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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

赤い屋根の大きなお家

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↑Skeletal reconstructions of North American stegosaurids.
Top to bottom,
Stegosaurus stenops largely based on holotype USNM 4934;
S. ungulatus largely based on holotype YPM 1853,
paratype YPM 1858 (holotype of S. "duplex") and CM 41681,
scale for YPM 1853;
S?. sulcatus holotype  USNM 4937;
Hesperosaurus mjosi holotype HMNS 14 (now housed on FPDM);
Alcovasaurus longispinus holotype UW D54 (UW 20503).
Scale bar is 1m.

 本ブログでは扱いのやたら悪い剣竜であるが、これは要するに意外なほど「骨格図向き」の資料がないことに起因する。そうはいっても記事として書くべきネタはあるわけで、悩ましいところでもあったりする。
 ここ数年で北米産のステゴサウルス類(いずれもモリソン層産だが)の分類学的研究は大きく進み、そして2つの研究グループのはっきりした意見対立―――一方はステゴサウルス属をステゴサウルス・ステノプスStegosaurus stenopsとステゴサウルス・ミオシStegosaurus mjosiとみなし、もう一方はより古典的な見方を示した―――を呼んだ。現時点で「落としどころ」は定まっていなかったりするのだが、とりあえず(いつも通りgdgdと)書いておきたいと思う。
 先に断っておくと、モリソン層は全体で実に1000万年近い時間をかけて堆積した地層である。モリソン層は4つの部層に細分され、それぞれの名称と年代(割とガタガタなのであまり信用しないこと。とりあえず主にウテオドンUteodonの原記載で挙げられていた値に基づいておく)

ブラッシー・ベースンBrushy Basin部層(陸成;1億5000万~1億4680万年前ごろ)
ソルト・ウォッシュSalt Wash部層(陸成;1億5400万~1億5000万年前ごろ)
ティッドウェルTidwell部層(主に海成;1億5400万~1億5550万年前ごろ)
ウィンディー・ヒルWindy Hill部層(主に海成;1億5630万~1億5550万年前ごろ)
 
のようになっている。


◆“ステゴサウルス・アルマトゥスStegosaurus armatus
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↑Skeletal reconstruction of "Stegosaurus armatus" holotype YPM 1850.
Scale bar is 1m.

 言わずと知れたステゴサウルス属の模式種…だったのは昔の話で、いきなりの“”で察していただけただろうが、今日本種は疑問名とみなされ、ステゴサウルス属の模式種の座をステゴサウルス・ステノプスに譲っている。上の図を見ていただければわかる通りホロタイプYPM 1850は部分的であり、(マーシュには知る由もなかったが)ステゴサウルス科であるといえる以上の情報をもたない。YPM 1850の産地は「レイクスの第5クオリー」(コロラド;ブラッシー・ベースン部層上部の下部)である。
 かつて本種とみなされていた多数の部分骨格は今日一般にステゴサウルス・ウングラトゥスとされている。本種もS.ウングラトゥスと同じ分類群ではありそうなのだが、いかんせん判断する術はない(ので疑問名である)。

◆ヒプシロフス・ディスクルスHypsirhophus discurus
 例によっていくつかの椎骨と肋骨の破片だけに基づきコープが1878年命名した剣竜であるが、実のところ今日でも「一応」疑問名ではなく有効な種とされている(ステゴサウルスのシノニムにするかどうかは別の問題である)。カーペンターとガルトンに曰く、椎骨に見られるいくつかの細かな特徴(肉付けして表に出るものではない)はとりあえずステゴサウルス・ステノプスやS.ウングラトゥス(の既知の標本)とは異なっているという(一方でメイドメントはこれを個体変異の範疇とみなし本種をS.ステノプスのシノニムとした。こちらの方がもっともらしい話ではある)。
 ホロタイプAMNH 5731の産地はコロラドのキャニョンシティ、「コープの第3クオリー」(ブラッシー・ベースン部層上部の上部)である。

◆ステゴサウルス・ウングラトゥスStegosaurus ungulatus
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↑Composite skeletal reconstruction of Stegosaurus ungulatus.
Based on holotype YPM 1853,
paratype YPM 1858 (holotype of S. "duplex") and CM 41681,
scale bar is 1m for YPM 1853.

