↑Skeletal reconstructions of Tyrannosaurus rex.
Bottom to top, FMNH PR 2081 (SUE; holotype of Tyrannosaurus imperator);
CM 9380 (holotype);
USNM PAL 555000 (Wankel Rex; holotype of Tyrannosaurus regina). Scale bar is 1m.
The Princeton Field Guide to Dinosaursの初版(2010年)では特に何もせずそのままにしていた一方、第2版(2016年;邦訳されたのはこちらのバージョン)で突如ティラノサウルス・レックスを3種(肉食恐竜事典の時とは異なり、さすがに命名まではしなかった)に分割して読者の度肝を抜きつつも、「いつものポール」として納得させたポールである。第2版が出る前に実のところこういう話もあったりして、そのあたりの経緯を踏まえたらしい話ではあった。
この話の音沙汰はそれきり聞こえず、BHIのごたごた(とその結果としてのスタンの売却)やらもある一方、2020年にはティラノサウルスの成長に伴う形態変化に関する大著がカーによって出版されていたわけである。結局ティラノサウルス・レックスの“がっしり型”と“きゃしゃ型”からなる性的二形は認められず、いわゆるティラノサウルス・“エックス”――性的二形の話とは別に、ティラノサウルス・レックスを2種に分割すべきという(ラーソンやバッカー以外からは特に顧みられなかった)意見もここで一蹴されていた。
ひるがえって、ポールを筆頭に(かといって生層序に強そうな著者が共著で入っているというわけでもない)出版された問題の論文(本文はポールのサイトで読める;SIはフリー;洒落にならない誤字が割とある)は、恐竜フィールドガイド第2版の意見をそのまま査読論文として完成させた格好であった。ティラノサウルス・レックスをその形態(と時代)に基づき3種――ティラノサウルス・インペラトル、ティラノサウルス・レックスそしてティラノサウルス・レギナに分割したのである。
ポールらの意見は、つまるところ従来言われていた(そしてやんわり完全否定されていた)「ティラノサウルスの性的二形」と「ティラノサウルス・“エックス”」とを、生層序学的な観点と組み合わせたものであった。ティラノサウルス科では歯骨の最前方に「切歯状(あるいはノミ状)incisiform」(前後幅より左右/唇舌幅の方がずっと広い)の歯をもっているが、ティラノサウルス・“エックス”は第1歯骨歯に加えて第2歯骨歯まで「切歯状」であると言われていた。
このあたりの情報を組み合わせると、ポールらの弁ではティラノサウルス・レックスを3種に分割可能ということになる。曰く、
ティラノサウルス・インペラトルTyrannosaurus imperator
時代:相対的に最も古い
歯骨前方の「切歯状」の歯:2本(“エックス”型)
体型:“がっしり型”(“メス”型)
主な標本:“スー”(FMNH PR 2081;ホロタイプ)、“トリスタン”(HMN MB.R.91216)、“Bレックス”(MOR 1125)、“バッキー”(TCM 2001.90.1)
ティラノサウルス・レックスTyrannosaurus rex
時代:T. インペラトルより新しい(T. レギナと共存)
歯骨前方の「切歯状」の歯:1本(レックス型)
体型:“がっしり型”(“メス”型)
主な標本:CM 9380(ホロタイプ)、“スコッティ”(RSM P2523.8)?、NHMUK R7994(“ディナモサウルス・インペリオスス”のホロタイプ)?
ティラノサウルス・レギナTyrannosaurus regina
時代:T. インペラトルより新しい(T. レックスと共存)
歯骨前方の「切歯状」の歯:1本(レックス型)
体型:“きゃしゃ型”(“オス”型)
主な標本:“ワンケル・レックス”(USNM PAL 555000;ホロタイプ)、“スタン”(元BHI 3033)、“ペックス・レックス”(MOR 980)、“ブラック・ビューティー”(TMP 81.6.1)
と、ざっとこのようなことになる。AMNH 5027は四肢を欠くために“がっしり型”か“きゃしゃ型”か判別できず、産出層準もはっきりしないため、(かつて“エックス”の筆頭ではあったが)種不定とされた。また、いわゆる「ナノティラヌス」は属種不定のティラノサウルス科とされている。
ざっくりそれぞれの違いをまとめてみれば、それぞれが非常によくまとまった/合理的に分かたれた種であるように見えるのは当然のことである。“がっしり型”と“きゃしゃ型”を明確に分けることはできないという話はカーが最近述べた通りで、化石の変形の影響でそもそも真っ当な計測を行うことが難しいという話は90年代当時からよく指摘されてきたことでもある。「切歯状」の歯の本数については実のところポールらの論文の中でも種内変異を認めており、少なくとも現状で明確な何かしらを言うことは(かねてから言われていた通り)難しいだろう。産出層準の議論については恐ろしくふわふわした話に留まっており、各標本の産出地点をきちんと比較したという話ではない(しかも多くの標本は“歴史的”な代物であり、産地の再訪は必須と言える)。成長段階についてカーほど精査していないという話はおまけにもならないだろう。
ティラノサウルス・レックス(には当然とどまらない)の各標本で様々な違いがみられることは端から知られていた話であり、小学生ですら知っている話ではある。ここにいかなる科学的な説明を加えるかが問題になってくるわけだが、そのあたりポールらの論文はわりと問題外の代物である。
(新種の記載を行っているわけなので当然独自性についての簡潔かつ明確な説明が求められるわけだが、論文のおしりにまとめられたそれはgenerallyとusuallyの連発される代物であった。卒論ですらだいぶ赤が入る;種内変異がみられることは当然の話なのだが、つまり分割した種の種内変異が他の種と重複しているという話でもある。)
トリケラトプス属は種の変遷に関する理解が相当に進んだこの10年あまりであるが、これはそもそも明確に分けられる2種があり(それでも中間型がかなり以前から知られていた)、現代的な手法でもって広範な地域(それでもヘル・クリーク層の分布域の一部に限られている)から多数の新標本を得た(既知の標本についても産地の再訪に努めた)結果である。
なんだかんだ言っても(一般に言う)ティラノサウルス・レックスは白亜紀最後の200万年ほどにわたって比較的広い地域で栄えた種ではあり、今日の生物学者をその数百万年間の中に送り込めばそこから数種を見出すことができるかもしれない。とはいえ、それがポールらの言うティラノサウルス・インペラトルとティラノサウルス・レギナに相当するかどうかは全く別の話である。
ティラノサウルスのこのあたりを巡る話は常にくすぶっているものであるが、こうした状況を一歩前に進めるには、既知の産地の徹底的な再訪なり、(このあたりの議論に供せるレベルの)新標本の確保なりが必須である。収蔵庫巡りだけで何かを言える場合は必ずしも多くはなく、そして標本リストのスタンの前に掲げられた「ex」がすべてを物語っている。
◆2022.7.26追記◆
当初から散々な評であったポールらの分割案であったが、半年も経たずにそうそうたる著者によるコメントが出版された。浮足立った古生物クラスタの脇腹に針を刺して引く抜くような書き口でもあり、ひたすらに(筆者ですら上の記事で延々書き綴った)「一般論」を丁寧に述べている(本来ポールらがきちんと示しておくべきであった図表の類まできちんと載せている)格好である。スタンの詳細な記載がなされたところでひっくり返るような話ではないことは強調してもしすぎることはないだろう。