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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

When Dinosaurs Roamed Appalachia ④

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↑アパラチア大陸の代表的な恐竜。上に行くほど年代が新しくなる

 前回から番外編2つを挟んだとはいえ3週間近く間が空いてしまったわけであるが、気を取り直して第4回(最終回)。

 かつてのアパラチア大陸から発見される恐竜については前回までで触れたとおりである。適当にまとめると、

・アパラチアの恐竜産地は基本的に海成層である。
ティラノサウルス類は年代の割に基盤的なものが多い。基盤的なものと(やや)派生的なものの逆転現象もみられる(ドリプトサウルスとアパラチオサウルス)。
・オルニトミムス類は年代相応に派生的。
・ハドロサウルス類は年代相応の進化状態。超大型のものも存在。
・ノドサウルス類がララミディアと比べてよく見つかるらしい。
・今のところ小型の基盤的鳥脚類や角竜、竜脚類は見つかっていない。デイノニコサウルス類も極めてまれ。

 アパラチアの恐竜産地が海成層であるという点は、アパラチア産恐竜について考えるうえで重要な意味をもっている(はずである)。
 読者の皆様はご存じの通り、恐竜の多くは陸生動物であり、それゆえ海成層からは見つかりにくい。逆に言えば、海成層から(まとまった)恐竜化石が見つかる場合それ相応の理由がありそうである。ノドサウルス類がよく見つかること、小型鳥脚類や角竜、竜脚類、デイノニコサウルス類の化石が見つからないことには、少なからずこの話が関わっているように思われる。

 アパラチア産の恐竜が同時代のララミディア産の恐竜と比べて基盤的・原始的なものが多いことは、とりあえず島大陸状態だったアパラチア大陸が「レフュジア(待避地)」として機能したと考えればざっと説明がつくだろう。
(西部内陸海路が誕生したのはアルビアンごろのようだが、恐らくコニアシアンの頃までは島伝いにある程度行き来ができたということなのかもしれない。)

 “コエロサウルス”は予察的な研究(あくまでも予察的である。第一、“コエロサウルスの標本は脛骨だけなのだ)ではかなり派生的なオルニトミムス類とされている。このことは、カンパニアンの終わり~マーストリヒチアンの初めごろに西部内陸海路が閉じ、ララミディアの恐竜が流入してきた可能性を示している。実際に西部内陸海路はマーストリヒチアンの終わりには完全に閉じてしまっているようなので、このことと整合的である。
 “コエロサウルス”のほかに、ネーヴシンク層のランベオサウルス類なども流入組なのかもしれない。ただ、アパラチア産ランベオサウルス類は前肢だけしか知られておらず、詳しいことは分かっていない。

 白亜紀の末期にララミディアからアパラチアへ恐竜の流入があったのなら、その逆はどうなのだろう? はっきりした化石は見つかっていないのだが、何事にも例外はある。
 
 実のところ、ワイオミングのランス層(マーストリヒチアン後期、~6600万年前ごろ)から、cf.ドリプトサウルス sp.とされる歯化石が(複数)報告されている。いかんせん論文(Estes, 1964. Fossil vertebrates from the Late Cretaceous Lance Formation, eastern Wyoming.)にアクセスできないので何も言いようがないのだが、多少なりともドリプトサウルスの歯と類似性があったということなのだろうか。
 恐らくはティラノサウルスか何かの歯の誤認だろうが、それでもあえてドリプトサウルス属の可能性を指摘しているあたり、少し引っかかる。

 まとめにも何にもなっていないのだが、ひとまずアパラチアシリーズはこれで終わりである。ひとことでまとめるなら、多少マシになってきたとはいえまだまだわからないことだらけの大陸がアパラチアである。
 海成層が多かったり大規模な発掘サイトが存在しなかったり破片ばかりだったり、という状況は少なからず日本に通じるものがある。一般に「王国」として知られるアメリカの恐竜事情ではあるが、東側の状況は19世紀の半ばからさほど変わっていない。
 それでも、他の大陸との比較ができるようになってきただけ進展はあったと言えよう(多分に学問というのは、進展すればそれだけ謎が増えるものなのだ。多分)。今後2年余りのうちに正式記載されるであろう、アラバマ産のほぼ完全な基盤的ハドロサウルス類の頭骨に期待を込めて、シリーズの〆にしておこうと思う。