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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

謎の涙骨

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↑Tyrannosaurid lacrimals in right lateral view. 
A, ?Tyrannosaurus sp., CM 9401; B, Tyrannosaurus rex, CM 9380;
C, Tyrannosaurus rex, MOR 1125; D, Tyrannosaurus rex, MOR 555;
E, Tarbosaurus bataar, ZPAL MgD-I/41; F, "Daspletosaurus" sp., MOR 590;
G, Gorgosaurus libratus, TMP 91.36.5002;
H, Albertosaurus sarcophagus, TMP 81.10.12.
From Urban and Lamanna (2006)

 アメリカはモンタナ州に分布するジュディス・リバー層(カンパニアン中期~後期;8000万~7500万年前ごろ)は、北米で初めて恐竜化石が(恐竜化石と認識されて)発見された地層である。ここから見つかる角竜の分類のカオスっぷりは散々書いた(懲りずにまた書きたい)ので、読者のみなさまは多分思い当たる節があるだろう。
 さて、1903年の夏、マーシュの犬ことハッチャーはモンタナのウィロー・クリーク(アルバータの同名の地層とは無関係)でフィールドワークに精を出していた。相変わらず絶好調のハッチャー(しかし翌年腸チフスで無残に他界)と相方のスタンストンは「ステレオケファルス(=エウオプロケファルス)の皮骨らしきもの」を発見し、カーネギー自然史博物館のアターバックを派遣して採集にあたらせた。
 アターバックがそこでかき集めた化石の中には椎骨や肋骨、恥骨などが含まれており、もはや恐竜でないことは明らかだった。ハッチャーらが発見したのは巨大なワニだったのである。ハッチャーの死後の1909年にこの化石(CM 963)を模式標本として、デイノスクス・ハッチャーリDeinosuchus hatcheriが記載されたのだった。
(その後、D.ハッチャーリはポリプチコドン・ルゴススのシノニムとなった。お気付きの方もおられるだろうがポリプチコドン属はワニではなくクビナガリュウであり、従ってデイノスクスの属名は生き残って今日に至っている)

 ところで、CM 963には、記載されずに終わった妙な骨が含まれていた。1983年になってデイル・ラッセルがこの骨がティラノサウルス類の涙骨であることを指摘し、CM 963から分離させて新たな標本ナンバーCM 9401を与えた。
 CM 9401は上の図にある通り、ティラノサウルス・レックスの涙骨に酷似している。ティラノサウルス・レックスよりたっぷり700万年は古いにも関わらず、である。しかしジュディス・リバー層からの産出を疑問視したのか、1990年にモルナーはCM 9401をランス層産のティラノサウルスの部分骨格CM 1400の一部とみなしたのだった。

 もしCM 9401がジュディス・リバー層から産出したのが確かなら、かなり大きな意味をもつ。カンパニアン中期~後期のティラノサウルス類(“ダスプレトサウルスの新種”2種やゴルゴサウルスなど)はせいぜい全長9m程度なのだが、CM 9401は明らかに全長11m超級のティラノサウルス類である。形態もT.レックスに酷似しており、ティラノサウルス属である可能性が考えられる(年代からするとT.レックスとは少々考えにくい)。部分的な涙骨だけとはいえ、ティラノサウルス類の進化を考える上で大きな存在となりうるのである。

 とはいえ、CM 9401がジュディス・リバー層から産出したとすんなり決めつけるわけにもいかないようだ。なにしろ、記載論文には図も何もないのである(一応、 "bones of the skull, which furnish no contacts"が見つかっているという記述はある。ただ、ティラノサウルスの涙骨をワニの頭骨要素(ないしそれ以外の骨)と誤認はしそうにない)。
 また、アターバックはハッチャーに呼び出される前にモンタナのヘル・クリーク層で発掘をおこなっていたという話もある。カーネギーの収蔵庫で化石が混じってしまったという話はいかにもありそうだ。
 もっとも、CM 9401の保存状態はCM 963の保存状態と似通っており、同じサイトから見つかったと考えて矛盾はしないようだ。カーネギーに収蔵されているヘル・クリーク層産の化石の保存状態はいずれもCM 9401とは似ていないという。

 結局のところ、CM 9401がジュディス・リバー層から見つかったのかどうかについて確実に判断する術は(現状)ない。ジュディス・リバー層にティラノサウルス属ないしそれとよく似たティラノサウルス類が存在していたかは、今後の発見を待つしかないだろう。