GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

鮫歯の竜の国

↑Skeletal reconstruction of Meraxes gigas holotype MMCh-PV 65.
Scale bar is 1m.

 

 カルカロドントサウルス類は(超)大型獣脚類としておなじみのグループ――になったのは90年代半ば以降、ギガノトサウルスの記載と直後に続いたカルカロドントサウルス・サハリクスのネオタイプの記載および系統解析が行われてからの話である。それまでの状況といえば、カルカロドントサウルスは実質的にシュトローマーの論文の図のみから知られている状態であり(ホロタイプはシュトローマーの調査とは無関係のアルジェリア産の2本の歯に過ぎず、言うまでもなく現存していない)、アクロカントサウルスもいくつかの部分骨格が知られるのみで復元はおろか分類もおぼつかないままであった。そもそも実態の伴ったグループとは認識されていなかったのである。

 90年代半ば以降、カルカロドントサウルスを取り巻く状況は劇的に変わった――のは間違いないのだが、しかし依然としてお寒い状況が続いていた。ネオタイプの指定によってオリジナルの分類群とは事実上別物として生まれ変わった(シュトローマーの記載した部分骨格はネオタイプと同じ分類群とみて間違いないだろうが)カルカロドントサウルス・サハリクスはなおネオタイプ以上の標本は発見されず、ギガノトサウルスに至っては骨学的記載が事実上ほとんどなされないまま30年近くが過ぎている。アクロカントサウルスはほぼ完全な頭骨を含む部分骨格が発見され、これに基づく復元骨格が世界中にあふれている――のはよいとして、商業標本という出自もあってその実態はだいぶ不明瞭でもある。ラス・ホヤスで発見された見事な骨格はコンカヴェナトルとして記載され、詳細な骨学的記載も出版された――が、これは絶妙に頭骨が粉砕されており、白亜紀後期初頭のものとは時代的にも形態的にも小さくないギャップがあるように思われた。当初ギガノトサウルスの新標本とも目されたマプサウルスのボーンベッドは様々な情報をもたらしたが、とはいえボーンベッドゆえに全体像の見えるものではなかったのである(復元骨格の出来が伝説的だという話は些末事ですらない)。

 

 とはいえパタゴニア――ギガノトサウルスやマプサウルス、ティラノティタンといった数々のカルカロドントサウルス類を産出してきた――での調査は盛んにおこなわれており、果たしてカンパーナ渓谷に広がる赤茶けたフインクルHuincul層はその期待に応えたのであった。ギガノトサウルスと比べればいささか小さいが、カルカロドントサウルスの本場たる南半球では初めて胸を張って「保存がよい」と言える部分骨格が姿を現したのである。

 この“カンパーナのカルカロドントサウルス類”はアクロカントサウルス以来となるほぼ完全な頭蓋が保存されており、前後肢や肩帯、腰帯も完全と言っていい状態であった。仙前椎はひどく風化していたが、尾椎は付け根から中ほどまで完全な状態であった。南半球でこれほどまとまった1体分の骨格が発見されたのはギガノトサウルス以来のことであったし、保存状態は比べ物にならないほどこちらが良好であった。

 分類学的記載に先駆けて骨組織学的な研究に供されたりもした(割合に壮絶な結果が出た)が、かくして“カンパーナのカルカロドントサウルス類”MMCh-PV 65はメラクセス・ギガスMeraxes gigas命名され、セノマニアンのカルカロドントサウルス類のなんたるかが初めて示されたのである。

 

(すでにメディアで広く取り上げられてもいるが、属名はゲーム・オブ・スローンズの原作に登場するドラゴンにちなんでいる。ファンタジーと言えばファイティング・ファンタジーだったり富士見ドラゴンブックと言えばバトルテックでグレイ・デス軍団だった筆者なので手癖でメカ絵を描くと80年代末~90年代初頭の河森絵もどきになるという話はここではしない。俗っぽい筆者なので日本語版のメックのデザインはやはりフェニックスホークが一番好きである。ロイヤル仕様の見てくれがおそらくストライクバルキリーという話もここではしないでおく。)

