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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

未知の花、魅知の旅

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↑Composite skeletal reconstruction of "DPF Zapsalis" Saurornitholestes langstoni largely based on  UALVP 55700. Scale bar is 1m for  UALVP 55700.

 

 いい加減で夏である。どうしようもない情勢にあるのはだいぶ前から変わらずで、とはいえ筆者の出る幕はどうにか2件ほどお披露目されている格好である。どちらも関係者の尽力(文字通りであろう)によって立った企画であり、ぜひ体感していただきたいところである。

 

 丸5年は前になるが、久慈―――岩手県北東部に露出する久慈層群(チューロニアン~カンパニアン前期)の玉川層上部(チューロニアン後期;ざっと9000万年前ごろ)のマイクロサイト――マイクロサイトにふさわしく、実に様々な小型の化石が報告されている――からリチャードエステシアRichardoestesia(リカルドエステシア表記も一般に見かけるものであるし、原記載者の意図としてはそちらの方が沿っているような気もするのだが、それはそれである)が産出したという話が知られるようになった。北米ではうんざりするほど(市場にも一般的に出回る程度には)産出する化石ではあるのだが、一方でアジアでは奇妙なほど記録に乏しく、いわゆる“tooth taxon”――ほぼ歯化石のみに基づく事実上の形態属――にしても珍しいものが出たということで、それなりに盛り上がったような記憶がある(そのあと筆者は酒を飲んだのだが)。とはいえ大々的にぶった話でもなく(学会の夜間小集会で出た話題でしかなかった)、なかなかどうして(他の恐竜の歯化石もろとも)論文になる気配もなかったのである。

 だしぬけに7月9日付で久慈のリチャードエステシアの化石が報道発表された公式のリリースがなぜか一番しょっぱい)が、これは2“種”――模式種であるリチャードエステシア・ギルモアイR. gilmoreiと リチャードエステシア・イソスケレスR. isoscelesであった。そしてパロニコドンParonychodon(種小名の言及はないが、とりあえず歯冠がひょろ長くカーブの弱いタイプである)とおまけにティラノサウルス類(少し前に単発で報道発表があったもの;いわゆるアウブリソドン型)までついてきたのである。

 

 リチャードエステシアとパロニコドンといえば、アジアでは珍しいものの、北米ではいくらでも産出する部類の化石である。空間のみならず時間分布も広く(玉川層の記録はかなり古い部類に入る)、白亜紀後期後半の北米の恐竜相の復元では避けて通れないはずではあるのだが、体骨格が事実上知られていない(リチャードエステシア・ギルモアイのホロタイプで歯骨の断片が知られている程度)ため、何かしらの復元は非常に困難である。

 パロニコドンは歯しか知られていないものの、リチャードエステシアと比べればずいぶんマシな状況にはありそうだ。パロニコドンと同様の分岐したリッジをもつザプサリスZapsalis(これも"tooth taxon"として悪名高い)はサウロルニトレステスやバンビラプトル、ヴェロキラプトルの第2前上顎骨歯と酷似することが知られており、つまりザプサリスはなにかしらの(それぞれの時空間に応じた複数種の)エウドロマエオサウルス類の前上顎骨歯と考えることができる。パロニコドンも様々なデイノニコサウルス類――トロオドン類やなにがしかのドロマエオサウルス類の前上顎骨歯と考えることができるだろう。

 リチャードエステシアの場合、まともに(同定がそれなりに可能な程度に)骨格の残った標本でリチャードエステシア型の歯が植わっていたという例は知られていない。R.ギルモアイのホロタイプの歯骨とどんぴしゃで一致する歯骨も現状では確認されておらず(このあたり、例えばブイトレラプトルでは内側面の観察が難しいという事情も効いてくるだろう;しばしば魚食性が指摘されるリチャードエステシアだが、ブイトレラプトルやハルスカラプトルといった同じく魚食性の可能性が指摘されているものと、保存されている限りでは特別歯が類似しているわけでもないようだ)、ままならない状況である。R.イソスケレス(こちらは遊離歯しか知られていない)に至っては恐竜ではなくセベコスクス類との類似さえ指摘されており、"tooth taxon"の面目躍如といったふうでさえある。あるいは、リチャードエステシア2種は同じ(複数の)種の異なる位置の歯を見ているのかもしれず、"tooth taxon"の多様性の評価の意味を突き付けてくる。パロニコドンとリチャードエステシア2種が同じ(やはり複数の)種の恐竜に属する可能性さえままあるのだ。

 

 リチャードエステシアやパロニコドン各種を他の恐竜の属種(しょせん形態分類に過ぎないのは同じことなのだが)と同じ次元で評価する研究者はとっくの昔にいなくなっているはずではあるが、とはいえ現状ではこれら"tooth taxon"も名前を付けて扱うほうが便利なケースは多々あるだろう。白亜紀後期の広大な時空間で栄えたなにがしかの(恐らくは)非鳥類獣脚類の存在は確かであるし、それがかつての久慈――太平洋を望む沿岸域で暮らしていたのも間違いない。ザプサリスの正体は命名から140年ほどで突如明らかになったわけで、北米やアジアのどこかにはリチャードエステシアやパロニコドンの持ち主がそっくり眠っているはずである。