GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

荒れ野に死体の山ひとつ

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↑Composite skeletal reconstructions of Agujaceratops spp..
Young adult skeleton of A. mariscalensis is based on
holotype UTEP P.37.7.086 (maxilla, supraorbital horncore and dentary), 
TMM 46502-1 (premaxilla),
TMM 46501-1, UTEP. P.37.7.065 and 070 (parietal),
UTEP P.37.7.066 and TMM 46500-1 (squamosal),
UTEP. P.37.7.073 (predentary),
OMNH 10081, UTEP. P.37.7.006, 011-014, 143, 147 and 157 (postcranial).
Large juvenile skull of A. mariscalensis is based on 
UTEP. P.37.7.083 (supraorbital horncore), UTEP. P.37.7.052 (squamosal),
UTEP. P.37.7.072 (predentary) and
UTEP. P.37.7.095 and TMM 46501-1 (mandible).
Young adult skull of A. mavericus is based on holotype TMM 43098-1.
Juvenile skeleton of cf. Agujaceratops sp. is based on TMM 45922.
Scale bar is 1m.

 ビッグベンド国立公園といえば一般的には(?)荒涼かつ美しい風景で知られているのだが、こんな場末の読者のみなさま方には別の理由でよく知られているはずである(断定)。ここは白亜紀後期から新生代にかけての化石の名産地でもあるのだ。
 一方で、この地で産出する恐竜や翼竜については不明な点も多い。化石は概して風化が進んでおり、また関節状態で見つかることはまれである。カンパニアン中ごろからマーストリヒチアンの終わりにかけてのララミディア南部における陸上生態系の貴重な情報を保存してはいるのだが、そういうわけで同時代のララミディア中部と比べると未知の領域が大きい。そんな事情もあって、この地で発見される恐竜の多くは「名無し」である。そして命名されたものであっても悲しいかな、日本での知名度はかなり低いのだった。

 アグヤケラトプスの最初の標本がビッグベンド国立公園で発見されたのは1938年―――まだ国立公園の指定を受ける前のことだった。弱冠17歳にしてオクラホマ大の調査にくっついてきていたラングストン(カナダで色々やっている印象があるがキャリア前半の拠点はこっち)は、2ヶ月間の砂漠地帯での調査に同行し、そしてアグヤAguja層の露頭で大金星を挙げたのである。そこで産出したのは大きな部分骨格だった。
 同年、オクラホマ大のチームとは別にこのエリアで活動していたテキサス大のチーム(オクラホマ大チームの道案内もした)は恐竜のボーンベッドを3つも発見することになった。うちひとつ(WPA-1)は、驚くべきことに産出化石の大半(72%)が角竜で構成されていたのである。
 そんなこんなでこの1938年~1939年のシーズンは実り多いものだったのだが、しかし色々あってこれらの化石は手つかずのまま収蔵庫で40年以上の歳月を過ごすことになった。80年代に入り、テキサス大で埃をかぶっていた膨大な化石に立ち向かうことになったのがレーマンだった。

 レーマンはWPA-1が少なくとも20個体の角竜で構成されていることを見抜いた。これらの角竜はいずれも同一種―――カスモサウルス属らしい―――であるようで、様々なサイズ/年齢の個体―――推定体重2.4tの「おとな」から60kgの「こども」までが含まれていた。これの重要性を悟ったレーマンは、これらの標本(およびアグヤ層のほかのサイトで発見されたいくつかの単発の骨格)をまとめてカスモサウルス属の新種、カスモサウルス・マリスカレンシスChasmosaurus mariscalensisとして1989年に記載した。
 これはカスモサウルス類のボーンベッドとしては初めての報告であり、カスモサウルス類の頭部形態の種内変異や成長に伴う変化をはっきり示すものであった。―――ケラトプス科角竜の分類学的整理の火ぶたが切って落とされた瞬間でもあった。

 この時点で知られていたカスモサウルス・マリスカレンシスの頭骨要素は割合に限られており、頭頂骨にせよ鱗状骨にせよ、フリルの要素はどれ一つとして不完全な状態であった。が、鱗状骨にはどうも6つしか縁鱗状骨が存在しないようで、かなり短いらしいフリルと相まってかなり特徴的である。歯骨もケラトプス科角竜としては妙な形態で、ある種異様な雰囲気の角竜であった。
 また、WPA-1で発見された上眼窩角には「後方に強くカーブし左右に大きく開いたタイプ」と「湾曲が弱くより垂直に伸び左右にあまり大きく開かないタイプ」の2タイプが認められ、レーマンはのちにこれを雌雄差(前者が雌、後者が雄)とみなした。
(さらに後になって、レーマンはWPA-1から見つかった鱗状骨を「短いタイプ」と「長いタイプ」に分け、これも前者が雌、後者が雄であるとした。ただ、いかんせん保存状態が悪く、上眼窩角の形態も含めてレーマンが主張したほど明確に2タイプに分けられるわけでもないということもあり、この説は現在では特に顧みられていない)

