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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

トロサウルスの帰還

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 トロサウルスと言えば、ここ数年の騒動は記憶に新しい。トロサウルスのシノニム騒ぎが筆者に与えた影響は色々な意味で大きかったりもして、本ブログの立ち上げにけっこう絡んでいたりもする。
 そんなこんなで「トリケラトプスのジュニアシノニム」となる可能性がホーナーらによって指摘されたトロサウルスであるが、(いわゆるホーナー学派を除けば)今日でも一般に有効名として扱われている。化石の貧弱さ(トリケラトプスと比べてしまえば、だが)も相まってなにかとトラブルの種であるトロサウルスとその眷属について、やたら長くなるが振り返ってみたい。

 トロサウルスの最初の標本が発見されたのは19世紀も終わり近くのことだった。いつものようにワイオミングのランス層(マーストリヒチアン後期)でトリケラトプス探しに精を出していたハッチャーが発見したそれは、かなり侵食を受けていたもののとてつもなく長いフリルが保存されていた。
 頭頂骨には上部側頭窓のほかに大きな頭頂骨窓が存在しているようにみえ(マーシュのこの判断は正しかったが、実際のところこの標本YPM 1830に頭頂骨窓の縁は残っていなかったようである)、明らかにトリケラトプスのフリルとは異なっていた。
 さらに、ハッチャーは似たような頭骨をもうひとつ発見していた。YPM 1831のナンバーを与えられたこの標本には吻がほとんど残っていなかったのだが、フリルはYPM 1830より完全な状態で保存されていた。

 この2つの頭骨がトリケラトプスとは異なる新属であることを確信したマーシュは、「穴の開いたトカゲ」の属名―――トロサウルスTorosaurusの名を考え出した。YPM 1830(首から後ろの要素も見つかってはいるらしい)はフリルの特徴にちなんだ名(“幅広い”を意味するlatus)を付け、YPM 1831には鋭く伸びた鱗状骨の形態から“グラディウスgladius(おなじみ横スクロールSTG・・・ではなくて、ローマ帝国やらでおなじみの剣である。ちなみに筆者はR-TYPE派というか、グラディウスシリーズはやったことがない)の種小名を与えた。かくしてトリケラトプス・ホリドゥスから遅れること2年後の1891年、トロサウルス・ラトゥスTorosaurus latusトロサウルスグラディウスTorosaurus gladiusが誕生したのである。

 それから長い間、トロサウルスの化石が発見されることはなかった。しかし1935年になり、ユタのノース・ホーンNorth Horn層下部(マーストリヒチアン前期~中期?)で調査を行っていたスミソニアンの調査隊は、大きな角竜の部分頭骨を採集した。これを皮切りに、1939年までに複数の大型角竜の頭骨や体骨格が採集されたのである。中には、少なくとも3体の角竜からなるボーンベッドもあった。
 1946年になって、これらの角竜はギルモア(前年に亡くなっていたが)によって、アリノケラトプス属(?)の新種、アリノケラトプス?・ユタエンシスArrhinoceratops ? utahensisと命名された。頭骨が部分的だったためにアリノケラトプス属かどうかははっきりしなかったのだが、とりあえず新種であることは確実であるとみなされたのである。

 1944年の夏、サウスダコタのヘル・クリークHell Creek層(マーストリヒチアン後期)で待望のトロサウルス第3標本ANSP 15192が発見された。イェールの標本と比べるとずっと小さな頭骨ではあったが、吻とフリルの大部分が揃っている素晴らしい化石である。
 トロサウルスの3つの頭骨はいずれもかなり顔つきの違う代物(YPM 1831はかなり復元頭骨の問題もありそうではあるが)だったのだが、ANSP 15192の研究にあたったコルバートとバンプは、いずれも同一種―――T.ラトゥスであると考えた。従ってT.グラディウスT.ラトゥスのジュニアシノニムに収まった。1947年のことである。

