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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

U.S.トロサウルスはトリケラトプスなのか?

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↑Selected specimens of "Lancian" Torosaurus. EM P16.1 is dorsoventrally flattened.

 

 トロサウルス属の独立性についての議論が活発だったのは最初の数年のうちであり、ここ7、8年は表向きだいぶ沈静化していた(スキャネラが「Triceratops sp.」というよくわからないラベルでいわゆるトロサウルス・ラトゥスを括るという動きに後退していたのも大きい)わけである。既知のトロサウルス属の標本の詳細な再記載が積極的に行われたわけでもなかったが、一方でデンヴァーDenver層からきわめて保存のよい(そしてあからさまに頭蓋の癒合が進んでいない)トロサウルス・ラトゥスと思しき部分骨格も発見され、記載を待っている状況でもある。

 こうした議論に供されたトロサウルスの化石はいずれもアメリカ産のものであり、カナダ産の標本――本ブログの立ち上げ当初からしばしば取り上げてきたサスカチュワンはフレンチマンFrenchman層産のEM P16.1や、まったくの未記載であったアルバータはスコラードScollard層産の標本について特別な注意を払われることはほとんどなかった(ポールがEM P16.1をトリケラトプス・プロルススの老齢個体として取り上げたりはしたのだが)。EM P16.1は凄まじく保存が悪いうえに石膏その他で相当な上塗りをされており、さらに言えばその妙な形態――トロサウルスにしては妙に鱗状骨の幅が広かった――から、アリノケラトプスとの関連さえ真剣に疑われていたのである(このあたりの経緯は過去記事やら同人誌を参照)。

 実のところこうした状況の裏でEM P16.1の再プレパレーションはとっくに進められており、さらに言えば(博物館に収蔵される前の洪水で)失われたとされていた左右の大腿骨も(だいぶ砕けてはいたが)収蔵庫に眠っていたことが確認された。かくして、スコラード層産の未記載標本UALVP 1646とともにEM P16.1.は現代的な検討に初めてかけられることとなったのである。

 

 上塗りを引っぺがしてみれば、EM P16.1.をトロサウルス属以外とみる理由は全くなさそうであった。かねてから指摘されていたことでもあったが、フリルの正中バーは完全なアーティファクトであり、トロサウルス属としては異様に大きいとも言われていた頭頂骨窓の輪郭は全く保存されていなかったのである。鱗状骨がアリノケラトプスや“トロサウルス”・ユタエンシスと同様かなり幅広であることは間違いなかったが、一方でその形態はMPM VP6841――ヘル・クリークHell Creek層下部よりも上の層準(厳密な層準ははっきりしていないが、中部以上であることは確かなようだ)から産出したもので唯一、トロサウルス・ラトゥス(あるいは少なくともcf.扱いで)とされてきた巨大な角竜と酷似していたのであった。

 

 MPM VP6841の研究は前肢を除いてほぼ手つかずではあるが、それでも散発的に記載が行われており、表面のテクスチャー(粗面ではなく細かな条線が発達する;ケラトプス科の未成熟個体でお約束である)から、どうもフリルが活発な成長の途上にあるらしいことが(当のスキャネラとホーナーによって;複数のトロサウルス・ラトゥスからこれが見出されており、スキャネラらはこれをトリケラトプス段階から急激にフリルが伸長することの証左とした)指摘されていた。これはEM P16.1でも同様で、しかも(と言うべきなのか当然と言うべきなのか)その大腿骨の組織は(大腿骨長が本来1.1mはあったらしいにもかかわらず)老齢個体のものでないことを示唆していた。

 MPM VP6841にせよEM P16.1にせよ頭頂骨の保存はかなり悪く、縁頭頂骨の数を厳密に決定することはできない(後者はそもそも癒合していなかったようでもある)。とはいえ、もろもろの点からして両者の縁頭頂骨は4対8個(EM P16.1は9個の可能性もあるが、いずれにせよep0を欠く)――ランス層やヘル・クリーク層の下部から産出する「典型的な」トロサウルス・ラトゥスの5~6対と比べると少ないことは確かなようである。

