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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

アドベの採れるところ

イメージ 1
↑Skeletal reconstruction of Bistahieversor sealeyi.
Adult based on holotype NMMNH P-27469 (skull only) and OMNH 10131.
Juvenile based on paratype NMMNH P-25049. Scale bar is 1m.

 6月である。6月の終わりに福井へ行かなければならない筆者なのだが、特別展は7月8日からなので、結局もういっぺん行かなければならないわけである(行かないという選択肢はこの場合ない)。7月8日から始まる福井県立恐竜博物館の特別展示の目玉のひとつが、今回紹介するビスタヒエヴェルソルである。

 やたら長ったらしい属名ナヴァホ族の言葉で「アドベの地層」を意味するbistiとギリシャ語の「破壊者」であるeversorを合体させている)のせいであまり定着している感じのないビスタヒエヴェルソルが命名されたのは2010年のことで、いわゆる「南方系」のティラノサウルス類の皮切りとなった・・・のだが、実のところビスタヒエヴェルソルはそれ以前から一部業界では有名であった。というのも、ビスタヒエヴェルソルが新属新種として記載される以前から、盛んに(ホロタイプ以外の)図版は出回っていたのである。
 ビスタヒエヴェルソルが産出したのは、ニューメキシコはサン・フアン盆地のフルートランドFruitland層およびカートランドKirtland層(カンパニアン後期;ざっくり7500万~7300万年前)である。この地域は20世紀初頭から盛んに発掘が行われており、それゆえティラノサウルス類が「全く」出ないということはありそうもない。事実、多数の歯を始め、1916年には見事な歯骨が見つかったりもしている―――のだが、なかなか属・種レベルの特徴を保存している化石は見つからなかった。

(完全に余談であるが、上述の歯骨USNM 8346が産出したカートランド層の最上部デ・ナ・ジンDe-na-zin部層では、今もってビスタヒエヴェルソルを含め種レベルの特徴を保存したティラノサウルス類の化石が見つかっていない。直下のファーミントンFarmington部層でビスタヒエヴェルソルが産出していることからして、おおかたUSNM 8346はビスタヒエヴェルソルではあるだろうが…。ギルモアは1922年にアラモサウルスを命名する際、何を思ったかUSNM 8346がドリプトサウルスないしディナモサウルスに属する可能性を指摘していたりする。さすがに1935年にはゴルゴサウルス属であると考えていたようだが。。。)

 時は流れて1980年代後半、当時絶好調だったレーマンオクラホマの収蔵庫で埃をかぶっていたある標本に目を留めた。1940年に採集されたきりになっていたその大きなティラノサウルス類の骨格は、サン・フアン盆地産(フルートランド層の上部なのかカートランド層の下部なのかははっきりしない)の標本としては最も状態がよかったのである。
 カーペンターと共同で研究されることになったこの標本OMNH 10131は、当時知られていたいかなるティラノサウルス類とも似ていなかった。―――ただひとつの例外を除いては。

 80年代後半には、すでに獣脚類の属・種の整理が始まりつつあった。ポールによる過激ではあるものの(例外も多かったが)割と適切でもあった再検討もあり、いくつかの忘れられた獣脚類が表舞台に返り咲いていた時期でもあった。
 アウブリソドンといえばもはや説明不要でもあろうが、80年代末にはいくつかの部分的な骨格がアウブリソドンのものとみなされるようになっていた。「ジョーダンの獣脚類」ことLACM 28471(のちのスティギヴェナトル―――現ティラノサウルス)と、TMP 80.16.485(現ゴルゴサウルス)である。
 OMNH 10131はいくつかの歯と頭骨の断片、恥骨のブーツ、そして部分的な後肢からなっていた。うち、前上顎骨歯はアウブリソドンに瓜二つ(鋸歯がない)だった。また、前頭骨もLACM 28471やTMP 80.16.485と共通するノッチがみられた。従って、レーマンとカーペンターは嬉々としてOMNH 10131をアウブリソドンcf.ミランドゥスとした。1990年のことである。

 1992年にはナヴァホ居留地に露出するカートランド層のファーミントン部層からティラノサウルス類の幼体の部分的な骨格NMMNH P-25049が報告され、さらに98年には大きなティラノサウルス類の骨格NMMNH P-27469が発見された。これらの標本はOMNH 10131ともども2000年にまとめて図示され、OMNH 10131は「Daspletosaurus sp.」に、NMMNH P-25049は「Daspletosaurus sp. nov.」に、そしてクリーニングがろくに進んでいなかった(現在進行形)NMMNH P-27469は「cf. Daspletosaurus sp.」とされた。

 その後のクリーニングの進展で、NMMNH P-27469の(多少潰れてはいるものの)完全な頭骨が姿を現した。クリーニングはまだ終わっていなかった(頭骨の他に腰帯や後肢が残っているというのだが、現在までクリーニングは終わっていないようである)が、もはやダスプレトサウルスではない新属新種のティラノサウルス類なのは明らかであった。かくして2005年のカーの博論を経て、2010年にNMMNH P-27469をホロタイプとしてビスタヒエヴェルソル・シーリーイBistahieversor sealeyi命名されたのである。OMNH 10131やNMMNH P-25049もビスタヒエヴェルソルとなり、この辺の問題は解決されることとなった。

 元々ダスプレトサウルス属とされていただけあってか見るからに頑丈な作り(中足骨は同サイズのゴルゴサウルスよりだいぶごついようだ)のビスタヒエヴェルソルではあるが、原記載における系統解析ではドリプトサウルスやアパラチオサウルス、アリオラムスおよびティラノサウルス科と見事な多分岐になってしまった。
 カーやブルサッテによる系統解析では、ビスタヒエヴェルソルはその後も(多分岐こそ解消されたが)ティラノサウルス科の姉妹群にに留まり続けている(リスロナクスの原記載の際にローウェンらによって行われた系統解析ではダスプレトサウルスよりも派生的とされたが、ブルサッテとカーはデータマトリクスに問題アリとして一刀両断した)。
 ゴルゴサウルスよりも基盤的らしい(時代はむしろ新しいが)ビスタヒエヴェルソルがより「ティラノサウルス的」ながっしりした体つきであるらしい点は割と示唆的でもある。また、頭骨は攻撃力を強化しようとしたらしい作り(複雑化した縫合線や、下顎の「ロック構造」、ポールがやらかした矢状稜の「角」など)がみられ、このあたりはティラノサウルス科に先んじて(?)独立して獲得した形質のようにも思われる。もっとも、これは成長段階によるものの可能性もあり、やはりまだまだ(ゴルゴサウルスにせよビスタヒエヴェルソルにせよ)標本が必要である。
 テラトフォネウスやリスロナクスが記載されたとはいえ、依然として(少なくとも頭骨に関して言えば)ビスタヒエヴェルソルはララミディア南部のティラノサウルス類としては最も骨格の知られたものである。ティラノサウルス類の進化や地理的分布の変遷を議論していく上で今後も大きな役割を果たしていくだろう。