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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

血だまりを越えて

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↑Skeletal reconstruction of Lythronax argestes holotype UMNH VP 20200.
Scale bar is 1m.

 ユタ州といえば、コエロフィシスからアラモサウルスまで非鳥類型恐竜の生存期間の大半をカバーするだけの化石が産出している。北米全体を見渡しても、ユタ州に分布する地層でのみ確認されている恐竜相は少なくなく、北米(ひいては世界)の恐竜を語るうえで、ユタ州を避けて通ることはできないといっていいだろう。
 ユタ州の下部白亜系(例えばシーダー・マウンテンCedar Mountain層)から産出する恐竜化石はここ20年あまり大きな注目を集めてきたが、最近になって上部白亜系(の上部)も脚光を浴びるようになってきた。本ブログでも何度か取り上げてきたカイパロウィッツKaiparowits層(カンパニアン後期;およそ7700万~7400万年前ごろ)や、その下位にあるワウウィープWahweap層(カンパニアン中期;およそ8100万~7700万年前)である。
 
 ワウウィープ層では(カイパロウィッツ層とは対照的に)まともな恐竜の化石の産出が最近までほとんど知られておらず、獣脚類に至っては90年代末の時点で知られていたのはティラノサウルス類やデイノニコサウルス類の歯ばかりであった。2000年にはユタ大学主導で「カイパロウィッツ堆積盆プロジェクト」が始まったが、依然としてワウウィープ層からまともな獣脚類の化石は出てこなかったのである。
 しかし2009年に状況は一変した―――ワウウィープ層中部部層の下部(カンパニアン中期;8000万年前)からティラノサウルス科の部分骨格が発見されたのである。この標本UMNH VP 20200は、「まとも」なティラノサウルス科の化石としては北米最古の代物だった。

 かくして、2013年にUMNH VP 20200を模式標本としてリスロナクス・アルゲステスが命名されたのは読者の皆様にはとうの昔にご存知のとおりである。ビスタヒエヴェルソル(ビスタヒの破壊者、の意)やテラトフォネウス(おぞましい殺人者、の意)といった近々に命名されたティラノサウルス類に対抗してか(どちらも命名はカーである)、ローウェンらはUMNH VP 20200に「流血王」の属名を与えたのであった。
 UMNH VP 20200はかなり部分的な骨格ではあったが、頭蓋天井はともかくとして(前頭骨は残っているが)頭骨はそれなりに残っており、保存状態も(割と風化してはいるのだが)まずまずといったところである。
 リスロナクスの部分的な頭骨はいくつかの重要な特徴を保存しており、ティラノサウルス科の進化について大きな問題提起となった。部分的ではあるものの、残されていた頭骨要素はリスロナクスの後頭部の横幅が広いこと―――既知のカンパニアンのティラノサウルス科にはみられなかった特徴―――を示していたのである。さらに、リスロナクスの上顎骨歯は顕著な異歯性を示しており(これほどまでの異歯性はティラノサウルスでもなかなかみられない)、上顎骨歯も11本と(その辺のティラノサウルスより)少ない。眼窩の後縁のつくりも非常にがっしりしており、どう復元しても非常にいかめしい顔になる。
 体骨格についてあれこれ書けることはさしてないのだが、リスロナクスの恥骨ブーツはやたらと大きく、かなりがっしりした体型だったらしいことを示している。UMNH VP 20200の全長は7.5mほどであり(とりあえず未成熟らしい積極的な証拠は何もない)、ティラノサウルス科としては中型を通り越して小型といってもよさそうなサイズである。にも関わらず、リスロナクスは相当ごつい体格だったらしい。

 さて、リスロナクスの原記載論文に示された頭骨復元図はやたらごつい―――のはいいとして、変形のひどかった上顎骨を妙に高く復元しているのと、(それに合わせて)欠けている方形頬骨をテラトフォネウスの亜成体をモデルとして補っていることもあり、後頭部の高さが異様に高くなっている(結果的に後眼窩骨が無残な形に描かれている)。目下追加標本が知られていない以上、きちんとした復元はどうやっても無理なのだが、後頭部の高さは原記載よりも低くしておいた方が現状無難そうだ。
 ガストン・デザインによるリスロナクスの復元頭骨は(とりあえず一見する限りでは)このあたりかなりしっくり来ているようにみえる。一方で復元骨格の体部の大半はテラトフォネウスのホロタイプの復元骨格からの流用であるらしく、このあたりは(いつもどおり)注意を払うべきだろう。

 原記載における系統解析では(アリオラムスをティラノサウルス科の外へ吹き飛ばしつつ)ティラノサウルス+タルボサウルス―ズケンティラヌスクレードと姉妹群(=ダスプレトサウルスより派生的)とされたリスロナクスであるが、ブルサッテとカーによる直近の系統解析(本ブログですでに何度も触れた)ではダスプレトサウルスの「手前」に置かれている。いずれにしてもティラノサウルス科の中ではかなり派生的なものとみなされており、年代と相まってティラノサウルス科の進化を考えるうえで重要である。
 一方で、顕著な異歯性を示すやたら少なくなった上顎骨歯などは、本種が派生的なティラノサウルス科であることを考えても少々妙な特徴である。こうした特徴は、つまるところリスロナクスが「傍系」であることを示しているのかもしれない。

 ララミディアの中部カンパニアンからリスロナクス―――妙に派生的らしい特徴をもつ―――が産出したことは、ティラノサウルス科の進化が(アリオラムス類を抜きにしても)かなり複雑であったらしいことを示している。サントニアンや下部カンパニアンでもいくつかのティラノサウルス類の部分骨格(例えば“オルニトミムス”・グランディス)が知られているが、このあたりにもリスロナクスのような独特のものが紛れているのかもしれない。