 1970年代に入り、テキサスのハヴェリナJavelina層(マーストリヒチアン前期~中期)でも大型角竜の化石が産出するようになった。ハヴェリナ層で発見された頭頂骨TMM 41480-1はノース・ホーン層のアリノケラトプス?・ユタエンシスと同じ種に属するものとみなされ、さらにこの種はアリノケラトプス属ではなくトロサウルス属であると考えられるようになった。かくしてここに、トロサウルス・ユタエンシスが生まれたのだった。
 さらに、カナダのフレンチマンFrenchman層(マーストリヒチアン末期)でもトロサウルスと思しき巨大なフリルEM P16.1が発見された。ぺしゃんこに押し潰されたフリルだけで他の部位は発見されずじまいだったのだが、とりあえずsquamosal barが発達していたことなどからトロサウルスの一種とみなされた。

 そうは言ってもトロサウルス・ユタエンシスの頭骨はことごとく部分的であり(吻は一向に見つからなかった)、90年代になるとその有効性に黄信号が灯るようになった。ノース・ホーン層と同じララミディア南部にあたるハヴェリナ層やテキサスのマクラエMcRae層(マーストリヒチアン)、さらにはニューメキシコのカートランドKirtland層(カンパニアン後期)やオホ・アラモOjo Alamo層(マーストリヒチアン前期)からもトロサウルスらしき化石が発見されるようになってはいたのだが、そういうわけでこれらの化石の分類は揉めることになった。(一例をあげると、上の図のNMMNHのナンバーなし標本(マクラエ層産)はルーカスらによって(トロサウルス属をラトゥス1種のみとする説に基づき)トロサウルス・ラトゥスと断定された。一方でルーカスらは、この標本をT.ユタエンシスとみなすファルケの意見も紹介している。)
 そもそもこれらの化石は断片的であり、さらに言えばT.ユタエンシスだけでなくT.ラトゥスの形態さえ分かっていないところが少なからずあった(依然としてT.ラトゥスのフリルは不完全だった)。こうした要因から、とりあえず「ペンタケラトプスより新しそうなアメリカ南西部の角竜」はことごとくトロサウルス属にぶち込まれたのである。
 一方、モンタナではトロサウルス・ラトゥスの部分的な骨格が発見された。頭骨は不完全とはいえかなり完全なフリルを含み、そして完全な肩帯と前肢の大部分が揃っていたのである。この標本(MPM VP6841)の前肢は「がに股」に復元され、かなりの議論を呼ぶことになった(折しも、トリケラトプス“レイモンド”が発見された時期でもあった―――恐竜学最前線⑥および⑩を参照)。

 混沌の90年代が終わり、新たな進展があった。1998年から2001年にかけて、モンタナのヘル・クリーク層下部でトロサウルスの大きな頭骨が2つ発見されたのである。MOR 981はかなり潰れた頭骨ではあったが、長さは2.8mになるとんでもない代物であった。鱗状骨はほとんど失われていたものの、吻からフリルの後端まできっちり残っていた。MOR 1122はMOR 981と比べればやや小さく(それでも長さ2.5m)、吻も欠けていたが、全体として素晴らしい保存状態であった。初めて完全なトロサウルスのフリルが発見されたのである。
 また、コロラドのララミーLaramie層からトロサウルスと思しき角竜の部分骨格DMNH 17060も報告された。肝心の頭蓋骨は残っていなかったが、体骨格はトリケラトプスのそれとは異なるように見えた―――MPM VP6841といくつか共通点がみられたのである。

 こうして状態のよいトロサウルスの頭骨が(ようやく)発見されたことで、トロサウルスとされた標本の整理が可能となった。
 結果を簡単にまとめておくと、

トロサウルス・ラトゥスの確実な産出例はランス層とヘルクリーク層に限られる
トロサウルス・ユタエンシスと断定できる標本はノース・ホーン層産のみ

となる。フレンチマン層産のEM P16.1はトロサウルス属の可能性もあるが、新属の可能性も高いという。ハヴェリナ層やマクラエ層の標本は(トロサウルス・ユタエンシスの可能性も依然として残るが)トロサウルス属かどうかも怪しいほど断片的であるとみなされた。
 一方で、ハヴェリナ層から新たに見つかった角竜のボーンベッドTMM 41361(少なくとも亜成体2体と幼体1体からなる)をT. cf.ユタエンシスとする意見がある。頭蓋骨はフリルの破片しか見つかっていないが、体骨格にはMPM VP6841やDMNH 17060と共通する特徴がみられる。少なくとも「トリケラトプスではなくトロサウルスに近縁ななにか」であることは確かなようである。

