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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

迷子のカスモサウルス

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↑Skeletal reconstruction of Chasmosaurus belli UALVP 52613 (juvenile).
Scale bar is 1m.
 年が明けて気が付いてみれば恐竜博2016までもう一か月を切っているのが恐ろしい。例によって恐竜博2016で日本初公開となる化石がいくつも存在する(贅沢な話である)のだが、そのうちのひとつ(カナダ国外に出るのも初めてだろう)が今回紹介するカスモサウルス・ベリの幼体UALVP 52613である。

 UALVP 52613が発見されたのは2011年のことだった。カナダはアルバータ州、レッドディア川の岸辺に右半身を上にした状態で絶妙に露出していたのである。発見された時点で頭部と胴体、後肢は半ばむき出しになっており、もう少し風化が進んでいたら危ないところだった。
 すぐ脇には大きなシンクホールの跡が残っており、どうやら肩帯と前肢は遥か昔にそこへ吸い込まれて消えてしまったようである。もっとも、シンクホールがあと少しずれていたら消えていたのは頭骨(下手をすれば全身)だったわけで、不幸中の幸いというか、運が良かったのは確かだろう。
 採集された骨格はひっくり返され(理由は言わずもがな)、左半身を集中的にクリーニングされることになった。そして、美しく関節したほぼ完全な骨格(全身がよく揃ったものとしてはケラトプス科最小)が姿を現したのである。強膜輪に加えて皮膚痕まで保存されていたそれは紛れもない幼体であった。

 さて、この手の幼体の同定は揉めるのがお約束であるし、それゆえ「属種不定」とされる場合も多い。にも関わらず、UALVP 52613はカスモサウルス・ベリChasmosaurus belliとされた。
 UALVP 52613が産出したのは、ご存じダイナソー・パーク層(白亜紀後期カンパニアン中期~後期; 7660万~7480万年前ごろ)である。ダイナソー・パーク層ではいくつかのカスモサウルス類が知られており、中でもUALVP 52613はカスモサウルス属であると考えられた。
 カスモサウルス属はすったもんだの末にとりあえず2種―――カスモサウルス・ベリC. belliとカスモサウルス・ラッセC. russelliが有効とされている。この2種はもっぱらフリル(の一部をなす頭頂骨)の特徴に基づいて区別されているのだが、とりあえずUALVP 52613のフリルの特徴はC.ベリと一致した。このあたり、成長にともなって変化する可能性も否定はできないのだが、そういうわけでひとまずC.ベリとされたわけである。

 かくしてC.ベリの幼体とみなされたUALVP 52613は、様々な情報を保存していた。
 なんといってもこのサイズのケラトプス科角竜の頭骨がほぼ完全に保存されていた例は他になく(トリケラトプスの幼体UCMP 154452もなかなかだったが、眼窩から前の部分がごっそり欠けていた)、驚くべきことに眼瞼骨(これまでケラトプス科には存在しないと考えられていた)が保存されていた。もっとも、この眼瞼骨は突出していたわけではなく、涙骨や前前頭骨、後眼窩骨にしっかり関節していたらしい。
 フリルは成体とは異なり、全体として幅が狭いだけでなく「先細り」になっている。先述したとおりフリルの「窓」があったかどうかははっきりしないが、仮に存在しなかったとしても、フリルの該当部位がかなり薄くなっていたのは確かなようだ。
 フリルの両サイドをなす鱗状骨や、頬骨にはちょっとしたコブが並んでいる。これは生前大きなウロコの付着点になっていた場所であり、成体になるとほとんど目立たなくなる。特にカスモサウルスの場合、鱗状骨のコブの列は成体になると鱗状骨バーに姿を変えてしまう。こうした大きなウロコは当然成体でも同じ位置に存在したのだろう。

 首から後ろもこれだけ揃って見つかったのは初めてで、従ってUALVP 52631の保存していた情報はいずれも重要である。
 遅くとも亜成体の段階で完全に癒合してしまう第1~第3頸椎は、癒合してはいたもののはっきり境界が確認できる状態にあった。言うまでもなく仙椎も癒合が進んでいない。
 前肢はきれいさっぱりなくなっていたものの後肢は完全に保存されており、ゆえにこのサイズのケラトプス科角竜のプロポーションが明らかになった。全体として脚は成体よりも相対的に長いものの、例えばティラノサウルス類のような劇的なプロポーションの変化(大腿骨と脛骨の長さの比の逆転など)は成長過程で起こらないことが判明したのである。一方で、後肢の末節骨は成体のものと比べてずっと尖っている。
 また、脇腹から大腿、腰にかけて皮膚痕が保存されていたが、これといって繊維状の構造の痕跡はみられず、成体同様のウロコが確認された。ひとまず、羽毛でふさふさだったわけではないようだ。

 そういうわけで、UALVP 52631は唯一無二のカスモサウルスの幼体として先日記載された。このクラスの標本はまず見つかるものではなく、その科学的価値は今後もかすむことはない。CTスキャンも実施された(何しろ皮膚痕があるので胴体をこれ以上クリーニングするのは無茶である)というのだが、それに関する報告はこれからである。お楽しみはまだこれから、ということなのだろう。
 とんでもないことに、恐竜博2016で展示されるのはUALVP 52631の実物(!)だという。めったにない機会であるから、ぜひじっくりと、舐めるように観察されたい。