クリトサウルスKritosaurusとグリポサウルスGryposaurusは色々とややこしい歴史を潜り抜けているのだが、いささかマイナーなのが寂しいところである。これらクリトサウルス族Kritosauriniはカンパニアン全体に渡って北米で大繁栄(した末に南米へ渡った)したグループであり、グリポサウルス属などは3種+αを抱える大所帯(?)でもある。リノレックスRhinorexが記載された時にまとめて記事にすればよかったような気もするのだが、そういうわけでクリトサウルス族について、ざっと紹介したいと思う。
グリポサウルス・ラティデンスGryposaurus latidens
きれいだったころのホーナーの代表作(?)である。アメリカはモンタナ州、トゥー・メディスンTwo Medicine層下部(カンパニアン中期:8060万年前~7700万年前ごろ)から、複数の頭骨や体骨格が産出している。
完全な頭骨はまだ見つかっていないのだが、とりあえずクリトサウルス族の中ではかなり顔が長い方である。もともとクレストはかなり低いとされていたが、個体によっては(成長段階によっては?)ほどほどに高く発達する。図のクレストは高いタイプである。
ハドロサウルス科の中でも最古級の一角を担う本種であるが、実のところサウロロフス亜科のなかでも非常に派生的な種でもある(グリポサウルス属の中では一番基盤的な種ではあるが)。このことは、ハドロサウルス科の出現がサントニアンのかなり早い時期にさかのぼれる可能性を示している。
グリポサウルス・ノタビリスGryposaurus notabilis
一般にグリポサウルスといった場合は本種のことを指すような気がする(そもそもグリポサウルスの知名度がそこまで高くない点には突っ込んではいけない)。カナダはアルバータ州、ダイナソー・パークDinosaur Park層下部(カンパニアン中期~後期:7660~7600万年前ごろ)から、多数の良質な化石(皮膚痕を含む)が産出している。
頭部は前後に長く、クレストはほどほどに発達する。クレストの発達が弱いとされるグリポサウルス・インクルヴィマヌスG. incurvimanusは、今日もっぱら本種のシノニム(幼体~亜成体)とされている。
本種は化石記録がクリトサウルス族で最も豊富であり、かつクリトサウルス属だった時代が長かった(ざっと80年近く)ためか、クリトサウルス属の代表として取り上げられている場合がよくあるので注意が必要である。(例えば、K.アウストラリスも、K.ナヴァホヴィウスではなく本種との強い類似性が指摘されていたためにクリトサウルス属とされていた。)
グリポサウルス・モニュメンテンシスGryposaurus monumentensis
頭骨は前後に短めであり、高いクレストも相まってかなり丸顔の印象が強い。
カイパロウィッツ層からは本種の他にグリポサウルス属と思しきものが2種知られており(年代はオーバーラップしない)、そう遠くないうちに新種となるかもしれない。
リノレックス・コンドルプスRhinorex condrupus
名前負けが半端ない気もする(特にクリトサウルス族の中でクレストが発達しているわけでもないし、大型種というわけでもない)が、とにかくこういう属名である。アメリカはユタ州のネスレンNeslen層(カンパニアン後期:7500万年前ごろ。ちなみに海成層である)から、1個体分となる頭骨の大部分と部分的な体骨格(皮膚痕を含む)が知られている。
種としての独自性はともかく、属自体はグリポサウルスのシノニムとすべきという意見もある。もっと状態のよい標本が見つかれば、(どっちに転ぶにせよ)もう少しはっきりするだろう。
クリトサウルス・ナヴァホヴィウスKritosaurus navajovius
アメリカはニューメキシコ州、カートランドKirtland層のデ・ナ・ジンDe-na-zin部層(カンパニアン後期:7400万~7300万年前)から、頭骨の大部分やいくつかの部分的な骨格が知られている。
模式標本(にしてもっとも状態のよい頭骨)は鼻骨から前上顎骨にかけての大部分が欠けているのだが、クレストはグリポサウルスと比べるとそこまで目立たなかったようである。グリポサウルスをシノニムとして長く吸収していたが一転疑問名になりかけたりと、苦労の多い模式種(?)でもある。グリポサウルスと比べると標本の質・量ともに劣り、わかっていない部分も多い。
“ナアショイビトサウルス・オストロミNaashoibitosaurus ostromi"
カートランド層のデ・ナ・ジン部層から、部分的な頭骨(かつてホーナーによってK.ナヴァホヴィウスの新標本とされていたもの。一瞬エドモントサウルス・サスカチュワネンシスE. saskatchewanensisとされていた(!))ひとつだけが知られている。オホ・アラモ層のナアショイビト部層(マーストリヒチアン前期~中期)からの産出ではない(誤認)点に注意が必要である。
部分的、それも未成熟らしい頭骨に基づいているため、本種の位置付けは微妙なところである。K.ナヴァホヴィウスの亜成体とする意見もあるが、独自の属・種とする意見も根強い。
“アナサジサウルス”・ホーナーリ "Anasazisaurus" horneri
ナアショイビトサウルスと同じく、元はホーナーによってK.ナヴァホヴィウスの新標本とされていた頭骨のみから知られている。カートランド層のファーミントンFarmington部層(7350万年前ごろ)からの産出である。
すらりとした頭骨とクレストが特徴的な本種(個人的に、サウロロフス亜科の中ではこいつがダントツにかっこいいと思っていたりもする)だが、やはり標本が部分的(かつ状態もいまいち)なため、クリトサウルスのシノニム疑惑が付きまとう。系統解析ではK.ナヴァホヴィウスの姉妹群とされており、クリトサウルス属の有効な種(クリトサウルス・ホーナーリ)とされることが多いようだ。
ビッグベンドの未命名種
セケルノサウルス・コーネリSecernosaurus koerneri
南米で根を下ろしたクリトサウルス族のひとつが本種である。いわゆる南米産クリトサウルス(K.アウストラリスaustralis)は本種のシノニムとされており、従って部分的な頭骨を含む全身の大部分が知られている。アルゼンチンのバヨ・バレアルBajo Barreal層上部部層(カンパニアン~マーストリヒチアンのいつか)からの産出である。
肝心の頭骨は後頭部しか残っていないらしいのだが、とりあえず、クリトサウルス族に典型的な鼻骨のクレストをもっていたのはほぼ確実だろう。
恐ろしくざっくりしたまとめなのだが、とりあえずクリトサウルス族はこんな感じの連中である。ハドロサウルス類としてはそこまで大きくはない(最大で8m程度)連中なのだが、カンパニアン中期の初めごろから終わりいっぱいまで北米の「主力」を務めたグループでもある。エドモントサウルスに押されるようにして北米からは退場したものの、新天地でそれなりに繁栄してるあたり、なかなか(?)である。
◆追記◆
セケルノサウルスの姉妹群とされていたウィリナカケWillinakaqeはどうも複数種のハドロサウルス類のキメラらしい可能性が指摘されている。