 なんといってもセンセーショナルな話題(なまじトリケラトプス知名度も高かった)だっただけに、この話題は多くの誤解を生んだ。いちいちここで語っても情けない話ではあるが・・・。
 ホーナーとスキャネラによる主張をごく簡単にまとめると、

トリケラトプスは成長にともなって頭頂骨の裏に「くぼみ」が生じる。これはトロサウルスの頭頂骨窓と相同である
トリケラトプスの「成体」とされていた標本の上眼窩角の組織は成長を停止していない。従って「成体」は未だ成長の途上にある
トロサウルスの上眼窩角の組織の成長は停止している
・「トロサウルスの幼体」は未だに発見されていない

 これらのことから、ホーナーとスキャネラは、トロサウルストリケラトプスの老齢個体に過ぎないとした。トリケラトプストロサウルスとでは縁後頭骨の数に違いがみられるが、これは個体差や保存状態によるものとみなしたのである。また、ネドケラトプスはトロサウルスへの「中間段階」とした。
 この説は多くの議論を呼び、多数の反論が提出された。ファルケはネドケラトプスの独自性を主張し(もっとも、ネドケラトプスの有効性は反ホーナー学派でも意見が分かれるところである)、ロングリッチは「トロサウルスの亜成体」が少なからず存在していること、「中間形」が実際には存在しないらしいこと、そしてホーナーとスキャネラのサンプリングに問題があった可能性を指摘している。また、上眼窩角の微細構造が必ずしも成熟度の指標にはなり得ない可能性についても触れている。

 これらの議論は、結局のところ「トロサウルスの幼体」の頭蓋が発見されない限り終息することはないだろう。とはいえ、現状のもろもろを踏まえると、やはりトロサウルストリケラトプスとは異なる属であるように思われる。
 最近行われた系統解析では, トロサウルス・ユタエンシスがトロサウルス属から分離する可能性も示唆されている。あるいはトロサウルス・ユタエンシスはトロサウルス・ラトゥスとトリケラトプス・ホリドゥスを繋ぐ種なのかもしれない。結局のところ、「トリケラトプス以外」の白亜紀末期の角竜については、分からないことだらけなのである。

 ロングリッチによる反論以降これといって自説に触れてこなかったホーナー学派であるが、トリケラトプスの属内進化に関する論文(のSupplement)で意味深なことを書いている。いわく、
トリケラトプス(この場合トロサウルスを含む)における成長にともなう頭頂骨窓の発達具合には層準によって差がみられる。モンタナのヘル・クリーク層の下部(L3)産の標本(ホリドゥス)では成長にともなって徐々に頭頂骨裏のくぼみが発達するが、ヘル・クリーク層の中部(M3)や上部(U3)産の標本(プロルスス)では急激にくぼみが生じる
・この事実は、トリケラトプスの頭頂骨窓の発達が時代と共に後ろ倒しになっていった可能性を示唆する
・あるいは、もしトリケラトプストロサウルス異なるが近縁の分類群だった場合、古い時代のトリケラトプス(この場合ホリドゥス)はより基盤的な頭頂骨の特徴―――最終的に頭頂骨窓を生じる―――を発現するという可能性を示唆する
モンタナ産トロサウルス」の標本の大部分は、ヘル・クリーク層下部から産出している

 さらに言うと、この論文の中でさらりとスキャネラらは「癒合していない縁鼻角をもつ“トロサウルス型”トリケラトプス(MOR 3005)」を報告している。縁鼻角の癒合は角竜の成長において重要なファクターのひとつである(ふつう亜成体の間に癒合すると考えられている)。半ば自説を放棄しているフシがあるのだが、さてどうだろう。

◆追記◆
「マクラエ層産のトロサウルスらしきもの」はどうやら(新標本を加えて)新属新種となるらしい(出版自体はもう少し先になりそうな気配だが)。もっとも、ファーストオーサー(たぶん)の名前で猛烈な不安を覚えたのは筆者だけではないはずだ。