GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

迂闊な皇帝陛下

イメージ 1↑“ディナモサウルス・インペリオススDynamosaurus imperiosus"
BMNH R7994(旧AMNH 5866)の左歯骨(内側面)

 ティラノサウルスと言えば、今日に至るまでにいくつかの属をジュニアシノニムとして取り込んできた。その中に、タッチの差で先取権を得ることのできなかった学名が存在する。今回紹介する“ディナモサウルス”がそれである。

 とうの昔に伝説的な化石ハンターとなっているバーナム・ブラウンであるが、彼がアメリカ自然史博物館(AMNH)に就職したのは1897年、当時24歳の時である。就職した翌年にはパタゴニアへ飛ばされ(命令を受けてからわずか2時間で出発したという伝説が残る)、その後1年半(!)に渡ってかの地で調査を行った。
 さて、パタゴニアでの調査を終えたブラウンは、アメリカに戻ってさほど間をおかずに(1900年)ワイオミング州で調査を行うことになった。そこで、とんでもなく巨大な獣脚類の化石と出くわしたのである。

 化石は当時知られていた白亜紀の獣脚類の中で最も完全な状態であった。ほぼ完全な歯骨に完全な頸椎、それに続く複数の部分的な胴椎、多数の肋骨、部分的な腸骨と座骨、大腿骨が保存されていたのである。そして、それと共に大量の皮骨が発見された。化石化はあまり進んでおらず、軟い母岩にもろい骨が埋まっているというかなり面倒な状況であった。
 オズボーンは皮骨がこの動物に属するのかどうか少々疑っていた(一緒にトリケラトプスのフリルの一部と“イグアノドン類の”顎の一部も見つかっていた)。が、この皮骨が「獣脚類の肋骨と共に」見つかったため、やはりこの巨大な獣脚類が皮骨を持っていたのだろうと結論した。

 この発見から2年後、ブラウンは再びとんでもない化石と出くわすことになった。とてつもなく硬い砂岩に埋まっていたこの化石を発掘してクリーニングするのに実に3年の歳月が費やされ、そして運命の1905年10月4日を迎えたのである。

 この日、AMNHの古脊椎動物部門のトップに君臨していたH.F.オズボーンはある論文を発表した。論文中で彼は1902年に発見された巨大な獣脚類AMNH 973にティラノサウルス・レックスTyrannosaurus rexの学名を与え、続いて1900年に発見された標本AMNH 5866―――多数の皮骨を含んでいた―――にディナモサウルス・インぺリオススDynamosaurus imperiosusの名を与えた(そして最後に、コープが以前ラエラプス属とした2つの頭骨を、アルバートサウルス・サルコファグスAlbertosaurus sarcophagusという新属新種に分類した)。
 この時点での記載はかなり簡潔なものであり(何しろ、AMNH 973のクリーニングはダイナマイトまで使いながらもこの時点で完了していなかったのである。クリーニングの終了した後肢と骨盤はすぐに組み立てられて展示に回されたのだが。)、皮骨の有無に基づいてティラノサウルスディナモサウルスを区別していた。クリーニングは終わっていなかったが、AMNH 973と共に皮骨は見つかっていなかったのである。
 ディナモサウルスはこの時点でクリーニングが終了しており、歯骨に関して図示されている。

 翌年にはAMNH 973のクリーニングが終了し、この時初めて状況が明らかとなった。母岩から姿を現したティラノサウルスの骨格は、ディナモサウルスのそれと解剖学的に区別できなかったのである。オズボーンは1906年の論文で即座にディナモサウルスをティラノサウルスのシノニムとした。一方で、1916年までティラノサウルスが巨大な皮骨をもっていると考え続けたのだった。

 結局、ディナモサウルスの皮骨はアンキロサウルスのものであると考えられるようになった。皮骨には歯型も残っており、肋骨の側で発見されたことと併せて考えると、どうやらティラノサウルスの犠牲になったということらしい。

 その後、1960年に“ディナモサウルス”はロンドン自然史博物館(この時点ではまだ大英博物館の分館扱いだった)に売却されることとなった(皮骨にはBMNH R8001のナンバーが与えられた)。”ディナモサウルス”はAMNH 5027(ブラウンの採集した第3のティラノサウルスの骨格)のレプリカと組み合わせてウォールマウントとして組み上げられたのだが、この時大英博物館のキュレーターであったニューマンは、従来53個と推定されていた尾椎を37個に減らし(現在では46個ほどと推定されている)、短くなった尾を地上から持ち上げた状態で組み上げたのである。短くなった尾と合わせて「ゴジラ立ち」から解き放たれたこの“ディナモサウルス”は、今日のティラノサウルスの骨格復元の礎となったのだった。

 数奇な運命をたどった“ディナモサウルス”はその後のリニューアルで解体されたが、今日でも歯骨などは展示されている。「力強い皇帝爬虫類」はまだまだ元気(?)なようだ。