↑パキケファロサウルスの各成長段階にある頭骨。同じ色で塗られたスパイクは相同である。“ドラコレックス”の頭骨(G,H)が上下に強く押しつぶされている点に注意。Horner and Goodwin, 2009より スケールは5㎝
パキケファロサウルスPachycephalosaurusと言えば、こないだ最終回を迎えた某戦隊でも人気(だったと信じる)の、有名どころの一つである。有名どころではあるのだが、実のところ色々な苦難(?)と戦ってきた恐竜でもある。堅頭竜類Pachycephalosauriaネタで記事を何も書いていなかったので、せっかくだから紹介したい。
さて、そもそもの発端は1872年にさかのぼる。アメリカはモンタナ州、ヘル・クリーク層にて、ちょっとしたこぶの集合体の化石(長さ5㎝ほどの塊である)が発見された。恐竜かどうかも怪しい化石だったが、とりあえずティロステウス・オルナトゥスTylosteus ornatusとして記載された。そして1928年に研究されたのを最後に、ティロステウスは表舞台から姿を消した。
時は流れて1921年、カナダ・アルバータ州のダイナソー・パークDinosaur Park層から、パキケファロサウルス類(当時そんな分類は存在しなかったのだが)の骨格が発見された。この骨格はステゴケラスStegocerasであることが判明し、当時分類はおろか姿さえ定まっていなかったステゴケラスの復元を可能とした。
めでたくステゴケラスの良好な標本が見つかったわけであるが、ここであることが発覚した。ステゴケラス(1902年命名)の前上顎歯とトロオドン(1856年命名!)の歯が形態的に区別できなかったのである。かくして、ステゴケラス・ヴァリドゥムはトロオドン・ヴァリドゥスへと改名された。(いまでこそトロオドンは立派な小型獣脚類として認知されているが、実のところこれは20世紀半ばになって判明したことである。)
さて、1931年になり、アメリカのワイオミング州、ランスLance層にて発見された巨大な堅頭竜の頭骨ドームが、トロオドン・ワイオミンゲンシスT. wyomingensisとして記載された。既知のトロオドンの頭骨の倍以上の大きさがあり、年代自体も新しかった。
1943年、ヘル・クリーク層で発見されたほぼ完全な頭骨(AMNH 1696;上の図のA,B)に基づき、遂に(?)パキケファロサウルス・グレンジャーリP. grangeriが命名された。さらにこの時、トロオドン・ワイオミンゲンシスもパキケファロサウルス属に組み込まれ、P.ワイオミンゲンシスとして改名された。やがてP.グレンジャーリはP.ワイオミンゲンシスのシノニムとされ、ここにようやくパキケファロサウルス・ワイオミンゲンシスが誕生したのである。(そして、1945年になって、やっとこさトロオドン=獣脚類であることが判明した。最終的にトロオドンの姿が明らかになるには1987年を待たねばならない)
が、それで終わりではなかった。1977年になって、ベアド(最近名前聞かないんだけど…生きてるのかこの人?)とホーナー(きれいなホーナー)が、ティロステウスが実はパキケファロサウルスのシニアシノニムであることを発見したのである。専門家ですらほとんど誰も知らない恐竜であったこともあり、1986年になってティロステウスの名は「廃止」された。
1980年代になって、パキケファロサウルスの眷属に新たに2種が加わった。スティギモロク・スピニフェルStygimoloch spiniferとステノトルス・コーレロルムStenotholus kohlerorumである(が、直後にスティギモロクとステノトルスの特徴を合わせ持つ頭骨(MPM 8111;図のE,F)が発見され、あっという間にステノトルスはスティギモロクのシノニムになってしまった)。
90年代にはパキケファロサウルスともスティギモロクともつかぬ骨格の大部分が発見された。「パキケファロサウルスの全身骨格」のベースとなった標本(UCMP 556078;図のC,D)である。
さらに2007年になって、ドラコレックス・ホグワーツィアDracorex hogwartsia(もはや何も言うまい…模式標本TCMI 2004.17.1;図のG,H)が記載された。
で、2009年になって、スティギモロクとドラコレックスがパキケファロサウルスのジュニアシノニムにあたる可能性がホーナーとグッドウィンによって指摘されたわけである。トリケラトプス―トロサウルス問題と同様、スティギモロクとドラコレックスはパキケファロサウルスの幼体や亜成体に過ぎないというわけである。この説に関しては(トリケラ―トロ問題とは異なり)大して反論も出なかった。(この説には筆者もおおむね賛成である)
ところで、ホーナーとグッドウィンの論文中で、ほんの少しだけ触れられた未記載標本があったりする。プライベートコレクションであることから論文中で深入りはされなかった標本がこれである。(この標本に関してはディノプレス④に詳しい。ガリアーノとメーリングが記事を書いている時点でお察しください)
全体としてドラコレックスによく似ているが、スパイクはずっと短く、すでにパキケファロサウルスの成体と相対的な長さはあまり変わらない。
ドームが発達していない、おそらくは生殖能力を持たない大型幼体の時点で“ドラコレックス”と明瞭な違いが見受けられるということは、両者が別の種である可能性を示唆する。ガリアーノ標本はパキケファロサウルスの幼体であり、“ドラコレックス”はスティギモロク(既知の標本はいずれも成長しきっていないとは言うが)の幼体として考えられなくもないだろう。
そんなわけでスティギモロクは(少なくとも種のレベルでは)独立させても良いように思ったりもするが、いかんせんガリアーノの標本はプライベートコレクションなのであった。