 「8本のスパイク」で復元されたイェール大学ピーボディ博物館の骨格(ホロタイプYPM 1853(後頭部、後位胴椎、尾、四肢、座骨、プレートおよびスパイク)やパラタイプのYPM 1858(頸椎~中位胴椎、腸骨、恥骨)などを合体させたものである)が有名な本種であるが、実のところ「8本のスパイク」はホロタイプのスパイクと(少なくとも)もう1体のスパイクを組み合わせて復元されたものである。実のところホロタイプの産出した「リードの第12クオリー(ワイオミング;ブラッシー・ベースン部層上部の中部)」ではバラけた複数個体のステゴサウルス(いずれも同じ種だろうが)が発見されており、うっかり同一個体とみなしてしまっただけらしい(今日までステゴサウルスのスパイクが8本尾椎と関節して発見されたことはない)。
 こういう事情もあり、(スパイクを除いても)ホロタイプが複数個体のステゴサウルスのキメラである可能性は否定できず、ホロタイプの後肢が前肢と比べて異様に長い(S.ステノプスと比べても)あたりはこれに起因している可能性もある。もっとも、とりあえずYPM 1853は(スパイクを除けば)すべて同一個体に起因するとみても矛盾するものではない。
 パラタイプYPM 1858は後になってステゴサウルス・デュプレックスのホロタイプとされたが、結局これはS.ウングラトゥスとされている。YPM 1858は「リードの第11クオリー(ワイオミング;ブラッシー・ベースン部層上部の中部))」からの産出である。
 また、一時期バッカーやオルシェフスキーによってステゴサウルス属の新種としてみなされていた(恐竜顎最前線④参照)ユタの恐竜国定公園のステゴサウルス(カーネギー・クオリーブラッシー・ベースン部層上部の中部)も今日では本種とみなされている。ここでは前後に短めの下顎CM 41681も産出しているが、これは本種独自の特徴というよりは、単に亜成体であることを示しているだけなのかもしれない。
 プロポーションはさておき、本種はやや小さめのプレートが特徴である。少なくとも一部の個体ではプレートは上方に鋭く伸び、また先端が「つままれた」形態になっていることがある。プレートの枚数ははっきりしないが、全体的にS.ステノプスよりプレートは小さめであり、従って若干枚数は多かったように思われる。大腿骨の小転子は退化消失しているわけではなく、実際には成長とともに大転子に飲み込まれているだけらしい。

◆ステゴサウルス・ステノプスStegosaurus stenops
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↑Skeletal reconstruction of Stegosaurus stenops
holotype USNM 4934. Scale bar is 1m.

 複数のほぼ完全な骨格が知られており、剣竜全体を見渡しても解剖学的な特徴が最もよくわかっている種といえる。最近になってステゴサウルス属の模式種に昇格しており、メイドメントらはS.ウングラトゥスを本種のシノニムとしている。
 模式標本USNM 4934(コロラドのガーデン・パーク、フェルチの第1クオリー産;ブラッシー・ベースン部層下部の上部産)は17枚のプレートをほとんどばらけることなく保存しており、プレートの保存状態(やそのほか全体的な保存状態も)は今なお最良の標本である。USNM 4934では尾の先端がばらけてなくなっているためプレートの枚数に関して結局のところ断定はできないのだが、完全な尾の残っている標本などと合わせて考えると、トータル枚数は17枚でよさそうである。
 本種の頭骨は亜成体では比較的吻が短い(幅も狭い)が、成長とともに吻がかなり長くなる(USNM 4934は成体である。頭骨の幅も亜成体よりは相対的に広くなっているのだが、それ以上に吻が伸びているので目立たない)。USNM 4934の頭骨の高さは一般に著しく低く復元されるが、実際にはもう少し高さがあっていいようである(上の図では従来よりも高めに復元している)。
 本種は一般にS.ウングラトゥスよりも下位(古い時代)から産出するとされている。それなりに近年の研究(といっても20年近く前だが…)ではこれを否定し、ステゴサウルス属2種の生息期間がほとんど重複しているとみなす向きもあったが、結局のところこれは少なからず誤同定を含んでいたようであり、やはり大ざっぱに言って
S.ステノプスの方がS.ウングラトゥスよりも古い種ではあるようだ。
 ”ディラコドン・ラティケプスDiracodon laticeps”はしばしば本種の幼体にしてシニアシノニムとみなされるが、本種のホロタイプYPM 1885は歯骨の断片のみであり、今日もっぱら疑問名とみなされている。YPM 1855と同じ「リードの第13クオリー(ワイオミング;ソルト・ウォッシュ部層中部)」ではかつて”D.ラティケプス”のホロタイプと結び付けて考えられていたほぼ完全な尾の化石USNM 4714も産出しているが、これは今日S.ステノプスとされている。

◆ステゴサウルス?・スルカトゥスStegosaurus? sulcatus
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↑Skeletal reconstruction of Stegosaurus? sulcatus holotype USNM 4937.
Scale bar is 1m.

