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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

王たちの冠

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Skeletal reconstructiopn of Guanlong wucaii IVPP V14531 (holotype).
Scale bar is 1m.

 広義のティラノサウルス類(ティラノサウルス上科)がカルノサウルス類――アロサウルスと同じ系統ではなく、コエルロサウルス類に位置付けられるようになったのは、恐竜の分類に分岐学的な手法が導入されてから少し経ってのことだった。そこから“アルクトメタターサリア”の解体にはまた時間を要したのだが、それでも2000年代の中ごろにはティラノサウルス上科をコエルロサウルス類の基盤的な位置に置く意見が固まっていたわけである。
 こうしたわけでティラノサウルス上科の「起源」がジュラ紀の中ごろまで遡れるらしいことも判明したのだが、なかなかこの手の問題は化石記録が追い付かないものである。――が、ティラノサウルス上科の場合そうはならなかった。2006年にあっさりグアンロンが記載・命名されたのである。

 西域――新疆ウイグル自治区といえばズンガル盆地なわけで、かの地における恐竜の研究は1928年のティエンシャノサウルスの発見までさかのぼることができる。その後もズンガル盆地に点在する様々な時代の地層から恐竜化石が発見され続け、1987~90年にはCCDPが輝かしい成果を挙げるに至ったわけである。
 CCDPの成果の一つが、ティエンシャノサウルスの産出した石樹溝Shishugou層(その名の通り、そもそもは化石林で著名な場所である)におけるジュラ紀中期末~後期初頭の恐竜群の新たな発見であった。この時代の良好な恐竜相の記録といえば他に四川省は自貢くらいしかなかったわけで、モリソンやテンダグルに代表される華のジュラ紀後期の前段階を知る上で非常に重要だったのである。そしてCCDPが終わってからの10年で恐竜の分岐分類は飛躍的に進歩し、上で述べた通り様々な「白亜紀型」の系統――鳥類も含む――の起源がジュラ紀の中ごろまでさかのぼれるらしいことが判明した。ここまで来ればズンガル盆地に白羽の矢が再び立つことは訳ない話で、IVPPやニューヨーク州立大などが手を組んで五彩湾――五色に彩られた荒野へと向かったのだった。
 2001年から2006年にかけて行われたこの調査の顛末は恐竜博2009を皮切りに日本でも広く(?)紹介・展示されたわけで、今さらここに詳しく書くこともないだろう。狙い通り進化学的に重要なポジションたりえる化石が続々と発見されたのだが、その中でも目を引いたのが「デスピット」――マメンチサウルス類の足跡か何かの成れの果てに埋まった骨格群であった。

 「デスピット」は根性で丸ごと掘り出され、そのうちのひとつTBB 2002については2004年の夏過ぎからクリーニングが行われた。直径ざっと2m、深さ1.5mほどの「落とし穴」から出てきたのは、下から順にリムサウルス2匹、未同定の小型獣脚類が2匹、そして2匹の基盤的ティラノサウルス上科――グアンロン・ウーツァイイだったのである。
 TBB 2002の最上層(つまり最後に「デスピット」にはまった格好になる)から産出したホロタイプIVPP V14531はTBB 2002に含まれていた化石の中では最大のもので、尾を欠いていたもののそれ以外はかなり完全な骨格が残されていた。そのすぐ下から産出した幼体IVPP V14532は、尾の後半が欠けている以外はほぼ完全な状態で保存されており、ここに基盤的ティラノサウルス上科の骨学的情報が一挙に集まったのだった。
 
 ティラノサウルス上科に属するとはいっても、グアンロンの見てくれはティラノサウルス科のものとは特に何も似ていない。頭骨と腰帯のいくつかの特徴はティラノサウルス上科に特有のものだが(サイズの割に頭骨が頑丈になり始めている、というのは色々と重要な兆しなのだろうが)、それ以外の特徴は基盤的コエルロサウルス類としか言いようのないものである。
 前肢にティラノサウルスの面影は微塵もなく(順序が逆だが)、「半」半月状手根骨をもつ割に第Ⅳ中手骨(!)が残っているあたりは色々と示唆的である。腰帯もかなり原始的な特徴を残しており(コエルロサウルス類とカルノサウルス類が根元でつながることを考えればしごく当然のことでもある)、このあたり基盤的ティラノサウルス上科というよりは基盤的コエルロサウルス類のなんたるかを示しているのだろう。

 当初ストケソサウルスとともにティラノサウルス上科の最基盤に置かれたグアンロンは、その後の(対象を増やした)系統解析で(ティラノサウルス上科の最基盤から分岐する)プロケラトサウルス科に収まった。プロケラトサウルス科内の分類は未だおぼつかないのが実情なのだが、それでもプロケラトサウルス類がジュラ紀中期~後期初頭のアジア内陸部からヨーロッパにかけて分布していたのは確実である。メガロサウルス類や基盤的なカルノサウルス類が君臨していた当時にあって、すでに中小型獣脚類としては確固たる地位を築きつつあったようだ。
 「直系」でないとはいえ、依然としてグアンロンはジュラ紀ティラノサウルス上科としては唯一ほぼ完全な化石が知られているものである。モノグラフの出版を控えているようでもあり(モノグラフの基礎となるであろう詳細な記載の掲載された博士論文はネット上で購読できる)、これからも色々と話題を提供してくれるはずである。

 その日、立ち上る死臭に釣られてか1匹の大きなグアンロンがぬかるみにはまり込み、そしてそこで死んだ。それからたっぷり9000万年経って遥か頭上を真正のティラノサウルス科が――それもおそらくはティラノサウルス属とごく近いものが通り過ぎていくことになるのだが、当然知る由もないことである。