さて、初版(筆者のようにうっかり出版社違いで2冊買ったかわいそうなお友達も大勢いるはずである)をお持ちの方にはご存知の通り、「The Princeton Field Guide to Dinosaurs」は良くも悪くもポール全開の本である。要するに色々な意味でそのまま受け取るわけにはいかない本だというのは、年季の入った古生物ファンの方には多分周知のことだろう。いつものポールの本だと思ってかかればどうということはない。
とはいえ、90年代は遠くなった現在(筆者もいい加減齢を取るはずである)、ポールの本と聞いてピンとくる方は必ずしも多くないだろう。というわけで、書評というか、「The Princeton Field Guide to Dinosaurs」とうまく付き合うための方法のようなものを適当に書いておきたいと思う。洋書とはいえ別に大した文章量というわけでもないし、もろもろの理由からむしろ本文は手を抜いて読むべきともいえ、少なくとも手に取るまでのハードルは低い本である(日本国内の感覚からすればこの手の本にしては破格の安さでもある)。だからこそ、付き合い方のガイドのようなものをクソ長くなるが(適当に)書いておきたい。とりあえず初めにはっきりさせておきたいがこの本は「買い」である。
はじめに肝心の骨格図について書いておくと、全体として初版からかなり増量されており、結果としてかなり広い時代・分類群をカバーしている。初版の発行以降に命名された複数の恐竜について骨格図が描き下ろされている(筆者が死ぬほど苦労したユティラヌスもさらっと載っている)だけでなく、例えばマジュンガサウルスのように、頭骨図だけしか掲載されていなかったようなものについても全身の骨格図が掲載されている。また、ティラノサウルスやトリケラトプスは90年代から慣れ親しんだバージョンはカットされており、代わりに新顔(スタン―――これまでほとんど露出がなかった―――や初めて見るケルシー)が掲載されている。さらに、旧版から修正されているものもいくつか存在する。
で、問題は(ポールとの付き合いの長い読者の方には言うまでもないが)ここからである(ここから下に書くことは基本的に旧版にも共通することであるし、さらに言えばポールの著書全般に通ずる話でもある)。
本書はグレゴリー・ポールの本であり(言うまでもないことなのだがキモでもある)、従って「独自の」分類名称を用いている場合が少なくない。この問題に関してはポールに先見の明が少なからずあったことは確かである(例えば肉食恐竜事典で提唱されたメトリアカントサウルス科、そしてご存知ギラファティタン属など)が、分岐分類学の視点に立っていないケースが少なくなく(ここではもろもろの「古生物の分岐分類学」の問題については触れない)、そのまま受け入れるにはかなり問題のある代物である。本文を読めばお分かりいただけるだろうが、少なくとも今日一般的に受け入れられている説とはかなり乖離したものもあり、このあたりについては(少なくとも)慎重に捉えるべきであろう。
ポールがランパーとして悪名高いのは今更言うまでもないが、このあたりについても(これまでに出版された)系統解析の結果を反映していないケースはザラである。従って、本書(に限らずポールの著書全般)における分類は「ポール式」であることに十二分に留意する必要がある。分類については別の本を読むか、英語版wikipediaあたりにでも泣きつくべきだろう。
骨格図そのものについては、例によってアーティファクトが明示されていないケースが少なくない。欠けている椎骨や指骨を前後の骨から「妥当な程度に正確に」復元することができるケースは少なからず存在するが、これはあくまでも「近縁種を含めてある程度以上」の椎骨や指骨が知られているケースに限定される。
また、コンポジットで復元されているものについては内訳が明示されていない(肉食恐竜事典では明示こそされていないが、コンポジットであることについて注意を促す記述があったりしただけに残念なところではある)。本書の場合(「フィールドガイド」という体裁上の都合か)骨格図のベースになった標本は(コンポジットであろうとなかろうと)示されておらず、従って別の資料・文献を参照する際に支障を来すケースは少なくなさそうである。いくつか「謎の」骨格図(たとえば「ポール式分類」によって新種とみなされた「未命名の」骨格図)については、予備知識なしでは(ありでも)素性を知ることさえ困難そうである。また、スケールバーは示されておらず、このあたりも厄介である(もっとも、ポールによる全長の推定の妥当性には古くから定評があり、必ずしもスケールバーが存在しなくても困らない場合もあるだろうが)。
要するに、ポールの骨格図(そして本文そのもの)を参照する際は、何らかの資料(論文が望ましい)による「裏取り」が必須である(別にポールの骨格図には限らないし、本ブログは言うまでもない)。が、本書のつくりはある種裏取りを拒絶するものであり、一筋縄ではいかないケースが多発するだろう。もっとも、本書の裏取りができるようになれば、そうそう怖いものはなくなっているはずでもある。一応、初版掲載の恐竜についてはポールの公式サイトに掲載されているデータの一覧新版に合わせて追加されたデータ(やたら読みづらいがここで参照すべきは標本番号と大腿骨の長さ「だけ」である)が裏取りの参考になる。
本書のデータ部分―――産出層や時代については明らかなミスが散見される。また、いくつかキャプションが(部分的に)入れ替わっている箇所があり、このあたりは割と致命的でもある。もっとも、これらは「裏取り」で解消できるだろう。
初版から言えることであるが、本書はやたら誤字脱字が多く(レイヤー順がおかしなことになっているためか、骨格図の端が切れているものもいくつかある)、このあたりも「裏取り」の支障になりかねない。もっとも、インターネットで検索する分にはおおよそカバーできるだろうが。。。
延々書いたが、要するに本書を「使う」にあたっては、論文などの一次文献か、最低でも信頼のおける二次程度の資料を脇に置いておくことが必要になる。もっとも、繰り返しになるが、このことは本書に限らないだろう。骨格図は常に(いかなる標本に基づいていても)アーティファクトが含まれることは避けられず、それはいかなる作者の場合も同じことである。
本書は改訂第2版ということもあり、恐竜の形態・復元について統一されたフォーマット―――ポール式骨格図(開拓したのは師たるバッカーだが確立したのは紛れもないポールである)―――でもっとも広く俯瞰できる本となっている。また、つまるところ同時に「復元の危うさ」についてもっとも広く俯瞰できる本でもある。
本書は「裏取り」が深刻なレベルで必要な点を差し引いても(むしろそれを含めて)資料としては非常に大きな意味をもっている本であり、使いこなせればこれ以上ない本となるだろう。なんといってもポールの新作でもあるし、筆者に端から選択の余地がなかったことは言うまでもない。
嘆くべきは本書の抱えるもろもろの問題点ではなく、アメリカでは本書がたった35ドルで売られていることであり、もはや邦訳がビジネスとして成立しなくなった日本の恐竜「市場」である。最後にもう一度だけ書くと、本書は「買い」である。