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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

WISの向こう側

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↑ナイオブララサウルス・コールイイの模式標本FHSM VP-14855の骨格図。
図示したほかにいくつかの頸椎、胴椎、肋骨も知られている。
皮骨の配列はよく分かっておらず、写真を元に部分的に復元するにとどめた。
スケールは1m。
Niobrarasaurus coleii FHSM VP-14855(Holotype),
 based on Carpenter et al.(1995), Carpenter et al.(2007) and Photos.
Scale bar is 1m.
 
 カンザスのナイオブララNiobrara層は浅海性の堆積物から成る(ナイオブララ・チョーク層とも言うわけで、つまりそういうわけである)のだが、クラオサウルス以外にもいくつか恐竜化石が知られている。目下不定のハドロサウルス類とノドサウルス類に限られているのだが、そのうちのひとつがまとまった部分骨格―――ナイオブララサウルスの模式標本である。
 
 ナイオブララ層におけるノドサウルスの研究は割と古くまでさかのぼることができる。1905年から1907年にかけて、カンザスで発掘中だったC.H.スターンバーグは「ウミガメの甲羅」を発見してイェール大に送った。
 イェール大でウミガメ化石の研究にあたっていたウィーランドはこれらの化石をアンキロサウルス類の皮骨と同定し、1909年になってヒエロサウルス・スターンバーギHierosaurus sternbergi命名した。この中には皮骨の他に頭骨や肋骨、椎骨や指骨の断片も含まれていた。

 1930年になって、ヴァ―ジル・コールは新たなアンキロサウルス類の骨格を発見した。半ば関節した状態であり、尾や四肢、多数の皮骨が保存されていた。研究にあたったメールは、これといった根拠を示すことなくこの標本(MU 650 VP、のちにFHSM VP-14855となる)をヒエロサウルス属の新種、ヒエロサウルス・コールイイとした。

 読者の皆様はすでにお察しのことだろうが、ヒエロサウルス・スターンバーギの骨格要素はあまりにも貧弱であった。これといって独自性は見出せず(頬骨の角が丸みを帯びている、といった特徴はあったが、いかんせんこれだけではどうしようもない)、再研究の末に疑問名となってしまった。
 一方、H.スターンバーギが疑問名となったことで、H.コールイイは宙に浮く格好となってしまった。一時期ノドサウルス・テクスティリスNodosaurus textilisとされていた本種だが(ノドサウルスの産地で「カンザス産」の表記がみられることがあるが、それはH.コールイイのことを指している)こちらには独自の特徴が色々とみられた。これを受けて、H.コールイイのために新たな新属―――ナイオブララサウルス―――が設立されたわけである。

 ナイオブララサウルスの模式産地は行方不明になっていたのだが、最近になって再発見された。サイトからは「掘り残し」である頭骨の一部や部分的な手が採集され、ざっと70年越しに模式標本に加えられたのである。これを受けて復元された頭骨は、パウパウサウルスPawpawsaurusに似た、ノドサウルス科の中でもかなり幅の狭い代物となった。

 さて、ナイオブララサウルスといえば海成層から発見されたノドサウルス類の代表格である(他にも色々あるが)。メールによる原記載論文のタイトルが「Hierosaurus coleii: a new aquatic dinosaur from the Niobrara Cretaceous of Kansas.」だったりもして、たびたび「アンキロサウルス類半水生説」で話題に上る(気がする)恐竜である。
 実際問題、ナイオブララサウルスを含めてノドサウルス類というのはそう半水生に無茶な体型というわけではない。平べったい胴体はいかにも安定性が高そうだし、骨性二次口蓋もよく発達している。尻尾は長く、ハドロサウルス類のように骨化腱で可動性が制限されているわけでもないようだ
 とはいえ、半水生であるかの判断は難しいのは読者の皆様にはたぶんお分かりのことだろう。水に入ったことは否定しない(見た感じ、ゆっくり泳ぐのは上手だろう。多分)が、半水生説の根拠となっている特徴は、他の理由でも十分説明できてしまう。
(この辺に関しては、(少なくともアンキロサウルス科については)力学的な観点から研究が進行中らしいので、注視しておくべきだろう。同位体分析というのも手である。)

 ナイオブララサウルスの重要なポイントとして、コニアシアン後期(8700万年前ごろ)のノドサウルス類であることがあげられる。北米の下部白亜系のよく知られたノドサウルス類(例えばサウロペルタSauropeltaやシルヴィサウルスSilvisaurus、パウパウサウルスやペロロプリテスPeloroplites)と、カンパニアン以降の有名どころ(パノプロサウルスPanoplosaurusエドモントニアEdmontonia)との空白の年代に位置するわけである。
(もっとも、このアルビアン以降カンパニアン以前というのは、世界的に見ても恐竜化石の産出に恵まれていなかったりもする。)
 
 依然としてナイオブララサウルスの頭骨要素は断片的であり、不幸にしてノドサウルス類の系統解析にはあまり役立たない。とはいっても、謎だらけのノドサウルス類の系統を解き明かすうえではやはり重要である。
 “ヒエロサウルス”やナイオブララサウルスの他にも、ナイオブララ層からは不定のノドサウルス類の化石がいくつか知られている。ナイオブララ層におけるノドサウルス類の多様性がどの程度あったかは定かではない(2種いたらしい可能性が指摘されてはいるが、なんとも言えないのが実情である)。これらの化石はどちらかと言えば西部内陸海路(WIS)のアパラチア側の方から発見されており、アパラチアから流れてきたのかもしれない(本種が仮に半水生なら、ひょっとするとWISを悠々と横断できるのかもしれない)。
 ナイオブララサウルスについて分かっていないことはたくさんあるが、進化・古地理の両方から重要な意味をもつ恐竜なのは確かである。