 

(ランス層産のトロサウルス・“グラディウス”YPM 1831では縁頭頂骨は8対16個とも推定されているが、この標本も保存が悪い(そもそも縁頭頂骨は残っていない)うえに上塗りが壮絶であり、このあたりについては現状深く考えない方がよさそうだ。“トロサウルス”・ユタエンシスはやや短めのフリルをもつ一方で鱗状骨バーを完全に欠き、かつep0をもつらしい点でMPM VP6841やEM P16.1とは明らかに異なる。)

 

 これまで記載されることのなかったスコラード層産の標本――UALVP 1646はひどく部分的な頭頂骨であり、突っ込んだ議論に供せるものではない。とはいえep0を欠きつつ頭頂骨窓(本標本の場合はかなり小さいようだ)をもつそれは、明らかに(いわゆる)トリケラトプスではなかった。

 

 そもそもスキャネラとホーナーによる意見――トロサウルストリケラトプスの老齢個体とみなす意見が(画期的ではある一方)相当に乱暴な話であることは散々指摘されていたが、カナダ産トロサウルスの再記載を行ったマロンらもこれに追随した(そもそも、角竜メインの研究者がこの意見を支持することはこれまで特になかった)。EM P16.1にせよUALVP 1646にせよep0の存在は全く確認されず、そして(少なくとも)前者はスキャネラらの言う老齢個体ではありえなかったのである。

 依然としてEM P.16.1は断片的かつ保存のよくない標本であり(UALVP 1646は言うまでもない)、これの観察結果のみをもってトロサウルスの独自性に関する議論に決着をつけることは(マロンらが明記しているとおり)不可能である。とはいえこれまで謎の存在でもあったカナダ産の2標本がトロサウルスであることは確実となり、かつ「老齢個体ではない」トロサウルスの例を一つ追加した格好でもある。

 

 マロンらは(当然)慎重な姿勢を崩さなかったが、ヘル・クリーク層の上半とその同時異相となるフレンチマン層(のおそらく上部)の双方でトロサウルス・ラトゥスとはすんなり同定しがたいもの――鱗状骨が幅広(フリル全体は上の骨格図のようにかなり短くなるだろう)かつ縁頭頂骨の少ないトロサウルスが産出したことは、あるいはひょっとすると白亜紀最後の100万年ほどの期間にトロサウルスの未記載種が存在した可能性を示している。MPM VP6841にせよEM P.16.1にせよそのフリルは成長途上にあり、老齢個体では(より古い時代の典型的な)トロサウルス・ラトゥスと同様の長いフリルとなる可能性はあるが、一方で(スキャネラらに対する批判として常に言われる通り)縁頭頂骨の数がその過程で突如増加するとも考えにくい。この問題も当然標本の少なさがネックになる話であるが(MPM VP6841にしても顔面はほとんど残っていない)、裏を返せば標本数の増加とともにはっきりした答えが見えてくるはずでもある。

 

トリケラトプスでは縁鱗状骨の個数は(縁頭頂鱗状骨を除いて)5~(おそらく)7個と変異がある一方、既知のトロサウルス・ラトゥス(MPM VP6841を含む)ではいずれも7個のようだ。トリケラトプスではフリルの相対的な長さとある程度相関がありそうではある。トリケラトプス・プロルススは概してトリケラトプス・ホリドゥスよりもフリルが短く、上述のトロサウルスの話と何かしらの関連を見出せなくもない。)

 

 ともすればマロンらの意見は慎重に過ぎるように思えなくもないかもしれないが、とはいえこれが古生物学――研究者がひどく不完全な四次元情報を(公的な文献の上で)扱う上での礼節のようなものの本来ではある。研究者コミュニティのコンセンサスを得ることが一筋縄ではいかないのは当然のことであり、長い足踏みを経ることも珍しくはないが、トロサウルスの次の研究はとっくに始まっているはずである。