GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

【開設5周年記念特別寄稿】板橋の若武者

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↑Skeletal reconstruction of Triceratops horridus
in Itabashi Science and Education Museum.
Scale bar is 1m.

 このブログの読者の方々には言うまでもないことだろうが、現在日本の博物館で見られる恐竜の骨格の多くはレプリカが大半である(実物化石を用いた展示も数多くあるのだが)。恐竜の実物化石が見られる施設というのは、今なお貴重であろう。その実物化石が見られる博物館の一つが、板橋区立教育科学館である。
 
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 ここでは1階ホールに、トリケラトプスの頭骨の実物化石(ただし、アーティファクトと思しき箇所がいくつか存在する)とエドモントサウルス(※)の右後肢の骨格(中足骨から下はレプリカの可能性あり)がポツンと展示されている。国立科学博物館とは異なり全身が展示されているわけではないが、このトリケラトプスの頭骨については、他に類を見ないレベルで保存状態が良好である。
 特に正面から見た時のアングルに注目していただきたい。地層の圧力による変形をほとんど受けてない、良好な保存状態である。全身骨格こそ見られないが、すばらしい保存状態の頭骨をここで見ることができるのだ。
 
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 ではここで、この頭骨化石の来歴について振り返ってみよう。
 この頭骨化石の起源は、アメリカ合衆国ワイオミング州のランス・クリーク累層から1980年代にWestern Paleontological Laboratories(以下WPLと表記) によって発掘されたところまで遡る。少なくとも1991年までにプレパレーションが完了した。頭骨化石のフリル裏面には、プレパレーションを担当した(今となっては大御所の)WPLの方々の名前が書かれた金属パネルが取り付けられている。とりわけ、Ronald G.Mjos(ヘスペロサウルスの種小名にもその名前がついている)の名前が一番上に記されている辺り、この頭骨化石の歴史の重みが感じられるだろう。この金属パネルは今も板橋区立教育科学館で見ることができるので、同館に来館した際は是非確かめていただきたい部分である。
 
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 その後、日本の一企業である学研が大枚をはたいてエドモントサウルスの骨格と共に購入した。これは1990年に大恐竜博を開催したことがきっかけとなったそうだ。
 そして購入された頭骨化石は学研の関わった恐竜展で使用されるようになり、日本全国を旅することになった。残念ながらどの地域のどのような恐竜展において使用されたかはほとんど不明であるが、少なくとも1993年には大阪で開催された恐竜展「DINO ALIVE」において展示されたことが判明している。
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 しかしながら、1990年代後半から2006年まで(所沢市にあるらしい)学研の倉庫において、頭骨化石はほかの教材と共に長い間眠りに就くこととなった。噂によれば、この当時の学研は自らの手で博物館を建造する予定もあり、恐竜化石もその一環として購入されたものだったのだが、同社が当時業績不振で余裕がなかったことでそれは叶わず、恐竜化石も一度は封印を余儀なくされたという。
 しかし、転機は2007年に訪れた。板橋区立教育科学館が学研の指定管理社になったことがきっかけで、エドモントサウルスの骨格ともども同館の常設展示へとデビューしたのだ(その当時の運搬の様子が大人の科学編集部のブログに掲載されている)。当時は非常に話題となったのか、産経新聞にも記事が掲載された

 このトリケラトプス頭骨の骨学的特徴であるが、骨どうしが癒合しきってない点や角の長さと角度を鑑みるに(角についてはHorner&Goodwin,2006を参照のこと)、おそらく亜成体の骨格であると考えられる(ちなみにフリルの突起は後から継ぎ足された所謂「アーティファクト」であり、この標本の成長段階を調べるにあたっては参考にならない)。
 化石化する際に失われたものなのか、もしくは生きている時に折れたものなのか、それは不明である。ちなみに上述の写真のように、1993年の展示に使用された時には(いかにも継ぎ足されたような)右角が存在していたが、現在展示されている標本は右角が欠けたままとなっている。
 角はなぜ折れたのか? 折れた角の先端はどこへ消えたのか? それは永遠の謎である。
 
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 2018年10月現在、この頭骨化石を所有しているのは、板橋区立教育科学館ではなく、学研という一企業である。当然のことではあるが、骨学的な記載や研究がなされたことはこれまで一度もない。この頭骨化石は国内におけるトリケラトプスの標本としては非常に貴重なものであり、今後の研究にも大きく貢献できる可能性がある。まさに至宝なのだ。
 残念ながら筆者が同館に在籍していた当時は、展示解説パネルを更新することが関の山であった。だが、今後もし研究者のメスが入れば、新たな知見や発見があるかもしれない。その時、この若武者についてどんなことが分かるのだろうか。今後の動向に注目したい。

 この若きトリケラトプスの頭骨は、6600万年以上の眠りから目を覚まし、故郷から遠く離れた日本の科学館へと長い旅をしてきた。そして今は、板橋区立教育科学館のホールで静かに子ども達を見守っている。
 この記事をご覧になった方が、板橋区立教育科学館へと足を運び、このトリケラトプスの実物化石を見てもらえれば、筆者としてはこれ以上に嬉しいことはない。


(文責:ラクティア)
なお、本文における写真は、すべて筆者(ラクティア)が撮影したものである。


※なお、「エドモントサウルス属の一種」として展示されている同館の右脚骨格だが、実のところ右脚だけでハドロサウルス類の厳密な同定ができるはずもなく、本来は「ハドロサウルス類の一種」と表記するほうが適切ではある。しかしながら、館の来客層を考えた場合、「ハドロサウルス類の一種」としてしまうと混乱が生じやすくなるため、ここでは今なお「エドモントサウルス属の一種」として展示されている。ちなみにこの化石標本については、別個体の骨格を混ぜたコンポジットである可能性が高い。また、産地はアメリカ産ということ以外は一切不明である。


参考文献・HP
日立ディノベンチャー’90 大恐竜博ガイドブック (大恐竜博’90 Official Guide Book) (1990)(発行:株式会社学習研究社
DINO ALIVE ディノアライブオフィシャルガイドブック(1993)(発行:ディノ・アライブ実行委員会)
大恐竜博 Official Guide Book(1995)(発行:㈱東京放送(TBS)) 


 というわけで、う゛ぃじねすも含めGET AWAY TRIKE !とも縁の深いラクティアさんにブログ開設5周年を記念して寄稿していただきました。色々と楽しいう゛ぃじねすをさせていただいたわけで、板橋区立教育科学館は一度覗いてみるのもよいかと思います(通好みの標本がちょこちょこあります)。
 この手のひとつの標本を追いかける(いささかいかがわしい――だいたい筆者がいかがわしいタイプの人間であることは言うまでもない)記事が最近ご無沙汰なので、いずれまた適当なネタで書いてやりたいところ。。。