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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

うちにかえっておいしいごはん

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↑Skeletal reconstruction of "Hadrosaurus minor" ANSP 15202.
Scale bar is 1m.

 前回の記事で触れたとおり、アパラチア産の恐竜化石は質・量ともにララミディア産のものと比べて乏しい。それでも(広義の)ハドロサウルス類はアメリカ東部の様々な海成層からちょくちょく産出しており、謎の多いアパラチアの恐竜相の中では辛うじて多少なりとも理解の進んでいるグループとなっている。

 アパラチアにおける白亜紀最末期(マーストリヒチアン後期)の地層は、ニュージャージーのネーヴシンクNavesink層、レッド・バンクRed Bank層、ティントンTinton層そしてニュー・エジプトNew Egypt層に代表される(メリーランドやテネシーミズーリにもちょいちょいあるが割愛)。いずれも例によって海成層であり、ネーヴシンク層およびニュー・エジプト層ではいくらかの恐竜化石(例えばドリプトサウルス)が知られている。

 これらの層、およびその上位のホーナーズタウンHornerstown層(古第三紀ダニアン)はやや古い文献だとだいぶ層序区分が混乱しており、注意が必要である。基本的にこれらのうちでネーヴシンク層が最も下位にあたり、その上位にレッド・バンク層、さらにその上位にティントン層が位置する。ニュー・エジプト層もネーヴシンク層の上位にあり、レッド・バンク層およびティントン層の同時異相(同時期に異なる堆積環境で堆積したこと)にあたる。これらはいずれも整合で重なっている。地域によっては―――後述するインヴァーサンド社の採掘抗などでは、ネーヴシンク層が白亜紀の最末期まで続く。
 ティントン層、ニュー・エジプト層および一部地域におけるネーヴシンク層の上にはホーナーズタウン層が(整合に)重なり、両者の境界にはイリジウムの異常濃集層が存在する。古い文献だとインヴァーサンド社の採掘抗などでみられるネーヴシンク層/ホーナーズタウン層の境界は不整合とされているが、実際のところは整合(つまり、前述のとおりネーヴシンク層の一部は白亜紀の最後まで達している)であるようだ。堆積環境については、いずれの上部白亜系も基本的に内側陸棚(水深20~100mほど)に相当するようである。ネーヴシンク層の時代はだいたいマーストリヒチアン全体(7210万~6600万年前)、ニュー・エジプト層はマーストリヒチアン中期~後期(6900万~6600万年前)にあたる。

 さて、ネーヴシンク層およびニュー・エジプト層から産出したハドロサウルス類の化石は例によって極めて断片的なものがほとんどであり、いずれも属レベルでの分類さえおぼつかない。とはいっても全て単離した骨というわけでもなく、いくつかはある程度まとまった産状を示している。中でも(唯一)「部分骨格」と呼べる代物がANSP 15202―――現インヴァーサンド社の採掘抗で発見された不定のハドロサウルス類の部分骨格である。インヴァーサンド社の採掘抗にはネーヴシンク層の上部が露出しており、従ってANSP 15202の時代はマーストリヒチアン後期―――ドリプトサウルスと同じである。

 ANSP 15202はもともとコルバートによってハドロサウルス・ミノールHadrosaurus minorとされていた。が、(お察しの方もおられるだろうが)H.ミノールの模式標本はニュー・エジプト層から産出した胴椎ひとつだけであり、ANSP 15202をH.ミノールとみなすにはいろいろと問題がある(言うまでもなくH.ミノールは今日疑問名である)。
 ANSP 15202の恥骨はエドモントサウルス・アネクテンスのそれとよく似ており、一時期エドモントサウルス属ないしそれに近縁な属の可能性も指摘されていたのだが、実のところE.アネクテンスでも恥骨の形態には個体差があり、恥骨の形態だけですんなり分類を固めるわけにはいかない。それ以外にはこれといって「使える」特徴もなく(胴椎の椎体と神経弓が癒合しきっていないあたり本標本は亜成体のようであり、従ってサイズの小ささも特に意味はないだろう)、従って今日ANSP 15202は属種不定のハドロサウルス科(亜科すらはっきりしない)とみなされている。

 結局のところ、白亜紀末期のアパラチアにどんなハドロサウルス類が暮らしていたのか、はっきりしていることはあまりない。ニュージャージーからはランベオサウルス類と目される上腕骨ANSP 15550が産出していたりもするのだが、しかしこの標本の産出層準ははっきりしないらしい(恐らくはマーストリヒチアンのいつかなのだろうが)。現状では、おそらく「そこそこのサイズ」のハドロサウルス科が存在したということ以上のことは言えないのである。
 とはいえ、こうしたハドロサウルス類をドリプトサウルスが追いかけまわしていたのは多分確実だろう。白亜紀の最末期、アパラチア大西洋岸に延々続く海岸湿地ではこういった光景がごく普通にみられたはずである。