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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

ワイマンの落とし物

イメージ 1
↑Skeletal reconstruction of Euhelopus zdanskyi.
Based on exemplar a, b, c, and scaled as exemplar a and c.
Scale bar is 1m.

 カール・ワイマンと言えば本ブログではとっくのとうにおなじみの、ウプサラ大学の古生物学者である。中国産の恐竜を初めて研究した古生物学者のひとりであり、彼の記載した標本は今なお重要なものばかりである。
 一般に(?)ワイマンの記載した恐竜といえば、エウへロプスが筆頭格である。エウへロプスの最初の標本の発見から実に100年以上が過ぎたが、未だに中国ひいてはアジアで最も優れた化石記録の残っている竜脚類であり続けている。
 
 エウへロプスの最初の標本が発見されたのは1913年のことだった。山東で活動していた宣教師のメルテンスが部分的な骨格(Exemplar b;PMU R234、のちのPMU 24706)を発見したのである。化石はその後しばらく放置されたが、1923年になってアンダーソン、ツダンスキー、そして譚錫畴らに率いられた地質調査隊がこれを採集することになった。
 一行はExemplar b(関節した後位胴椎と仙椎、肋骨少々、腰帯、ほぼ完全な後肢)を採集したのちも周辺の調査を続け、そこから数キロ離れた場所で素晴らしい竜脚類の化石と出くわした。この標本(Exemplar a;PMU R233、のちのPMU 24705)にはかなり完全な頭骨と関節した頸椎~前位胴椎、肋骨1本、大腿骨が含まれていた。
 Exemplar aにはまだまだ他の骨も含まれていたのだが、発掘技術の未熟さやら何やらでいくらか失われた(とツダンスキーらは判断した)。一連の調査で採集された化石はワイマンの待つウプサラ大学へと送られ、そこでクリーニングされたのちに記載されることとなった。

 かくして、ワイマンはExemplar aとExemplar bに基づき、1929年にアジア初となる竜脚類ヘロプス・ツダンスキイHelopus zdanskyi命名した。椎骨の特徴からExemplar aとbは同じ種に属するものとみなされ(産出したのも同じ蒙陰Mengyin層(白亜紀前期バレミアン、1億2900万~1億1300万年前)だった)、両者を合体させることでかなり完全な復元が可能となった。
 ワイマンは本種の「かんじきのような足」に注目し、これを水中生活への適応(水底の泥の上で体重を支える)とみなした(属名―――沼地の足の意―――はこれにちなんでいる)。頭骨はカマラサウルス類に、椎骨はケティオサウリスクスとブラキオサウルス(どちらも当時はケティオサウルス類とされていた)に似ていたためにワイマンはヘロプスを既知の科に分類するのをためらい、ヘロプス科を新設したのだった。
 1934年になって、C.C.ヤングこと楊鍾健らがExemplar aの発掘地点を訪れ、竜脚類の部分骨格(Exemplar c;関節した胴椎3つ、完全な肩帯と上腕骨)を採集した。状況からしてExemplar cはExemplar aの「掘り残し」であり(事実、Exemplar cの関節した胴椎はExemplar aの胴椎列の欠けた部分と一致した)、ここにヘロプスの主要な標本が揃ったのである。

 その後中国では竜脚類の発見が相次いだが、相変わらずヘロプスを凌ぐものは見つからなかった。そうこうしているうちにヘロプスの属名がアジサシの仲間に先取されていることが発覚し、ローマ―によってエウへロプスEuhelopusに改名された。
 ヘロプス改めエウへロプスの頭骨は相変わらず素晴らしい保存状態であり、その後も度々研究がおこなわれた。研究の度にエウへロプスの系統的な位置付けはコロコロ変わったものの(蒙陰層の年代がはっきりしなかったのも一因であった)、90年代の半ばには対立する2つの仮説―――基盤的な真竜脚類(アップチャーチの説)と、ティタノサウリアの姉妹群(セレノ、ウィルソンによる説)―――に落ち着いた。最終的にはウィルソンとアップチャーチの共同研究によって、ティタノサウリアの姉妹群ということでコンセンサスを得、現在に至っている。

 そんなこんなで一件落着となったエウへロプスは、現在ではエウへロプス科という安住の地(?)を得て、ソンフォスポンディリ―ティタノサウルス形類として確固たる地位を築いている。エウへロプス科にはアジア産の様々な竜脚類が分類されるようになって久しく、だいぶ賑やかなグループとなった。
 肝心の復元骨格がないままだったエウへロプス(ウプサラ大の展示は、純骨を大胆にもそのまま組み上げた「だけ」であった)だったが、今年の夏にようやくチャンスが巡ってきた。Exemplar aとExemplar bのレプリカにExemplar cの「模型」を組み合わせ、エウへロプスは幕張でひっそりと息を吹き返したのだった。

(ところで、メガ恐竜展の図録でも触れられているとおり、Exemplar aおよびcとExemplar bとではややサイズが異なる。比較できる椎骨はExemplar a・cの方が若干長いのだが、一方で大腿骨はExemplar bの方が細長い(分類上有意な違いではないだろう)。実のところ、そのまま合体させても別に違和感はない程度の差ではある。筆者の描いた骨格図ではExemplar aにサイズを統一しており、従ってExemplar bと比べると相対的に後肢が若干短くなっていることになる。なお、今回Sさんに多くの資料提供を頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。