 さて、1991年になり、ビッグベンドで調査中だったシカゴ大のチームがC.マリスカレンシスのほぼ完全な頭骨に出くわした。頭頂骨こそごっそり失われていたもののほかは完全といっていい状態であり、テキサス記念博物館へ寄贈されたその頭骨TMM 43098-1はささっと93年に記載された。
 WPA-1から産出した標本の鱗状骨は(おそらく)太く短く、6つの縁鱗状骨しか存在しないらしかった一方で、TMM 43098-1の鱗状骨は非常に長く、驚くべきことに10個の縁鱗状骨(ケラトプス科最多:トロサウルスは7個しか存在しない)が存在したのである。TMM 43098-1はWPA-1から産出したいかなる鱗状骨よりも縁鱗状骨の癒合が進んでおり(依然として完全には癒合してはいなかったが)、鱗状骨の形態の違いについては成長段階やWPA-1の保存の悪さに起因するとみなされたのだったまた、TMM 43098-1のほっそりとして非常に長くまっすぐ伸びた上眼窩角はずいぶんWPA-1の(カーブの有無はさておき)がっしりした上眼窩角とは異なっていたが、これも同様の理由で分類学的には特に有意ではないとされた。

 その後もビッグベンドにおけるC.マリスカレンシスの発見は続き、ラングストンが生涯初めて発見した恐竜であった角竜の部分骨格OMNH 10081もアグヤケラトプスであることが確認された(四肢骨を含む同一個体のまとまった化石としては目下唯一である)。その後の系統解析でC.マリスカレンシスがカナダ産カスモサウルスのクレードではなくペンタケラトプスを含むクレードに含まれるようになり(ペンタケラトプスとの類似は既にレーマンの原記載で指摘されていた)、ここにC.マリスカレンシスは新属アグヤケラトプスAgujaceratopsとなった。原記載からしばらくの月日を経て、アグヤケラトプス・マリスカレンシスAgujaceratops mariscalensisが誕生したわけである。
 一方で、TMM 43098-1がWPA-1の個体変異幅に収まらない点は妙でもあった。ほかにいくつか発見された上眼窩角や鱗状骨(たとえばTMM 46500-1)は依然として不完全であったが、形態はWPA-1のものとよく一致するのである。その一方、アグヤ層の上部頁岩部層の上部から産出した単離した上眼窩角TMM 46503-1は長くほっそりした形態であり、これはTMM 43098-1とよく似ていた。―――興味深いことに、「WPA-1型」の標本はアグヤ層の上部頁岩部層の下部からのみ、そしてTMM 43098-1とTMM 46503-1はアグヤ層の上部頁岩部層の上部(カンパニアン中期?;77Maごろとされているが割と怪しいらしい)から産出しているのだった。

 かくして先日、アグヤケラトプスの既知の標本のうちこれまで未記載だったものがまとめて記載され、さらにTMM 43098-1を模式種としてアグヤケラトプス属の新種アグヤケラトプス・マヴェリクスAgujaceratops mavericus命名された。
 これまで未記載だった標本の中にはA.マリスカレンシスと思しき頭頂骨の断片が多数含まれており(TMM 46502-1)、レーマンによる原記載よりもかなりもっともらしい復元が可能となった。また、かつて一度「個人蔵」として図示された幼体(めでたく博物館へ寄贈され研究可能となった)TMM 45922もcf. アグヤケラトプス sp.として記載され(形態的にはA.マヴェリクスと近いところがあったもののいくらか妙な特徴もみられ、幼体であることや上部頁岩部層の下部から産出したことも相まって、とりあえず暫定的な同定に留まっている)、この手のカスモサウルス類の成長に関する重要な情報を提供した。

 結局、アグヤケラトプス属の2種―――A.マリスカレンシスとA.マヴェリクスがはっきり産出層準で区別できるのかは(現状では)微妙なところである。ただ、TMM 43098-1やTMM 46503-1がWPA-1でみられる形態変異の幅に収まらない点はおそらく大きな意味を持っている(まして近年の研究で、成長に伴って「大幅な」ホーンレットの増加が起こらないことも指摘されている)。アグヤ層から産出する恐竜の研究はまだまだ暗中模索といってよい状況でもあり、まだまだ色々と面白いことになるだろう。

というわけで、TMM 45922の予察的な記載について(今年の春先に)教えてくださったnさんに感謝を。もっと早く記事にしとけっての俺