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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

巨人のかけら

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↑Skeletal reconstructions of Giganotosaurus carolinii.
MUCPv-Ch1 (holotype; top) and MUCPv-95 (bottom).
Scale bar is 1m.

 ギガノトサウルスは言わずと知れた「最大級の獣脚類」のひとつであり、(当時としては珍しく)命名直後に大きく紹介されたこともあって、日本国内(というか世界的に)での知名度は非常に高い。一方で、「水増し」頭骨といった話題にも事欠かず、「不完全な」骨格と相まって、ティラノサウルスとの「全長競争」で(特に意味のないレベルの)議論を呼んでいる。
 全身骨格の問題―――むしろ頭骨の問題は二の次といってもよいかもしれない―――もあり、実のところこれまでギガノトサウルス・カロリーニイ(やカルカロドントサウルスそしてマプサウルス)の「妥当な程度に正確な復元」はほとんどなされてこなかった。例によって長くなりそうな導入だが、お付き合い願いたい。

 パタゴニア北部では19世紀の終わりごろから恐竜の化石がちょくちょく発見されており、リオ・リマイ渓谷を刻むリマイ川(ネウケン州とリオ・ネグロ州の境界に当たる)のほとりでも1889年には竜脚類の胴椎が発見されていた。これはノプシャによってボスリオスポンディルスと同定されたが、実のところこれはレバッキサウルス類―――最近になってノプシャスポンディルスNopscaspondylus命名された―――のものだった。
 この地域―――エル・チョコンには1972年にダム湖が建設されたが、ネウケン州側の岸にはネウケンNeuquén層群のリオ・リマイRio Limay亜層群カンデレロスCandeleros層(白亜紀後期セノマニアン前期;1億~9700万年前ごろ)が広がっていたのだが、前述の発見以来、めぼしい化石の発見はなかった。
 が、1987年になってコマウエ国立大学の調査隊がダム湖周辺の調査を行い、またこれとは別にこの地域を調査していたデルガドが前述の胴椎の産地を再発見したのである。かくして1987年以降、盛んにエル・チョコンのダム湖周辺で発掘調査が行われるようになった。
 初年度である1987年には早くもリマイサウルスやアンデサウルスといった竜脚類が続々と発見されたが、同時にデルガドは大きな獣脚類の歯も発見していた。翌1988年にはエル・チョコンから50kmあまり西(層準はだいたい同じ)でカルヴォによって巨大な歯骨MUCPv-95も発見され、未知の超大型獣脚類の存在は確実となったわけである。

 こうした状況はアマチュアの化石ハンターを呼び、1993年にはエル・チョコンで巨大な「竜脚類の」脛骨がアマチュア化石ハンターであるカロリーニによって発見された。しかしこの脛骨は大きな「膝頭」の突起をもっており、明らかに獣脚類―――待ち望まれていた超大型獣脚類のものであった。かくしてデスポーズで関節した尾を含む全身の大部分――部分的な頭骨、尾の先端を除くほぼすべての椎骨(神経棘はほとんど失われていた)、肋骨の破片、部分的な肩帯、腰帯、足以外ほぼ完全な後肢が姿を現したのである。
 この骨格MUCPv-Ch1は、クリーニングがあらかた終わった(椎骨の大半などはまだ終わっていなかったが)1995年に新属新種ギガノトサウルス・カロリーニイGiganotosaurus caroliniiとして(簡潔に)命名・記載された。頭骨の長さはひとまず1.53mと推定され、大腿骨がスーよりもわずかに長かったことから「最大の獣脚類」であると考えられた(とりあえず全長は12.5mと推定された)。また、予察的に行われた系統解析では「トルヴォサウルス上科」より派生的なものとされ、アロサウルス上科(≒カルノサウルス類)+コエルロサウルス類クレードの姉妹群とされた。

 1996年にはセレノらによってカルカロドントサウルス・サハリクスのネオタイプ(有名な部分頭骨SGM-Din 1)が記載されたが、セレノらはこの時の系統解析でギガノトサウルスとアクロカントサウルスがカルカロドントサウルスに近縁であること、そしてこれらカルカロドントサウルス科がアロサウルス上科に含まれること)を指摘した。
 一方で、ノヴァスは1997年に(カリーによる予察的な考察と同様に)ギガノトサウルスがアベリサウルス類と近縁である可能性を指摘した。ギガノトサウルスがカルカロドントサウルス科に属することを認めつつ、縮小した上顎骨窓や著しく粗面化した鼻骨、小さくなった眼窩、眼窩の直上にある「ひさし」などがアベリサウルス類と類似していることを指摘したのである(さらにアベリサウルス類がケラトサウルス類とも類似していることを指摘している―――この当時、アベリサウルス類の系統関係についてまだコンセンサスは得られていなかった)。もっとも、それ以上突っ込んだ系統解析などは行われなかった。

