GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

過ぎ去りし時の終わりに;「グレゴリーポール 恐竜事典」レビュー

 例によってネットと書店実店舗とで発売のタイミングが微妙にずれていると見せかけて別にそんなことはなかったようだ。例によって(そうでもない)首尾よくポールの骨格図本――「グレゴリー・ポール恐竜事典」を手に入れた筆者である。今までさんざん(特に原著に関しては)ここで書いてきたことではあるのだが、(書評と呼べる代物が少なくとも素の状態の筆者に書けるかという話は置いといて)本書について改めて書き散らかしておきたい。

 

 先の記事でも書いたことではあるのだが、グレゴリー・ポールの本をまともに――つまり単なる画集/資料集以上のものとして読んだことのある人はどれほど(この狭い業界の中で)いるだろうか。本ブログの読者の年齢構成のようなものは寡聞にして知らないが、90年代に現役の恐竜おたくだった読者であれば、たぶん飽きるほど触れた経験はあるだろう。原著――The Princeton Field Guide to Dinosaursであれば、筆者くらいの世代でもリアルタイムで新刊に触れたことがあるだろうが、そうは言っても洋書である。超新星とさえ言えたポールの骨格図とともに長いキャリアを過ごしてきた世代に代わり、スタンダード、あるいは学研の図鑑に小さく載った骨格図しか知らない世代が台頭してくるのは詮ない話でもある。筆者とて、ポールの骨格図がでかでかと載った本とリアルタイムで出会ったわけではない。

 本書――「グレゴリー・ポール 恐竜事典」は、ほぼ20年(単行本としてカウントするのであればそれ以上)ぶりの、日本語で読めるポールの本である。ちょっと勇気のいる値段ではあるが、それでも買っておくべき――原著を持っているならなおのこと――本である。まして生のポールを知らなかった若者(という自覚のある人)は。

 

 原著はある種ポールの同人誌(それも総集編)といった雰囲気さえあり、良くも悪くもポール節全開(専門書というよりは一般書と言ったほうがよい代物でもある)で、かつ書籍としての完成度はかなり微妙な代物であった。原著の印刷の質はわりと悲惨であり(ついでに筆者の初版UK版は謎の落丁――ヘレラサウルス周辺がもう1セット綴じてある――で楽しい)、肝心の骨格図も本文レイヤーとの順序を間違えたのか、ちょこちょこ端が切れているものがある始末であった。

 翻って日本語版の翻訳は、恐ろしいことに福井県立恐竜博物館の研究者による分担制である。やんちゃで知られた(それでいて定評のある)在野の研究家の本を、バリバリの研究者たちが寄ってたかって翻訳した本なのである。かくして要所要所に脚注(という名の原著への容赦ない突っ込み)が加えられ、非常に頼もしいところである。資料としてこれ以上ないとはいえ、色々な意味で上級者以外に勧められなかった(上級者であれば勝手に買っていたか、そもそも必要のない本かもしれなかった)原著だが、日本語版はある意味原著に対して訳者と一緒に立ち向かうといったふうでもあるのだ。ついでに印刷の質も劇的によくなっており、書籍としての完成度は飛躍的に向上しているといっていい。

 とか何とか言いつつも、本書はやはりポールの本である。脚注は脚注に留まっており(容赦のない脚注ではあるが)、本文に真っ向勝負を挑むのはそう簡単ではないかもしれない。訳者らが相当苦しんだらしいことは前書きや脚注の端々からうかがえ(このあたり、ディクソンの本は実際読みやすかったのだ)、楽しくも苦しい旅になるであろうことは目に見えている。このあたりの感覚は、第二次恐竜ブーム――今は遠くなった90年代に、多くの読者が感じたそれ――滔々と語るポールに必死でついていく訳者とただただ圧倒される読者――と同じだろうか?恐らくそうではない。

 ポールが業界を席巻した時代からすでに20年以上が過ぎている。訳者は相変わらず必死だが、読者はただ情報の奔流に飲み込まれるだけではなくなったはずだ。電子の海に漕ぎ出すのはたやすく、大学の書庫を巡って論文をひたすらコピーし続ける取材の時代は終わったのである。しかし、それでもなお、本書は――ポールのこの20年の集大成(それがまた歯がゆいところでもあるのだが)は、圧倒的な物量でそびえたっている。

 本書に一度目を通してそれっきり、という読者はたぶんいないだろう。何度も何度もページをめくり返す羽目になるはずだ。それを繰り返すうち、きっと本書だけでは満足できなくなるだろう。本書の先に待ち受けているのは一次文献――原著論文である。

 別に本書の存在について難しく考えることはない。一時代を築いた(そして後世のスタンダードを切り開いた)在野の研究家の集大成たる一冊であり、それゆえの問題を抱えつつも、訳者の尽力でそのあたりをカバーした比類なき大著である。それだけで7500円をつぎ込むには十分だろう。物量重視の図鑑はしばしばビジュアル面がおざなりになるものだが、第一に本書はポールの本であり、(時期による出来の差は割と激しいのだが)ポール式骨格図がそこかしこにあふれている。復元や分類の「あいまいさ」を含め(これらはむしろ明確に示されるべきものである)、これほど網羅的な図鑑は他にないのだ。

 

 筆者の絵描きとしてのキャリアの始まりがポールの後追いであることは誰の目にも明らかであるし、今さらここに書くことでもない。ロックンロールの死は見届けたつもりだったのだが、それでも20年ぶりにグレゴリー・ポールの本が日本語で読めるということは、めったにない経験だろう。常に手の届くところに置いておくべき一冊である。