 

 

↑カルカロドントサウルス科の骨格。

上からギガノトサウルス・カロリニイ(ホロタイプMUCPv-Ch1)、メラクセス・ギガス(ホロタイプMMCh-PV 65)、カルカロドントサウルス・サハリクス(ネオタイプUCRC PV12)、アクロカントサウルス・アトケンシス(コンポジット;スケールはフランことNCSM 14345に基づく)、コンカヴェナトル・コルコヴァトゥス(ホロタイプMCCM-LH 6666)。スケールバーは1m。

ギガノトサウルス、アクロカントサウルスの腰帯のアーティファクトはおそらく不適切である。ギガノトサウルスの肩帯・前肢のアーティファクトがアクロカントサウルスに基づいている点にも注意。

 

 メラクセスの頭骨はカルカロドントサウルスとギガノトサウルスを足して2で割ったような作りで、涙骨の突起が目立つあたりは(カルカロドントサウルス類としては)珍しいが、その他にこれと言って特筆すべきものはない。肩甲骨はアクロカントサウルスのひょろりとしたものとは異なり、むしろブレードは相応の長さである。前肢の基本的なつくりはアクロカントサウルスやコンカヴェナトルと同様――なのだが、アクロカントサウルスのそれよりもさらに短く、手は(頑なに3本指は保持しつつも)おどろくほどの退縮ぶりであった。そして腰帯は、これまで復元されてきた大型カルカロドントサウルス類のそれとは全く異なった形態――コンカヴェナトルや「クリプトプスの腰帯」すなわち中型の比較的基盤的なカルカロドントサウルス類とよく似た形態であった。足は既知のカルカロドントサウルス類としては最も完全なもので、基本的なつくりはこれまでに報告されたものと特に変わりはなかった――が、やはり末節骨は特筆すべきものであった。第II趾の末節骨(カルカロドントサウルス類ではこれまで知られていなかった)が最も大きいのは獣脚類のボディープランの基本であったが、それにしても異様に長かった(単に長いだけであり、それ以上に特筆すべき特徴はなかった)のである。

 

 依然としてメラクセスのホロタイプは部分骨格に過ぎず、まして他のカルカロドントサウルス類はもっと部分的か、あるいは未記載のままである。とはいえメラクセスで初めて確認された数々の特徴は、少なからず他のカルカロドントサウルス類でも見られた可能性がある。

 メラクセスが産出したのはフインクル層の下部にあたり、ギガノトサウルス(フインクル層の下位にあたるカンデレロスCandeleros層産)とマプサウルス(フインクル層の中部産)との時代的なギャップを埋める格好となる。一方で、系統解析の結果メラクセスはより基盤的な位置――カルカロドントサウルスとティラノティタン-ギガノトサウルス+マプサウルスとの間(ギガノトサウルス族Giganotosauriniの最基盤)に置かれたのである。未記載とはいえ種々の写真からうかがえるギガノトサウルスの頸椎(列)とメラクセスの単離前方頸椎とでは長さに明らかな違いがあり、両者で少なからず体型に差があったことも確かだろう。このあたり、複数系統のカルカロドントサウルス類が白亜紀“中期”の南米でのさばっていた格好となる。

 

 かくしてメラクセスの発見により、カルカロドントサウルス類――脚光を浴びて以来30年でわかった気になっていたグループの思いがけない特徴が白日の下にさらされたわけである。異様に退縮した手、妙にきゃしゃな腰帯、やけくそ気味の長さになった第II趾の末節骨といった特徴が他のカルカロドントサウルス類に見いだせるかどうかは今後の発見次第でもあるが、とはいえこの30年弱でやり残されていたことはあまりにも多い。ギガノトサウルスのホロタイプはひなびた展示室の床にその身を横たえ、ずっと来訪者を待ち続けているのだ。