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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

イグアノドンの果て

 読者の皆様は、恐らくイグアノドンの最初の(認識された)化石がイギリス産であることはご存じだろう。当然、マンテルがどーたらこーたらの話は知っているだろうからそういうことにして話を進めたい(強引)

 さて、命名されてから来年で190年になるイグアノドンであるが、今日までに凄まじい数の種が命名されてきた。この時点でお察しの方も多かろうが、近年の研究でそれらの再検討が進み、いまやイグアノドン属には1ないし2種のみが残るのみとなった。
 今回は、かつてイグアノドン属とされた種や標本のうち、比較的よく知られたものの現状について書き散らかしたいと思う。恐竜学最前線⑪⑫をお持ちの方はご用意の上で、お付き合い願いたい。


“テロサウルス・アングリクスTherosaurus anglicus ヴァランギニアン中期
 マンテルらが最初にイグアノドンの学名をつけた標本群(サセックス州のティルゲート・フォレスト産のもの)には種小名が与えられておらず、模式標本の指定もなかった。そのため、後にこの種小名が提唱され、レクトタイプ(後基準標本)NHMUK(あるいはBMNH) R2392が指定された。(さらに後になって、ティルゲート産の歯にイグアノドン・マンテリI. mantelliの学名も与えられている。明らかにこれはI.アングリクスのジュニアシノニムである。)
 レクトタイプはイグアノドン類に典型的な歯からなり、他にアングリクスと考えられる標本も、骨格要素は腰帯程度しか知られていないようである。マンテル(メアリの方)が最初に発見したとされる歯(これはレクトタイプではない)は、ニュージーランドに渡った息子に送られ、現在ニュージーランドのテパパ・トンガレワ博物館が所蔵している。
 お察しの通り、現在では歯に基づいて種を定義するわけにはいかない。2000年、動物命名法国際審議会(ICZN)は本種をイグアノドン属の模式種から外し、よく知られたイグアノドン・ベルニサーレンシス(後述)を模式種とした。
 イグアノドン属の模式種から外されたことにより、現在では本種はテロサウルス・アングリクスTherosaurus anglicusと呼ばれることもある(ただし、きちんと論じられたわけではないようだ)。いずれにせよ疑問名とされており、今日では歴史的な意味しかもたない種と言ってよいだろう。

マンテロドン・カーペンターリMantellodon carpenteri アプチアン前期
 ケント州のメイドストーンから、初めてのイグアノドンのまとまった部分骨格NHMUK R3741が発見された。マンテルは大枚をはたいてこれを購入し、有名な骨格図(実のところ、これは発表を前提としたものではなく、ほんのスケッチ程度のものらしい)を描いた。この標本には前後肢などかなりの部分が含まれている(有名な「鼻の角」は別標本から引っ張ってきたらしい)。水晶宮の有名な復元模型もこれに基づいている。
 最近になって本標本はマンテリサウルス(後述)である可能性も指摘されていたが、G.ポールによって新属新種とされた。
 (模式標本の)全長はおおざっぱに6.5mほど、前肢は短めである。

イグアノドン・ベルニサーレンシスIguanodon bernisartensis バレミアン後期~アプチアン初期
 ベルギーのベルニサール炭鉱で発見された有名な種であり、多数の完全な骨格が知られている。先述の通り現在ではイグアノドンの模式種となっている。
 体型は非常にがっしりしているが、尾はきゃしゃである。前肢は非常によく発達しており、4足歩行していたと考えられる(ただし、幼体は前肢がまだ短めらしく、2足歩行が主体だったらしい)。
 模式標本のレプリカを福井県博で見ることができる。最大の標本では全長13m(!)に達する可能性があるようだ。化石はベルギーに留まらずフランスやドイツ、スペインなどから見つかる。モンゴル産の化石にも本種とされたものがあるが、恐らくこれは異なる種だろう。

ドロードン・バンピンギDollodon bampingi バレミアン後期~アプチアン初期
 同じくベルニサールから発見された、「細身のイグアノドン」が本種である。もともとイグアノドン・マンテリとされ、のちにI.アザーフィールデンシスとされた。一時期ベルニサーレンシスのシノニムになりかかったが、マンテリサウルス・アザーフィールデンシスとして独立した。が、その後マンテリサウルスとも異なるらしいということで、新属新種となった。
 本種は“イグアノドン”・シーリーイ"I". seelyiのシノニムである可能性が指摘されている(その場合、種小名はシーリーイが優先される)。また、やはりマンテリサウルス・アザーフィールデンシスである可能性も指摘されており、実のところ独自性は微妙である。いずれにしても、イグアノドンとは異なるのは確実なようだ。
 全長は6.5mとされる。前肢は短めであり、2足歩行もできただろう。

マンテリサウルス・アザーフィールデンシスMantellisaurus atherfieldensis バレミアン末~アプチアン初期
 ワイト島から見つかったかなり完全な骨格NHMUK R5764を模式標本とする。もとはイグアノドン属であったが、これもポールによって最近新属とされた。
 模式標本(亜成体らしい)のレプリカは福井県博で見ることができる。すらりとした体型であり、前肢は短めである。全長は模式標本で5.4mとされる。ヘテロサウルスHeterosaurusなどのほか、プロプラニコクサProplanicoxaも本種のシノニムらしい。

アルティリヌス・クルザノヴィAltirhinus kurzanovi アルビアン
 もともとモンゴル産のイグアノドン・オリエンタリスIguanodon orientalisの参照標本として知られていたいくつかの部分骨格(ほぼ完全な頭骨を含む)だったが、比較的最近になって、I.オリエンタリスは疑問名とされた(ついでに、I.ベルニサーレンシスの実質的なシノニムとなった)。この時に、上述の参照標本が新属新種とされ現在に至っている。全長は6.5mとされている。

ダコタドン・ラコタエンシスDakotadon lakotaensis バレミアン
 もともと、アメリカのサウスダコタ産の部分的な頭骨に対してイグアノドン・ラコタエンシスと命名したものである。I.ベルニサーレンシスのシノニムとする意見もあったが、最近になってG.ポールにより独自の属名が与えられた。全長は6mとされている。


 
 これらはほんの一部である。英語版wikipediaをのぞけば、その凄まじい状況にめまいを覚えられるだろう(ついでにメガロサウルスのページを見ると発狂すること請け合いである)。
 今回紹介した種のうち、マンテロドンとドロードン、マンテリサウルスにダコタドンの命名はG.ポールによるものである。それだけで嫌な予感に駆られた読者の皆様は多いだろうが(筆者もその口である)、ドロードン以外はひとまず有効属としてコンセンサスが得られているようである。
 このあたりの系統解析は何度か試みられているが、まだまだ不安定な状況である。今後の状況について、色々と注視しておく必要があるだろう。