 上述の「リードの第13クオリー(ワイオミング;ソルト・ウォッシュ部層中部)」で見つかったもう1種のステゴサウルス類である。従来本種はS.ステノプスのシノニムとして扱われがち(なにしろS.ステノプスと共産している)であり、ホロタイプUSNM 4937(上の図で示した部位のほか、肩帯や腰帯、複数の椎骨も産出している)の異様に根本のゴツいスパイクはしばしば「水平に並んだスパイク」を支持するものとして扱われてきた(垂直に立てようとするとスパイクの基部が尾のアウトラインから著しく逸脱することになる)。
 しかしこのスパイクは水平にしたところで尾のアウトラインにはそぐわないものであり、さらに言えば既知の剣竜の尾のスパイクとはそもそも形態が全く異なっている。従って、バッカーはこのスパイクを肩棘とみなしている。今日本種は疑問名、ないし暫定的にステゴサウルス属の独立種とみなされている。目下標本はUSNM 4937のみに留まっているが、今後追加標本が産出すれば新属になる可能性は高そうである。

◆ヘスペロサウルス・ミオシHesperosaurus mjosi
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↑Skeletal reconstruction of Hesperosaurus mjosi holotype HMNS 14 
(now housed on FPDM).
Scale bar is 1m.

 原記載ではステゴサウルス科の基盤的な位置に置かれていたのだが、メイドメントらの系統解析ではS.ステノプス(この場合S.ウングラトゥスを含む)の姉妹群とされており、メイドメントらはステゴサウルス属(の独立種)とみなしている。かつて考えられていたよりステゴサウルス属に近縁なのは確かだろう。
 ホロタイプFPDM-V9674(旧HMNS 14;林原から福井県博に移管された)は「(ワイオミングの)モリソン層の最下部の5m上位」で産出しており(この場合の最下部はウィンディー・ヒル部層の最下部というよりはブラッシー・ベースン部層の最下部であるらしいのだが、もともと商業標本だったこともありいまいちはっきりしないようだ)、モリソン層産剣竜としては最も古い。最近になって、ハウ・クオリー(ワイオミング;ソルト・ウォッシュ部層上部)で産出したステゴサウルス類は基本的にすべて本種に再同定されており、ホロタイプでは欠けていた四肢が埋まることとなった(現在記載準備中らしい)。ホロタイプでは頸椎と胴椎の数(の割り当て)がはっきりしない部分があり、このあたりの解明にも期待がもてそうである。
 本種のプレートには丸型と三角型の2タイプがあり、性的二形を表しているという研究が最近出版されたが、これには色々な問題があり、とりあえず話半分に聞いておくべきであるようだ。

◆アルコヴァサウルス・ロンギスピヌスAlcovasaurus longispinus
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↑Skeletal reconstruction of Alcovasaurus longispinus holotype
UW D54 (UW 20503).
Scale bar is 1m.
 
 従来ステゴサウルス・ロンギスピヌスとして知られていた種であるが、(ウランスキーによる“ナトロナサウルスNatronasaurus”の設立を経て)最近になって新属アルコヴァサウルスとなった。ホロタイプUW D54は部分的に関節した骨格(スパイクはペアで並んだ状態だった)だったのだが、クリーニング後に展示されていたところを天井の配水管(お湯が通っていたらしい)の破裂(!)によって破壊されてしまった(水溶性の接着剤で補強されていたのが仇となった)。辛うじて無事だった大腿骨と、スパイクのキャストだけが今日残されている。
 かつて本種はステゴサウルス属ではなくケントロサウルス属の近縁であると指摘されていたこともあったのだが、結局のところ本種はケントロサウルス属よりもステゴサウルス属に似ているようだ(一方で、横突起が尾の先端近くまで存在したりと妙な特徴をもっている)。ホロタイプの産地(ワイオミングのアルコヴァ)の層準ははっきりしないが、一応ブラッシー・ベースン部層の上部あたりになるらしい。



 だいぶ長くなったが、北米産ステゴサウルス類の現状はざっとこんな感じである。種ごとにざっくり時代(や地域?)で分けられそうな気配もあるのだが、この辺りはまだはっきりしない部分が大きいようだ。結局のところ、これらの中でほぼ完全に骨格の復元が可能なのはステゴサウルス・ステノプスのみだったりもして、まだまだわからないことだらけである。