 さて、こうした背景もあり、1996年ごろに完成したギガノトサウルスの復元骨格の頭骨は、可能な限りアベリサウルスに似せて復元されていた―――上顎骨の断片がやたらとマッシブであったことと鼻骨が不完全であったことも相まって吻は限界まで長く伸ばされ、後頭部―――脳函と方形骨のみが残っていた―――もアベリサウルスを参考に目いっぱい引き伸ばされた。ここに長さ1.8mの復元頭骨が完成し、全長13mの復元骨格が組み立てられたのである。
 1988年に発見された歯骨MUCPv-95がギガノトサウルスに属することに疑いの余地はなかったのだが、MUCPv-95はホロタイプMUCPv-Ch1の歯骨よりおよそ8%大きなものであった。この事実は、つまりギガノトサウルスの大型個体が14mに達する可能性を示していた。

 セレノらによるカルカロドントサウルスのネオタイプの記載以来、ギガノトサウルスの復元頭骨に関する問題がたびたび指摘されるようになった。結局カルカロドントサウルス類がアロサウルス上科に属することが確実視されるようになり、「長すぎる」頭をカルカロドントサウルスの(セレノらによる復元)頭骨に似せて復元される機会もしばしばだった。一方で、マプサウルスの復元頭骨は依然としてギガノトサウルスの復元頭骨に似せて作られていたわけである(なまじボーンベッドで個体のサイズがバラバラであったがために、模型としての出来はむしろギガノトサウルスの復元頭骨よりもはるかにひどい)。
 また、マプサウルスやティラノティタンが記載されると(以前から指摘されていたことではあるが)「首から後ろ」の復元の問題も指摘されるようになった。ギガノトサウルスの特徴の一つとみなされていた短い肩甲骨は単に(ひどく)破損していただけであり、浅い胸郭は単なるアーティファクトに過ぎなかったのである。

 ギガノトサウルスの復元骨格(やそれを参考に「作られた」マプサウルスの復元骨格)の問題点を挙げればキリがないのだが、(少なくとも頭骨に関していえば)もともとはそれなりにはっきりした根拠に基づいて復元されたものであった。一方で復元骨格を制作した当時とはギガノトサウルスを取り巻く状況が大きく変わっているのは事実である。実際のところ、ギガノトサウルスはどのような恐竜だったのだろうか。

 ギガノトサウルスのまとまった骨格は今もってホロタイプMUCPv-Ch1しか知られていない(しかも原記載以降骨学的な(再)記載は散発的なものにとどまっている)が、結局のところこの骨格はかなり完全である。
 頭骨は部分的にしか残っていないが、それでもカルカロドントサウルスより明らかにマッシブな上顎骨、カルカロドントサウルス類の中でも抜きんでて縮小した眼窩など、要所は残されている。カルカロドントサウルスの復元頭骨のアーティファクトは今となっては決して適切なものとはいえないが(明らかに前上顎骨が長く復元されすぎており、後部側頭窓はむしろ短く復元されすぎている)、今日ではカルカロドントサウルスに加えてアクロカントサウルスやマプサウルス、ティラノティタンの情報を盛り込むことで、かなり「妥当な程度に正確」に復元することが可能である。上顎骨や歯骨はかなり高く、カルノサウルス類としてはかなり長い歯が生えていたのだろう。
 アクロカントサウルスと比べると首は短くなっているが(マッシブな頭骨と調和的ではある)、脊椎全体として棘突起は(アクロカントサウルスほどではないだろうが)かなり高いようだ。頸椎の棘突起はかなり低いものとして復元されることがほとんどだが、実のところ復元骨格の軸椎以外の頸椎の棘突起はほぼ破損した状態のままのようである。
 四肢の欠損部位については本来の長さよりも長く復元されているきらいがある。現状アクロカントサウルスを頼りにするほかないのが辛いところだが、前肢にせよ足にせよ、復元骨格よりは短く復元する方が妥当なようである。

 結局、ギガノトサウルスの全長は「ティラノサウルスより少し長い」くらいのようだ。一方で胸郭の幅は依然としてティラノサウルスには及ばず(このあたりティラノサウルス類はやたらとゴツい)、体重はティラノサウルスと同じくらいか、むしろティラノサウルスの方が重かったのかもしれない。

 白亜紀“中期”の南米―――カンデレロス層では、ギガノトサウルスのほかイグアノドン類やティタノサウルス類(アンデサウルス+α)、レバッキサウルス類(リマイサウルスとノプシャスポンディルス)、アベリサウルス類(エクリクシナトサウルスEkrixinatosaurusと未命名の小型種)、基盤的コエルロサウルス類(ビケンテナリアBicentenaria)、アルヴァレズサウルス類(アルナシェトリAlnashetri)ウネンラギア類(ブイトレラプトル)といった非常にバラエティーに富んだ恐竜相が確認されている。こうした中にあって、ギガノトサウルスが猛威を振るっていたのは多分確かだろう。

 骨格図を描くにあたってしそさんほかに多大な資料提供をいただきました。ありがとうございました。