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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

δの鼓動

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↑Skeletal reconstruction of Deltadromeus agilis holotype SGM-Din2.
Scale bar is 1m.

 デルタドロメウスといえば最近(とはいえもう20年以上前になる)命名された恐竜ではあるのだが、復元骨格は時折見かける機会があり、また「三角州を走るもの」というなかなかの響きをもつ属名も相まってかそれなりの知名度をもつ。何と言っても(未だに)謎の多い北アフリカ白亜紀の中大型獣脚類のひとつということで、筆者が小さいころ(=命名直後)から図鑑で見かけたものである。
 そんなデルタドロメウスだが、ここ数年(実のところもっと前から)系統的な位置づけは混乱しており、その姿はおぼろげなものとなりつつある。骨格図で察していただけようが、つまるところデルタドロメウスの骨格は断片的なのである。

 1993年から北アフリカで活動していたセレノ率いるシカゴ大の調査隊(この時はまだプロジェクト・エクスプロレーションは立ち上がっていなかった)は1995年からモロッコ東部での調査をスタートさせた。モロッコ東部にはケムケムKem Kem層群(読者のみなさまは少なからずお世話になっているはずだ)があり、ここでは様々な脊椎動物化石の産出が知られていたのである。
 果たしてセレノの読みは大当たりで、1995年の調査でケムケム層群のアウフーAoufous層(セノマニアン;ざっと9500万年前ごろ)から2種の大型獣脚類が発見された。ひとつはカルカロドントサウルスと思しき大型獣脚類の部分頭骨――それまで知られていた最良の標本は第二次大戦で焼失していた――で、もうひとつはやたら細身の新たな中大型獣脚類――デルタドロメウス・アギリスであった。
 シュトローマ―隊以来となる北アフリカでの大型獣脚類の(比較的)まともな化石の発見は言うまでもなく大成果であり、さっそく翌1996年に(ごく簡潔な)記載が出版された。系統解析の結果デルタドロメウスはオルニトレステスよりも派生的なコエルロサウルス類となった――相対的に大きくなった烏口骨や大腿骨の低く長い第4転子、腓骨の裏側に存在する大きな孔の存在は、コエルロサウルス類にみられる特徴だったのである。

 かくしてデルタドロメウスはコエルロサウルス類の初期の放散の一例を代表するものとみなされるようになった。復元骨格には中大型獣脚類にふさわしい大きな頭が据えられ(何を参考にしたのか全く分からない代物である。首にせよ胴にせよ、特に何かを参考にした気配はない)、前肢はオルニトレステスのように長く復元された。こうして今日よく見るデルタドロメウスの復元骨格が完成したのである。
 が、命名から数年で基盤的コエルロサウルス類という系統的な位置づけは(セレノら自身によって)崩されることになった。ラウフットによる系統解析でオルニトミモサウルス類とされたりもしたのだが、ラジャサウルスの命名に際して行われた系統解析で、ノアサウルスやマシアカサウルスと多系統をなしたのである。

 その後行われた系統解析でもデルタドロメウスはケラトサウリアに位置付けられるようになり、この結果を受けて復元骨格の頭は「新型」に差し替えられる事態に発展した(「新型」はそこはかとなくリムサウルスを参考にしたようにみえる)。一方で、量産されて世界各地に散っていった復元骨格の頭は(今もなお)「旧型」であり続けたのである。
 もっとも、詳細な位置づけはともかくとしてデルタドロメウスの系統的な位置づけがとりあえず基盤的なケラトサウルス類で安定した――のは束の間であった。アルゼンチンで発見されたアオニラプトルAoniraptor(おそらく後者のジュニアシノニム)やグアリコGualichoの断片的な要素はデルタドロメウスと酷似していたのはいいとして、系統解析の結果これらの恐竜(三者を総合しても依然として部分的である上に首なしである)をメガラプトラないしそれと近い場所に置く意見が出てきたのである。メガラプトラを派生的なカルノサウルス類に位置付けるか基盤的なコエルロサウルス類に位置付けるかはこの系統解析でも真っ二つに割れ、状況は恐ろしく混乱することとなった。

 このあたりの問題を解決するためには、究極的にはより良い保存状態の骨格の産出を待つほかないのは言うまでもないことである。とはいえ、結局のところ、デルタドロメウスやグアリコ、アオニラプトルをメガラプトル類とみなす意見にはかなり問題があるようだ。目下、椎骨の関節面や大腿骨の転子のちょっとした特徴程度しか「非ケラトサウルス類的」な特徴は確認できないようである。今年に入って出版されたリムサウルスの成長過程における形態変化に関する論文において行われた系統解析では、やはり基盤的なケラトサウルス類に置かれている。
 現状デルタドロメウスは基盤的なケラトサウルス類、それも恐らくはノアサウルス類(ないしそれに近いもの)と考えた方がよいらしい。ノアサウルス類の頭骨はマシアカサウルスからリムサウルスまで非常に幅の広い形態変化がみられるわけだが、中大型獣脚類としてはあまりに細身なデルタドロメウスには強肉食性の頭骨はふさわしくないように思える。

 セレノらはシュトローマ―がバハリアサウルスBahariasaurusに同定したいくつかの標本(ホロタイプでない点に注意)をデルタドロメウスとみなしたのだが、実のところこれに関してはかなり微妙なところなようだ(少なくともシュトローマ―によってバハリアサウルスとされた標本のうちいくつかは何らかの(おそらく基盤的な)ケラトサウルス類ではあるらしいが)。現状で確実にデルタドロメウスといえる標本はホロタイプだけなのだが、それでもグアリコの発見によって多少状況はマシになったと言えそうだ。
 残された化石を見る限り、デルタドロメウスが高い走行性をもっていたのは確実である。テチス海に面したデルタを駆けるこの恐竜は何を追っていたのだろう。あるいは、何に追われていたのだろうか?