そんな中、ネメグトNemegt層(マーストリヒチアン前期、7000万年前ごろ?)で中型の竜脚類の化石が発見された。おおむね関節の繋がった状態(もっとも、タルボサウルスか何かに食い荒らされたらしく右の前肢と肋骨が体の左側から発見されたのだが)で、頭と首が失われている以外はほぼ完全な骨格だった。
骨格にはいくつも奇妙な特徴がみられ、ひとまずカマラサウルス科の新種として1977年に記載された。それがオピストコエリカウディア・スカルジンスキーイOpisthocoelicaudia skarzynskiiである。(今さら属名の由来については解説しない。ググればすぐ見つかるしね)
しばらくの間カマラサウルス科として扱われていた本種だが、90年代に入ってティタノサウルス類に分類する説が浮上した。00年ごろまで揉めたのだが(恐竜学最前線の記事あたりを見るとこの辺の混乱がよくわかる。オルシェフスキーは尾椎の特徴からオピストコエリカウディアは「ティタノサウルス科ではありえない」としつつも、当時から一般にティタノサウルス類だとされていたアルギロサウルスArgyrosaurusとの類似性を指摘している。もっとも、オルシェフスキーはティタノサウルス類を単系統とは考えていなかったフシがあるのだが)、結局ティタノサウルス類としてコンセンサスが得られ、現在に至っている。
ティタノサウルス類の系統はわりと混乱気味であるのだが、多くの場合、アラモサウルスAlamosaurusやサルタサウルスSaltasaurusなどと近縁とされている。ここ10年余りで本種とごく近縁である可能性のあるティタノサウルス類がいくつか発見されているのだが、いずれも断片的であり、本種の系統的な位置の確認にはあまり役立っていない。
さて、原記載時にはカマラサウルス科とされていたこともあり、本種の学名の有効性は明らかであった。が、本種がティタノサウルス類であることが指摘され始めた90年代以降、ある可能性が浮上する。
本種と同じネメグト層から、1971年にネメグトサウルス・モンゴリエンシスNemegtosaurus mongoliensisという竜脚類が記載されている。頭骨しか知られておらず、原記載時にはディクラエオサウルス科に分類されていた。その後の研究で、本種も明らかなティタノサウルス類とされ、ネメグトサウルス科が樹立されるに至った。
ここで問題が浮上したわけである。オピストコエリカウディアとは、ネメグトサウルスの体部なのではないか?
もしそうだとすれば、オピストコエリカウディアはネメグトサウルスのジュニアシノニムとなる。(半ば暫定的に)ネメグトサウルスがオピストコエリカウディアの復元に用いられることがあり(G.ポールの骨格図、およびワルシャワにあるオピストコエリカウディアの復元骨格参照)、両者を実質的に同じものとして扱っている例はわりとよく見かける。
ネメグトサウルスの模式産地からはオピストコエリカウディアと思しき尾椎が見つかっているといい、両者が同じ恐竜である可能性を示唆している。もっとも、例えばジュラ紀後期の北米のように複数の竜脚類が共存していた例も珍しくない。このあたり、現時点では同一種であるか否か言い切るのは難しいだろう。
ネメグトサウルス科では体骨格の知られているものが2種(ラペトサウルスRapetosaurusとタプイアサウルスTapuiasaurus)存在し、系統解析の結果、ネメグトサウルス科とオピストコエリカウディア(サルタサウルス科)は別系統であることが示されている。ひとまずオピストコエリカウディアとネメグトサウルスは別の恐竜という説が支配的ではあるが、ティタノサウルス類の系統には不明な点も多く、まだ確実とは言い切れないかもしれない。
そんな事情もあり、モンゴル展で展示された骨格はあえて頭部と頸部の復元は行わなかったわけである。もっとも、オピストコエリカウディアが「ディプロドクス型」の頭部であった可能性は(ネメグトサウルスとのシノニム問題を抜きにして)かなり高いと言えるだろう。