↑Skeletal reconstruction of Eotrachodon orientalis holotype MSC 7949.
Scale bar is 1m.
アパラチア産の恐竜化石は質・量ともにララミディアのそれと比べて貧弱であり、その辺の話については過去さんざん嘆いてきたつもりである(参考記事;そのうちリニューアルしたいところ)。一方で、今年に入ってアパラチア産の常識を塗り替える保存状態のハドロサウルス類が記載された。エオトラコドン・オリエンタリスEotrachodon orientalisである。原記載は頭骨だけ…と思いきや、ものの数ヶ月で詳細な骨学的記載が出版される賑わいであった。
やたら古風な学名は、まさしくそのまんまの意味である。エオトラコドンが産出したのは、アパラチア南縁に相当するアラバマのムーアヴィル・チョークMooreville Chalk層(サントニアン後期~カンパニアン中期;8400万~8000万年前ごろ)であり、例によって(地層の名前からもわかる通り)海成層であった。
ムーアヴィル・チョーク層の中部(カンパニアン前期に相当)からはすでにアパラチア産恐竜としては保存状態のよい広義のハドロサウルス類―――ロフォロトンが知られていたのだが、ムーアヴィル・チョーク層の最下部(サントニアン後期相当)から産出したエオトラコドンはそれを上回る代物であった。完全といっていい頭骨が残っていたのである。
エオトラコドンの頭骨は半ばばらけた状態で化石化しており、脳函が部分的であるとはいえ、全体として非常によく保存されていた。歪みもほとんどみられず、そんじょそこらのララミディア産の化石を軽く上回る保存状態である。
首から後ろも部分的ではあるものの、全体として良好な保存状態であった。胴椎の神経弓と椎体の縫合線はまだ閉じておらず、また脛骨の断面の観察からもエオトラコドンの模式標本が大型幼体ないし亜成体であることが示唆されている(成長はまだ活発に続いている状態であった)。模式標本の全長はざっと4m強といったところで、成体では6mほどにはなったのかもしれない。
系統解析の結果、エオトラコドンは基盤的なハドロサウルス科―――サウロロフス亜科とランベオサウルス亜科の派生する手前に置かれた。ようやく「最初のハドロサウルス科」の姿がはっきりと示されたのである。
これまでにアパラチアのコニアシアン~下部カンパニアンから産出した(広義の)ハドロサウルス類は、いずれもハドロサウルス科の「根元」に近い種である可能性が系統解析により示唆されている。このあたりに位置づけられる(広義の)ハドロサウルス類はもっぱらアパラチアそしてヨーロッパからのみ産出しており、アジアからはひとまずまだ知られていない。あるいは、サントニアンの北米西部内陸海路を渡っていった一団が、その後2000万年間に渡って栄えた輝かしいハドロサウルス科の始祖だったのかもしれない。