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恐竜その他について書き散らかす場末ブログ

美しいもの

イメージ 1
↑アンキロサウルス科の未定種
あるいはcf.ピナコサウルスsp. MPC 100/1305の骨格図。
スケールは1m
MPC 100/1305, Ankylosauridae indet. or cf. Pinacosaurus sp.
Largely modified from Paul, 2010. Scale bar is 1m.

 しばらく前に大きなニュースになったのでご存知の方がほとんどだろう(ブログでもちょこちょこ触れてきたつもりである)。一般に「サイカニアSaichaniaの全身骨格」として知られてきたMPC 100/1305は、サイカニアではなくなってしまった。
 
 正直今さら感がぬぐえないのだが、改めて経緯を記しておきたい。
 もともと、サイカニア・フルサネンシスSaichania chulsanensisは1963年から1971年にかけておこなわれたポーランド―モンゴル共同調査によってゴビ砂漠のフルサン(バルン・ゴヨットBarun Goyot/Baruungoyot層)から採集されたGI SPS 100/151(のちにMPC 100/151に改変される)を模式標本として命名された。
 MPC 100/151は関節した状態で保存されており、頭骨や頸椎・胴椎、肩帯や前肢がほぼ完全に保存されていた。皮骨も上半身のみではあるが、生前の位置を留めた状態であった。
 サイカニアの原記載では、模式標本MPC 100/151のほかに、ヘルミン・ツァフ(バルン・ゴヨット層)産のZPAL MgD-Ⅰ/114(部分的な頭蓋天井、皮骨の一部)とPINの標本(ナンバーなし、頭骨とそれに続くほぼ完全な骨格)を参照標本として指定している。(のちにPIN 3142/250(完全な頭骨や皮骨など)もサイカニアとされているが、あるいはこれは原記載時にナンバーの無かったPIN標本のことかもしれない)

 さて、問題のMPC 100/1305はソ連―モンゴル共同調査隊によって1976年に採集された。頭骨と前位頸椎をいくつか(少なくとも2つ)欠いていたが、他はほぼ完全な骨格である。関節した状態で発見されており、アンキロサウルス科としては実質的に唯一となる脇腹や下腕の皮骨が保存されていたのである(ハーフリングや背面のものはほとんど失われていた)。これのレプリカは神流町恐竜センターで常設展示されている。

 MPC 100/1305は長らく記載されることがなかったのだが、2011年になってカーペンターらによってモノグラフが出版された。頭骨の特徴によって、改めてMPC 100/1305はサイカニアに分類された。実のところ前肢や肩帯にはいくつか差がみられたのだが、これらは個体差(あるいは踏み込んで性差)であるとされた。

 が、実のところMPC 100/1305の復元骨格の頭骨は、MPC 100/151のレプリカであった(なぜこれにカーペンターらが気付かなかったのは謎である)。特に上腕骨の形態的な違いは有意であるとされ、産出層も実は異なっていたことが明らかとなった。
(前述の通りサイカニアの模式産地はフルサンのバルン・ゴヨット層である。カーペンターらはMPC 100/1305の産地をフルサンとしていたのだが、博物館の記録ではザミン・ホンド(ジャドフタDjadokhta層)となっていた。バルン・ゴヨット層とジャドフタ層の確実な関係は分かっていないが、バルン・ゴヨット層よりもジャドフタ層は低い層準にあたり、ジャドフタ層は7500万~7100万年前ごろとされている。ザミン・ホンドからはモンゴル―日本隊によっていくつかアンキロサウルス類の骨格が採集されているのだが、まだ研究は進んでいない。)

 ジャドフタ層からはピナコサウルス・グレンジャーリPinacosaurus grangeriとピナコサウルス・メフィストケファルスP. mephistocephalusが知られている(両者の体骨格の違いはよく分かっていない)。MPC 100/1305と皮骨の形態・配列の酷似した未採集標本(未採集であるがゆえに分類は不詳)も知られている。
 MPC 100/1305とピナコサウルス・グレンジャーリとでは尾椎の数や烏口骨の形態に差があるが、これが分類上有意であるかははっきりしない(アンキロサウルス類の分類はもっぱら頭骨に基づく)。先述した未採集標本の産地であるウハ・トルゴッドからはピナコサウルス・グレンジャーリが発見されており、そのあたりからすると未採集標本はP.グレンジャーリであるらしい(未採集なので断言することはできない)。
 皮骨の形態や配列からして、MPC 100/1305とウハ・トルゴッドの未採集標本は同じ種であるようだ。つまり、MPC 100/1305はピナコサウルス・グレンジャーリである可能性がある。

 とはいえ、既知の(同サイズの)ピナコサウルス・グレンジャーリの骨格とは差異も存在するわけである。MPC 100/1305をピナコサウルス・グレンジャーリに分類するには積極的な証拠が欠けているのが現状であり、そういうわけでMPC 100/1305はアンキロサウルス科の未定種、あるいはcf. ピナコサウルスsp.とされたのであった。