GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

ビッセクティの王位継承者

イメージ 1↑Composite skeletal reconstruction of Timurlengia euotica.
Based on referred specimen described Averianov and Sues (2012).
Scale bar is 1m for maxilla (ZIN PH 676/16).

 ティラノサウルス類の初期進化といえば、20年前までほとんど何もわかっていなかった。ここ10年余りで急速に理解が進みつつあるが、それでもまだまだわかっていないことは多い。白亜紀後期の中頃の化石記録が乏しいのである(ティラノサウルス類に限った話ではないのだが)。
 白亜紀後期の中頃の恐竜化石というのはかなりレア(少なくとも命名できるレベルの代物は)である。そういう意味でウズベキスタンのビッセクティBissekty層(チューロニアン~コニアシアン:大ざっぱに9000万~8500万年前)はかなり貴重な存在であった。イテミルスItemirusやビッセクティペルタBissektipelta、トゥラノケラトプスTuranoceratops、レヴネソヴィアLevnesoviaなど、(恐ろしく断片的ではあるものの)白亜紀後期後半に支配的となるグループの化石が見つかっているのである。オルニトミモサウルス類やティタノサウルス類の化石なども知られており、白亜紀後期後半の顔がすでに揃っていると言えよう。

 実のところビッセクティ層では1930年代の後半からティラノサウルス上科の化石が発見されていたのだが、断片的すぎてどうしようもない状態であった(例えば、ビッセクティ層で最初に見つかったティラノサウルス類の化石はアロサウルスとして記載される始末だった)。
 90年代に入るとようやくビッセクティ層の恐竜の評価が進み、それまでに発見されていたティラノサウルス類の化石はまとめてアレクトロサウルスsp.とされた。いずれの化石も単離した状態ではあったが、特に後肢の骨はアレクトロサウルス・オルセニの模式標本と似ているフシがあったのである。また、一部の歯についてはアウブリソドンの可能性も指摘された。
 が、何しろビッセクティ層産の化石は泣きたくなるほど断片的であった。「ビッセクティ産アレクトロサウルスの後肢」は実のところオルニトミムス類であり、また上顎骨の破片はイテミルスと思しきドロマエオサウルス類であった。そしてアウブリソドンがアレなのは言うまでもない。

 こういうわけで「ビッセクティ層産アレクトロサウルス」は実質的に消えてなくなってしまったのだが、一方で最近の調査によって、まぎれもないティラノサウルス上科の化石もいくつか採集された。これらの化石も単離した標本ではあったが、それなりの頭骨の要素を含んでいる点で大きな成果と言えた。いずれの化石も小型~中型サイズのほどほどに派生的なティラノサウルス上科のものであると考えられたが、結局は独自性の確認には至らなかったため、この時点(2012年)で命名されることはなかった。

 その後、よく保存されたティラノサウルス類の脳函(例によって単離)が発見され、ようやくティムーレンギア・エウオティカTimurlengia euotica命名に至ったわけである。ティムーレンギアの模式標本は脳函だが、とりあえずこれまでに発見されたビッセクティ層産ティラノサウルス類もまとめてティムーレンギアとされている。

(読者のみなさまはお察しの通り、この手の話―――ホロタイプと産出部位がオーバーラップしない別標本を同じ種とみなすことはあまり褒められたことではない。あとあと混乱の元になると言えばその通りである。今回のケースでは、現状ビッセクティ層に複数種のティラノサウルス類が存在した積極的な証拠はないこと、脳函とそれ以外の標本を別々に系統解析にかけた結果、ほとんど同じ位置(後述)に置かれたため、ひとまずは同じ種とされている。)

 脳函以外のビッセクティ層産ティラノサウルス類の化石(今回ティムーレンギアとみなされたもの)はすでに系統解析が行われており、いわゆる「中間型ティラノサウルス類(プロケラトサウルス類やエオティラヌスなどと、ティラノサウルス科の間に位置するもの)」であることが指摘されていた。
 新たなデータセットに基づき行われた系統解析では、ティムーレンギアの模式標本(脳函)はジュラティラントやエオティラヌス、そしてシオングアンロン+より派生的なティラノサウルス類と姉妹群(多分岐)となった(ジュラティラントもエオティラヌスも脳函は知られていない点に注意)。また、比定標本(2012年に記載された一連の単離した標本群)も新たなデータセットで解析され直され、シオングアンロンの姉妹群となったのである。

 かくして年代・系統のギャップ双方にいい感じではまったティムーレンギアであるが、復元された脳や内耳の構造は、すでにティラノサウルス科(要するに派生的なティラノサウロイドである)と遜色ないものであった。体サイズの大型に先んじて、脳や聴覚の発達が起こっていたということである(このあたりが大型の最上位捕食者への鍵となっていた可能性はあるが、当然難しいところである。なんにせよ有利に働く能力ではある)。
 多分に予察的ではあるが、今回の研究で、ティムーレンギアとシオングアンロン、そして「バヤン・シレのアレクトロサウルス一般に「アレクトロサウルスの頭骨」として図版の出回っているもの。ひとまずアレクトロサウルス・オルセニではないようだ)」はひとつのよくまとまったクレードをなしていた可能性も指摘されている。
 恐らくはティムーレンギアはティラノサウルス科の「原形」に近い(ひょっとするとそのものかもしれない)もののひとつであり、ごく断片的とはいえ非常に大きな意味をもつ。ビッセクティ層をはじめとした中央アジアの地層は、やはり目が離せない。