないが、これまでの(少なくとも一般(何)的な)認識をひっくり返す話題が一昨年にあったのは記憶に新しい。二重歯根――ケラトプス上科の特徴である――をもつ角竜の歯が、ミシシッピ州の最上部白亜系オウル・クリークOwl Creek層で産出したのである。

 その標本MMNS VP-7969――見てくれはその辺で1本4、5万円で売られているトリケラトプスの歯の最高級品と変わりない――が産出したのはミシシッピ州はユニオン郡を流れる川のほとり、それも最近その辺に溜まったちょっとした泥の中からであった。この川(詳細な産地情報は産地保護の観点からか、一般には公開されていない)に沿って更新統と古第三系(ダニアン)のクレイトンClayton層、そして上部白亜系(マーストリヒチアン)のオウル・クリーク層とリプレイRipley層のチワパChiwapa砂岩部層が露出しているのだが、様々な状況証拠――特筆すべきことに、蟹やらモササウルス(ホフマニとされている)やらなんやらと共に、名実ともに最後のアンモナイトのひとつであるディスコスカファイテス・アイリスDiscoscaphites irisが同じ吹き溜まりから共産した――からして、この歯がオウル・クリーク層上部――マーストリヒチアンの中頃以降に由来することはほぼ確実であった。

 オウル・クリーク層(やその下のリプレイ層)はミシシッピ湾入――ララミディアとアパラチアを分かつ西部内陸海路(WIS)の南端近くに口を開けた巨大な湾――の南西部を構成しており、つまりこの場所はアパラチア南端近くの海だったことになる。MMNS VP-7969にみられる摩耗はわずかであり(歯根が残っていた――遊離歯ではないことを差し引いても)、すぐ近辺からやってきた角竜のようである。――白亜紀最後のほんの数百万年の間に、アパラチアにケラトプス科角竜が侵入していたのである。
 マーストリヒチアン後期にWISが閉鎖された(一方でモンタナ-南北ダコタ近辺に白亜紀のほぼ末までWISの名残の海があったのも確実なのだが)可能性については色々な観点から度々指摘されていたことではあったのだが、いかんせんアパラチアの陸上生物相の保存の悪さもあっていささか決定打を欠いていた。歯一本だけとはいえMMNS VP-7969はまぎれもないケラトプス科角竜――他にはララミディアと山東省そして(おそらく)日本(下甑島)でしか知られていない――であり、そしてそれがララミディアから(マーストリヒチアンの半ば以降に)渡ってきたのもほぼ確実である。

 右歯骨歯1本だけではケラトプス科角竜であること以上の同定はどうやっても不可能なのだが、言うまでもなく当時の(旧)ララミディア側の状況はMMNS VP-7969の正体のヒントになる(ヒント止まりだが)。マーストリヒチアンの中ごろ(ここではざっと6900万年前にしておこう)のララミディア南部の角竜といえば、“トロサウルス”・ユタエンシス“オホケラトプス”・ファウラーリ(要はどちらもトリケラトプス族である)あたりが挙げられるが、どちらも内陸部の住人である。
 もう少し目を北に向けてやると、海岸平野で形成されたとされるララミー層ではトリケラトプス・ホリドゥス(のうち最古のもの)とトロサウルス属と思しき謎の部分骨格が産出している。両者は後のヘル・クリーク層(これも基本的に海岸平野で形成された地層である)でも産出しており、トリケラトプス族の中でも比較的海辺が好きな部類なのかもしれない。
 このあたりは言うまでもなく妄想止まりの話であり、結局のところアパラチア側でそれなりの頭骨要素(何度も書くがMMNS VP-7969は遊離歯ではないわけで、本来近くに歯骨があったことを示唆している)が見つからなければどうしようもない話である。とはいえ、もろもろの間接証拠からするとMMNS VP-7969はトリケラトプス族に属しているようで(現状の化石証拠からすると、マーストリヒチアンの中ごろまでに非トリケラトプス族ケラトプス科は絶滅しているようである)、ひょっとするとトリケラトプス属かトロサウルス属の可能性さえあるのだ。

 散々書いて書きすぎることはないが、結局のところアパラチアの陸上生物相はわかっていないことがあまりにも多い。とはいえ、MMNS VP-7969の発見で、マーストリヒチアンの半ば過ぎには少なくとも旧アパラチア側の南部までケラトプス科角竜が進出していたことが明らかとなった。
 この時期のアパラチア側の恐竜相が多少なりとも明らかになっているのははるか彼方のニュージャージーはネーヴシンク層とニューエジプト層だけである。もっとも、アパラチアはララミディア側と比べて全体的に平坦であり、目立った障壁になる地形は特になさそうでもある。ララミディアの南北で恐竜相が明確に分かれていたとする意見はだいぶ勢いを失いつつあるのだが、それをさておいてもアパラチアの恐竜相が各地で割と均一だったというのは(現状化石証拠も何もないのだが)割とありそうな話でもある。

 はるばるミシシッピ湾入まで旅した角竜――初期のトリケラトプス・ホリドゥスの可能性さえある――はそこで何を見たのだろう。あるいはそこにいたのは大人になってもティラノサウルスの亜成体めいた姿の獣脚類――ドリプトサウルスだったのかもしれない。