GET AWAY TRIKE !

恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

巨型山東龍

イメージ 1
↑シャントゥンゴサウルス・ギガンテウスの骨格図
(主にGMV 1780-1(模式標本)とGMV 1780-2に基づく)。
プロポーションの正確性には疑問の余地がある。
“第38尾椎”を除いては基本的にHu et al.(2001)の計測値に基づく。
スケールは1m
Skeletal reconstruction of Shantungosaurus giganteus
(mainly based on GMV 1780-1(holotype) and GMV 1780-2 ) 
In some details after Xing et al.(2014). 
Proportion maybe incorrect. Except for "38th caudal",
exclusively based on Hu et al.(2001)'s measurements. 
Large juvenile is based on Zhao et al.(2007). 
Scale bar is 1m.

 あけましておめでとうございます。今年もGET AWAY TRIKE !をよろしくお願いします。というわけで、2015年一発目はシャントゥンゴサウルスだ、行ってみよー!

 さて、本ブログでは過去2回に渡ってシャントゥンゴサウルスを取り上げてきた。これは単に筆者の好みによる(だけではない)。
 先日シャントゥンゴサウルスに関する新研究が発表されたわけであるが、このシャントゥンゴサウルスというのが恐ろしくくせものである。なかなか面倒な経歴の持ち主なので、過去記事の訂正補完も兼ねて、簡単に書き記しておきたい。恐竜王国2012のパンフレットをお持ちの方は合わせて読まれたい。過去のシリーズものもお読みいただくことをおすすめする。

1964年
 石油調査隊が山東省諸城市庫溝Kugouの竜骨澗クオリーLonggujian quarryにてハドロサウルス類の脛骨を発見。1968年まで発掘が行われ、多数のハドロサウルス類の化石やティラノサウルス類の歯化石が発見される。竜骨澗クオリーの近く(だが同じサイトではないらしい)からも、長さ1805mmに達する大腿骨などが発見された。
1972年
 竜骨澗クオリーのボーンベッドから寄せ集めて組み立てられた全長14.7mの復元骨格(GMV 1780)が完成。
1973年
 竜骨澗クオリーのハドロサウルス類に対しシャントゥンゴサウルス・ギガンテウスShantungosaurus giganteus命名
1980年代
 竜骨澗クオリー(?)の二次発掘が行われる。
1984
 竜骨澗クオリーの二次発掘で採集された化石を元に新たな復元骨格が組み立てられる。山東省博物館に展示
1988年
 諸城市文化局が諸城各地での大規模発掘を開始。竜骨澗クオリーと丘を挟んで反対側の庫溝クオリーKugou quarryで大規模なハドロサウルス類のボーンベッドを発見。
1992年
 庫溝クオリーの化石に基づき、全長16.6mの復元骨格(リンク先の直立しているもの)が組み立てられる。
2007年
 庫溝クオリーの化石に基づきズケンゴサウルス・マクシムスZhuchengosaurus maximus命名
2008年
 諸城市の臧家荘クオリーZangjiazhuang quarryでの発掘開始。
2010年
 臧家荘クオリーの化石に基づき、全長18.7mの復元骨格が完成。これと前後して、庫溝クオリーなどの化石から多数の復元骨格が製作される。
2011年
 臧家荘クオリーの化石に基づきフアシアオサウルス・アイガウテンスHuaxiaosaurus aigahtens命名

 だいたいこんな感じの来歴(いまいち自信がないが)である。産地はそれぞれ下位から順に、庫溝クオリーが王氏Wangshi層群辛格庄Xingezhuang層最上部、竜骨澗クオリーが紅土崖Hongtuya層下部、臧家荘クオリーが紅土崖層中部に位置するとされている。カンパニアン中期の末~後期の始めごろ(紅土崖層では7600万年前という絶対年代が得られている)の恐竜である。

 シャントゥンゴサウルスと“ズケンゴサウルス”、”フアシアオサウルス”は(復元骨格の)椎骨の数、そして若干の形態的な違いに基づいて区別されていた。しかし、これらの復元骨格は全てボーンベッドから発掘された(関節の完全に外れた)化石を(明らかに複数個体分)寄せ集めたものであり、椎骨の数を根拠に区別することはできない。
 そもそも“ズケンゴサウルス”と”フアシアオサウルス”の記載は貧弱であり、形態的な違いに関しても成長段階や個体差、保存状態の差による言えるレベルのようである。個々の骨のプロポーションについては3属の間で大した差は見られず、よって“ズケンゴサウルス”と”フアシアオサウルス”はシャントゥンゴサウルスのジュニアシノニムとなった。

(とかなんとか書きつつ、骨格図をでっち上げる以上はどこかしらでプロポーションの落としどころを見つけなければならない。ポールの骨格図は90年代に描かれたものであり、写真を元に描いたのか、Hu et al.(2001)の図とは食い違うところがかなりある。色々悩んだのだが、結局Hu et al.(2001)にて記載されている、一連の古典的なシャントゥンゴサウルス標本(GMV 1780)に基づくことにした。シャントゥンゴサウルスの模式産地からは少なくとも5個体が発見されているというのだが、Hu et al.には、「多少大きさは異なるが、組み合わせてもさほど問題はない」的なことが書かれている。実際、GMV 1780の大腿骨などは左右で長さが異なるのだが、差は1%前後くらいのようである。そういうわけで上の図はGMV 1780の図示された要素をそのまま使っているのだが、“第38尾椎”は計測値に従うと異様にデカい(スケールバーに基づくと、計測値の6割ほどにしかならない。椎骨のスケールバーと計測値とではそれほど差が生じなさそうな気がするのだが。。。写真を見る限り、そんなに第38尾椎は大きくなさそうに見える)ので、これのみスケールバーに従った。実際まぁ、神経棘が高めで下顎をゴツくしたエドモントサウルス的な感じだったのは確かだろう。)

 シャントゥンゴサウルスのボーンベッドは複数知られているわけだが、そのうちの少なくとも一つ(庫溝クオリー)は亜成体以上の成長段階の個体のみ(とわずかな獣脚類、ワニ、カメ、そしてズケンケラトプス)で構成されていた。
 こうした構成のボーンベッドは他のハドロサウルス類でも知られており、成体と幼体とが分かれてそれぞれ群れを作っていたらしいことを示している。成長にともなって大人たちの群れに加わるということなのだろう。こうした例は角竜でも複数種で報告されていて、様々な恐竜に共通する行動様式だったのかもしれない。

 シャントゥンゴサウルスの全長に関しては、そういうわけで実のところよくわからない。ただ、15mほどあったのはほぼ確実だろう。長さ1.8mの大腿骨について言及している文献はほとんどない(のは、シャントゥンゴサウルスと同定できないということなのか?)が、仮にこれがシャントゥンゴサウルスであれば全長は16mを超えるだろう。
 同じ地層からはティタノサウルス類の化石も知られているのだが、シャントゥンゴサウルスとは大きさがほぼ変わらないようである。食べわけや住み分けなど、色々想像すると楽しい。

 シャントゥンゴサウルスの骨格図というとポールのイメージが強かったので、ここまでエドモントサウルスっぽくなった(描けた)のは、筆者としても正直ちょっと予想外だったりする。結局のところ筆者の描いた骨格図も信用のおけるものではないのだが、それに関してはいつも通りである。

 そんなわけで、元旦に(若干酔いながら)書いたとは思えない記事である。今年もこんな感じのノリで(随所にネタを挟みつつ)行こうと思うので、お楽しみいただければと思う。